- 金貸しは、国家を相手に金を貸す - http://www.kanekashi.com/blog -

【需要発から供給発へ】 1.働かない人に支援金を払って、活力が上がるわけがない

民主党主導のもと進行している“仕分け”(行政刷新会議)が世間を賑わせている。無駄な事業を削減し、国家予算の縮減を目指したこの”仕分け”、その意図や目的は一定評価できるが、あまりにも目先的になっていないだろうか (1つの事業案にかける時間はおよそ1時間程度らしい・・・)闇雲に予算を削っても、現場(や国民)は混乱するだけです。
%E4%BB%95%E5%88%86%E3%81%91.jpg
そもそも(財源がないから)”予算を削る”という発想は、需要の有無という従来の経済学的思考の域を出ていません。需要ではなく”供給発”で考える、新しい仕事を生み出すことこそ、今の日本社会、政治に求められていることではないでしょうか?
本当の無駄がどこにあって、それらをどう軌道修正していけばいいのか、今後るいネットの秀作投稿をシリーズで紹介しながら考察していきます。シリーズ1回目の今日は、お金の使い道について、発想の転換を促す認識を紹介します。
続きの前に「ポチっ」とお願いします


◆働かない人にお金をばら撒いている現状

>30代独身サラリーマンの手取りと、未婚の母となった10代無職の女子に払われる補助金がほぼ同額であると知ったら果たしてやる気が出るでしょうか。< 69448 「働いたらお金がもらえなくなるから働かない。」これでは、働かないことを国が奨励しているのと同じであって、活力が上がるわけがありません。 この状況は日本も似たようなもので、生活保護、年金、老人医療費、大学に対する補助金、専業主婦に対する税制優遇等々、老人、福祉受給者、学生、主婦といった働かない人への支援金が増大し、国の借金が雪だるま式に増えています。 るいネット [1]より 

経済状況が悪化する中、生活保護を受ける世帯は増加している。
厚生労働省の社会福祉行政業務報告によれば、生活保護を受けている世帯の数(被保護世帯数)は、1980年度には、世帯数で746,997だったのに対し、2005年度には、一月の平均被保護世帯数が100万世帯を突破、2009年度には、119万世帯を超えている。受給総額は、2007年実績で2兆円にも上る。(下図参照)
%E5%9B%B31%E3%83%BB%E4%B8%96%E5%B8%AF%E9%A1%9E%E5%9E%8B%E5%88%A5%E8%A2%AB%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E4%B8%96%E5%B8%AF%E6%95%B0%EF%BC%88%E5%8E%9A%E5%8A%B4%E7%9C%81%E8%AA%BF%E3%81%B9%EF%BC%89.jpg [2]
%E5%9B%B32%E6%94%AF%E7%B5%A6%E7%B7%8F%E9%A1%8D.jpg [3]
◆不労を加速させる支給額とシステム
もちろんこの経済状況下では”(働きたくとも)働けない”実情もあるだろう。しかし、不労の人間にお金を支払う生活補助のシステムは見直すべきだ。下記の支給額を見れば、普通の人さえまともに働く気が失せてしまうのではないだろうか?
3%E6%89%B6%E5%8A%A9%E9%87%91%E9%A1%8D.jpg
また、生活保護には不正受給の問題も絶えず付きまとう。

生活保護費の不正受給、過去最高に(TBS) [4]
収入があることを隠すなどし、不正に受給された生活保護費が、過去最高の92億円となったことがわかりました。
厚生労働省によりますと、昨年度不正に受給された生活保護費は前の年より2億円増えて92億円となり、件数も1万6000件と金額、件数とも過去最高となりました。
不正受給の手口で最も多かったのは働いて得た収入を全く申告しなかったケースで、およそ8900件(56%)と半数を超え、年金収入を申告しなかったケースも2100件(13%)に上りました。

◆お金の使い方を変える、そのためには?

‘70年に貧困の圧力を克服した以上、飢えて死ぬようなことはあり得ないのだから、政府がやるべき事は、働かない人を支援することなんかじゃなく、新しい仕事を作り出すことであり、本当に必要とされていることをしている人やグループを資金的に支援することなんだと思います。
必要なことをボランティアとしてやっているNPOとか、重要であることは共認されているにも関わらず収入が少ないために担い手不足の農業とか、いくらでも有効な支援先はあります。
そしてなによりも、認識形成の場作りこそ本当に必要とされていることであり、そのような活動をしている人達を支援することが、時代の閉塞感を吹き飛ばし、活力のある社会を作り出すのだと確信しています。
(参考)「超国家・超市場論18 認識形成の『場』を構築することこそ、真の社会活動である」32087
>社会は、人々の共認によって形成されている。実際、この社会を動かしているのも、この社会を統合しているのも、全ては人々の共認に依っている。従って、社会を統合し直すために最も重要なのは、人々の共認内容=認識を変革し、新たな共認内容を形成してゆくことである。
なぜなら、共認こそ人類の命綱であり、その共認内容は人類の命運を左右する(例えば、共認内容を誤れば人類は滅亡する)ものだからである。また、人々の認識さえ変えることが出来れば、それに応じて社会制度や体制を変えるのは簡単だからである。要するに、認識形成こそ、社会形成の生命部なのである。
従って、認識形成の場に参加すること(=場を構築すること)が、求められる真の社会活動となる。実際、大衆自身の手で社会の生命部を成す共認を形成してゆく活動であるという点でも、誰に要求するのでもなく自らの手で新しい社会統合機構を構築してゆく活動であるという点でも、これこそが、真の社会活動であり、それをおいて他に真に有効な実践活動はない。<るいネット [1]より

貧困克服→市場縮小→(物的)需要がない→職がない→働けない
働かない→権利主張→不正受給

現代社会は構造的に行き詰った構造にあり、既存の経済理論では答えは出せません。
困窮世帯や社会的弱者を本当に支援するなら、仕事をつくる=供給発で物事を考えていく必要があるのです。潜在的な類的需要は至るところに存在するのだから、供給者を作り出すための場を増殖させ、答えを作りだしていくことこそ、新しい仕事の創出となっていくはず。
需要発から供給発へ 今こそ認識の転換が必要!

[5] [6] [7]