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『新ブレトンウッズ体制は出来るか?』その1 金・ドル体制の崩壊

Posted By shigeo On 2008年10月30日 @ 3:12 PM In 05.瓦解する基軸通貨 | 9 Comments

サブプライム問題を引き金に、世界的な金融危機が拡がっています。EU議長国であるサルコジ大統領がブッシュ・アメリカ大統領に直談判して11月15日にアメリカでG20による金融サミットが開かれる事になりました。今の金融危機はアメリカのドル基軸通貨体制が破局に向かっているとの認識の元、新しい体制を構築する第2のブレトンウッズ体制を目指しているとも言われています。 
 
1944年に開かれたブレトンウッズ会議において、ドルを基軸通貨とする世界の通貨体制が固まりました。そして今回は、ドルに変わる第2のブレトンウッズの体制構築というわけですが、果たして、新しいブレトンウッズ体制は出来るのでしょうか?このシリーズではそのことを検証して行きたい。 
 
写真は、1944年に会議が開かれたThe Mount Washington Hotel 
 
  Mount_Washington_Hotel.jpg 
 
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世界が貿易・投資でつながっていく時代のまずは経緯を年表で追いたいと思います。 
 
基本は、金本位制と基軸通貨の動きです。 
 
1816年:英国貨幣法制定。ソブリン金貨と呼ばれる金貨に自由鋳造、自由融解を認め、唯一の無制限法貨としてこれを1ポンドで流通させる。金本位制の実施、各国が追従。 
 
1850年:英国が世界の工場として自由貿易を促進し、7つの海を支配する大英帝国として君臨。ポンドが機軸通貨となる。
各国の貿易決済=差額決済は、英国の銀行口座でポンドで決済される。貿易決済を行う通貨を基軸通貨と呼んでいる。(ポンドが口座に無くなると、その国家は金を英国に送って貿易差額決済を行う=金現送) 
 
1890年〜:英国はドイツ、アメリカに追い上げられ徐々に衰退していく。 
 
1914年:第一次大戦では多大な戦費の為、英国は多大な借金を抱えることになり、戦争参加国も金保有高で制限される金本位制度では戦費を賄えないため、金本位制度から離脱していった。 
 
1919年:アメリカは戦争特需により経済大国に成長し、金の保有量を増やしていく。そして金本位制に復帰し各国も追随し金本位制が復活。 
 
1929年:大恐慌発生。主要国は保護主義政策を取り始め再び金本位制度は崩れた。 
 
1937年:フランスを最後に全ての国が金本位制から離脱した。 
 
1939年:第二次世界大戦勃発。 
 
1944年:ブレトンウッズ会議開催。連合国側が戦後の通貨体制を検討。ブレトン・ウッズ体制が始まる。 
 
1945年:ポツダム宣言、第二次大戦の終結。 
 
1946年:IMF(国際通貨基金)が正式に発足。
 
 
■ブレトンウッズ体制について 
 
1944年に、米国ニューハンプシャー州のブレトン・ウッズで、45カ国が参加し第二次大戦後の通貨体制を検討する会議が開かれました。 
 
会議の結果、金本位制にもとづく固定相場制が採用されました。 
 
各国の公的保有ドルは金と交換が保証され、金交換が出来るドルに対して各国通貨のレートが固定される仕組みです。金・ドル通貨体制です。(大英帝国の金・ポンド体制jから、金・ドル体制に代わっただけともいえます。)
この仕組みのもとに、世界経済は再スタートを切ることになりました.。
1946年に、IMF(国際通貨基金)と国際復興開発銀行(世界銀行)が創設されました。
こうした戦後の枠組みをブレトンウッズ体制と言います。 
 
各国は、ドルを基軸として定められたレートの自国通貨について、上下1%の範囲に維持することが義務付けられました。一方、アメリカは他国の通貨当局から要求があった場合には、いつでも1トロイオンス=35ドルで金と交換する義務を負いました。なお、著しい国際収支の不均衡が発生する場合には、IMFの承認を得てレートを変更する事が決められました。 
 
■ブレトンウッズ会議において設立が決められたIMFについて 
 
設立は1946年、30カ国がブレトンウッズ協定を結びましたが、その後、ソ連等が抜けたので29カ国でスタートしました。日本は1952年に加盟。現在加盟国は185カ国になっています。 
 
IMFの主な役割 
 
1.国債通貨協力の為の常設の機構 
 
金本位制の戦前の体制は、各国で金の平価が設定されると、あとは流通に対しての規制はかけず、市場機能で全て調整する仕組みでした。ところが、金本位制の崩壊でお互い何をすればよいか協議協力する場がないことが大きな弱点であることがわかり、常設の機構としてIMFが創られました。 
 
2.貿易取引について支払規制、為替規制の撤廃し、為替レートを安定させる 
 
勝手にそれぞれの国で切り下げなどさせないようにしました。切り下げる場合は事前にIMFの承認が必要となるようにしました。 
 
3.多大な赤字に陥った国に対して外貨を貸し出す支援を行う 
 
貿易により赤字額が膨らみ返済できなくなると、ものすごい緊縮財政を強いられることになります。その国が国際収支の赤字を削減し、もう少し安定的で維持可能な状況に持っていくまでの間IMFが一時的に外貨を貸してその調整を支援します。 
 
4.為替制度の安定や、国際収支の混乱を未然に防ぐサーベイランスという機能 
 
国の経済政策の審査を行うことです。その国の当局、中央銀行、財務省などと経済状況や先行きなどを議論し、スタッフとしての意見をまとめます。そして各国から代表が出る理事会の場で議論し、組織としてその国にアドバイスする。世界経済として協力し政策の合意形成を行うものです。 
 
5.国際通貨制度の改善を行う 
 
内容は、国連ライブラリー連続講座から引用させていただきました。 
 
リンク [1] 
 
IMFは加盟国の出資割合に応じた投票権を持ちます。そして、決定には85%の賛成が必要です。アメリカは現在でも、17%を占めており一国で拒否権をもっています。 
 
ちなみに2008年での主な国の出資比率は以下の通りです。
アメリカ17.7%、日本6.13%、ドイツ5.99%、英国4.94%、フランス4.94%、中国3.72%、サウジアラビア3.21%、ロシア2.74%。 
 
 
■ドルの金交換停止、固定相場の崩壊、1971年のニクソンショック 
 
ブレトンウッズ体制に基づき、ドルが基軸通貨となって結果、アメリカが貿易赤字を出す事によって全世界にドルが散布される事になりました。 
アメリカはいつでもドルを金と交換する義務を負っていましたが、多大な赤字によりドルの発行額が保有する金よりはるかに多くなってしまいました。各国がこぞってドルを金に換えてといったらアメリカの金は枯渇する事態に陥ったのです。
(因みに、フランスは金交換を要求しました。それに対し、日本は米国に気兼ねして、金交換の要求をしませんでしたので、外貨準備の金保有はわずかですね。) 
 
1944年から1971年までの米国金保有量のグラフです。単位は100万トロイオンス。 
 
USAgold.bmp 
 
1949年のピーク時に7億180万トロイオンスあった金が、71年には2億9160万トロイオンスと半分以下に減ってしまいます。(1トロイオンス=31.10304グラム) 
 
当時の米国経済は失業・インフレ・国際収支の赤字という三重苦に苦しめられていました。
1971年8月15日、ニクソン大統領はここから脱却するため、ドルと金の交換停止を含む新経済政策を発表しました。世に言うニクソン・ショックです。
 
金本位・ドル固定為替制度の崩壊です。
これをもって、ブレトンウッズ体制は終わったとの見方もできます。 
 
なお、2005年3月現在、金保有国トップは相変わらずアメリカで、各国通貨当局の持つ金の61.1%を占め、8,136.2トン=2億6159万トロイオンスとなっています。
1トロイオンス900ドルで換算しますと、米国保有金の資産は、わずか、1800億ドルに過ぎません。今の金融負債は、とても金で交換できるような額ではないですね。 
 
1971年以降、為替レートの再構築の努力がありましたが、結局、変動相場制に移りましたね。 
 
次回は、ニクソン・ショックから固定相場制復帰の努力、変動相場制への移行、変動相場制下で、ドル基軸通貨体制が成立した要因、混乱を扱います。 
 
*日本では、連合軍の統治下に置かれる中、円のレートは暫定的に設定されていました。そして、民間貿易が次第に緩和されるに伴って、1949年4月から、1ドル=360円に固定されました。以後、1971年のニクソン・ショックまでの22年間にわたり、1ドル=360円の時代が続きました。 


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