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1980年代の金融危機対策が今回の金融危機の種を蒔いていた

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1980年代、米国の貯蓄貸付組合(S&L)の連鎖破綻による金融危機に際して、政府が整理信託公社(RTC)を設立して危機を乗り切ったといわれています。
今回はさらに踏み込んだ対策が話題に上っているようですが、果たして対策になりうるのか?
そのあたりを考えるネタとして、1980年代の金融危機の状況と経過を調べてみました。
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……以下、「世界経済の潮流 2007年秋 [1]」及び「世界経済の潮流 2003年春 [2]」からの抜粋・引用です……
●経過…80年代に2度の危機に見舞われる
・70年代まで総じて安定した収益を確保していたS&Lは、80年代に入り2度の業績悪化による危機に直面。
◆第1次(80年代初頭)危機:S&Lは短期の貯蓄預金を原資として長期固定金利での住宅ローンの貸出を行っていたが、長期の貸出金利を上回る短期の預金金利上昇によって生じた逆ざやが収益を圧迫したことにより金融機関の倒産が急増。特に、金利が自由化された1982年以降急増した。
◇その後、規制緩和の動きが拡大する中で、S&Lは変動金利型ローンへの移行や住宅ローンの証券化等によって金利変動リスクを軽減するとともに、業務の多様化を通じて収益構造を安定化させた結果、83年以降、業績は回復した。
<金融自由化による競争激化とモラルハザード>
・固定金利の住宅ローン貸出しに限定されていたS&Lの業務範囲が一定範囲で自由化され、商業銀行などとの垣根が小さくなっていった。
住宅ローンの証券化を背景に、モーゲージ・カンパニーが台頭するようになり、激しい競争を通じてS&Lの利ざやは縮小し、本業の住宅ローン市場の採算性は大きく低下した。
・その結果、S&Lは企業買収に関連する融資やジャンクボンド等の高リスク・高リターン投資の割合を拡大させていったが、不良債権に陥る危険の高いものが多くを占めた。
・連邦貯蓄貸付保険公社や連邦預金保険公社が、保有する資産のリスクを問わず一律の預金保険料率で預金の払い戻しを保証する仕組みとなっていたことから、経営悪化の中でリスクや採算を度外視した投資等を行うモラルハザードの誘因になった。
◆第2次(80年代後半)危機:石油価格の下落をきっかけに、テキサス周辺など不動産価格が下落した地域を中心に延滞率が上昇し不良資産化が進んだことや、規制緩和による競争激化の中で起こったS&Lのモラルハザードが原因となった。特に、1988年には205件の倒産、倒産率は7%近くに達し(この倒産率は1930年の大恐慌時を上回ったと言われる)、1989年には預金を保険する連邦貯蓄貸付保険公社が破綻した。
●金融危機を乗り切れた要因
○危機の影響はS&Lに集中しており、他の金融機関への波及は小さかった。
・S&Lは、基本的に預金を原資とした貸出しが行われていたことから、デフォルトに伴うリスクや損失は原則S&L自身に帰属した。
・S&Lが受け入れた預金は、預金保険制度によってその一部ないし全額が保護されており、S&Lの破綻で必要となった整理・清算コストは米国財政が負担した(できた)。
●整理信託公社(RTC)設立による対策
<設立に至る経緯>
・S&Lの破綻が急増し預金保険機関である連邦貯蓄貸付保険公社が89年に破綻したため、同年に破綻処理を担う時限的な政府機関としてRTCが設立された。
RTCは、保険対象の貯蓄金融機関の経営と整理を担い、資産処分等で得られる回収価額を最大化することと不動産・金融市場への影響を最小化することを目的とした。
資産処分にあたり、可能な限り専門的なノウハウのある民間企業を活用することが義務づけられた。
<資産の保全人・管財人としてS&Lを整理>
・監督庁が倒産の可能性が高いと判断したS&Lの財産保全人、破産管財人として資産の売却・回収を行った。保全人として当該S&Lを経営する間に預金者の信頼回復と効率的な整理方法の検討を行う。また、破産管財人として破綻処理を行い、資産・負債を公開入札によって健全な金融機関に売却(資産・負債継承)し、預金者に対する保険対象預金の払い戻しも行った。
<民間企業の活用>
・資産処分にあたり、当初はバルク・セール(一括売却)が中心だったが、次第に証券化やエクイティ・パートナーシップなどの手法が導入され、より民間企業を活用する形へと移行。
証券化は、バルク・セールでは処分が困難な債権を回収するため、1990年12月に導入された。
不動産担保債権をプールして証券化(モーゲージ担保証券を発行)し、債券発行代金等を受け取る一方、プールした債権の担保不動産の管理は民間の債権管理・回収の専門会社に任せた。
10%以上(420億ドル超)が証券化で処分された。
エクイティ・パートナーシップは、民間の投資会社や資産管理会社と共同でジョイント・ベンチャーを設立し、資産処分時に出資分に応じた売却益を得るもの。RTCが資産を現物出資し、資産の管理・処分は民間会社に任せる。92年秋以降95年12月までに214億ドル分の資産がパートナーシップ化された。
<RTCの評価>
・RTCの業務終了の95年末までに破綻金融機関から引き継いだ資産簿価の8割を越える額の回収に成功したといわれる。
・RTCの整理・回収コスト(財政コストは95年末時点で875億ドル(整理した資産簿価の22%)と推計されている)が、低く抑えられたのは証券化やエクイティ・パートナーシップなどの方法で民間の企業を活用したことがあったと考えられる。
・一方、RTCの活動により、モーゲージ担保証券市場が拡大し、民間の投資会社や資産管理会社等が育成されるなど、事業再生ビジネスを拡大させた面もあったとされている。
※ちなみに、1980年代と現在の状況を比較したグラフがあります。
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元々の貸し出し額、延滞率ともに1980年代の方が酷い状況になっていますが、現代は証券化やCDSが発達した結果、不良債権が何倍にも膨らんでいることが危機的な状況を招いた主原因であることは明らかです。
※参考(リンク [3]
……引用、ここまで……
●教訓
・第1次の危機が生じた際に、規制緩和や会計規則の変更などの延命措置が採られ、それが第2次の危機を増幅した。
(自己資本比率規制の緩和、債権売却損の繰り延べ償却、固定資産の再評価による会計上の債権価値も増大化、など)
※参考(リンク [4]) 
会計上の数値を操作して延命措置をとる間に事態の改善が図られることが期待されたが、延命されたS&Lは不動産開発融資やジャンクボンドへの投資などに走り、結局破綻した。
・RTCの活動で不動産担保証券市場が拡大し、その延長上に今回のサブプライム問題があるとみなせる。
・会計などの見掛け上の数字で騙しを仕掛けるという金融(市場)の正体が垣間見えたと言えそうです。
「信用創造」と言えば聞こえがよいが、本質は「騙し」そのもの。
そして、騙しを仕掛けた張本人たちによって動乱が仕組まれることが繰り返されているようです。
byわっと

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