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『商品市場の背後に性市場あり』 その4 ・・・ 性権力を正当化する欺瞞思想=近代思想の正体

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前回は、市場拡大の原動力となった『近代思想のペテン』がなぜまかり通ったのか?近代思想がどの様にして実を結んだのか?について扱いました。
今日はその続きです。 
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剥き出しの自我を覆い隠す『権利』という正体、そして近代思想の背後にある『権利』が要求・権利主義を加速させ、本源価値を破壊してゆく極めて悪質な欺瞞観念である。
今回は、これらについて見ていきましょう。 
 
引き続き『実現論 第二部私権時代 チ.性権力を正当化する欺瞞思想』 [2]より引用してゆきます。

しかし、剥き出しの自我では人々に共認されない。社会に要求する以上、それがあたかも本源的要求であるかの様に見せかけなければならない。そこで、際限なく肥大してゆく反社会的な自我やそれに基づく要求を正当化する為に、もっともらしく幻想観念化した権利という欺瞞観念を捏造した。権利とは、集団捨象の自我→要求をもっともらしく見せかける為の架空観念に過ぎない。だから、近代思想が掲げる権利は、どれを取っても「この権利は絶対である」という根拠など全く何も無いのであって、あるのは己の自我・私権を貫徹する為の一方的な要求だけである。だからこそ、近代思想は権利だけを絶対的なものとして主張し、義務を欠落させているのである。
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剥き出しの自我では、廻りの人達から、白い目で見られるのは、想像がつきますよね。だから、彼らは、どうにかして、自分に正当性があることを社会的に認めてもらう事が必要になるわけです。
「白い目で見られるのは困った。嘘でもいいから私のこの願い(=自我)を実現してくれる術はないかしら・・・嘘でもいいから・・・そう嘘でもいいから・・・」
そこで、登場した術が『権利』な訳ですね。社会に認めてもらうために『権利』という非常に都合の良い魅惑的な架空観念を使わなければならなかった。そしてとうとう、彼らは、暗黒世界に足を踏み入れる事になるのです。

その上、性市場を基盤に絶大なる性権力を手に入れたことによって、女たちの性的自我と、それに基づく豊かさ要求や保障要求は際限なく肥大してゆく。しかも、豊かさが実現されればされる程or 私権が保障されればされる程、性権力を抑圧する私権(占有権)の強制圧力が低下して、性権力は際限なく肥大してゆく。かくして、自我・私権の塊となって性権力の拡大に収束した女たちは、必然的に要求主義・権利主義の塊となる。
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「これは、私のものだから・・・他人に言われる筋合いはないわ。そう・・・私には、『権利』がある。」『権利』を手に入れた、彼らは、更に都合良く考えていきます。
「何しろ私には、『権利』がある」と・・・いつのまにか『権利』が、独り立ちしてゆきます。
かくして、彼らは、これを楯としながら、己の自我・私権を貫徹する為の一方的な要求をし続けていくのです。はどめがかかりません。
   

しかし、それらは全て人々を欺いて共認を形成する為の欺瞞観念なので、彼らは決して醜い自我の現実には触れないで、美化された幻想観念しか見せないし、見ようともしない。従って、彼らが「個人」とか、「自由」とか、「市場」とか言う時、それは常に現実ではなく、美化された欺瞞観念を指すことになる。つまり、彼らには現実そのものを直視することができない。もし現実を直視すれば、その欺瞞思想は忽ち瓦解して終う。従って、当然のことながら実現されたのは醜い自我(エゴ)の現実のほうだけで、現実離れした、その奇麗事の欺瞞観念が言葉通りに実現されたことは、一度もない。
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そして、『権利』という御旗の元に、彼らは「個人」「自由」「市場」という言葉を口にします。ところが、既に彼らは、欺瞞観念に染められているわけですから、これらの言葉も美化された幻想的な観念として確固として存在してゆきます。そして益々、彼らは、現実を直視できなくなっていくことになります。嘘を嘘で塗り固めていく構造と似ていますね。

要するに近代思想とは、反集団・反共認の自我を本源風の欺瞞観念で塗り固めただけの代物であり、狼(エゴ)が正体を隠す為に被る羊の皮にすぎない。そこには一片の真理も事実もない。あるのは、ただ欺瞞(or 詐欺)観念だけである。中でも「恋愛」と「個人」と「人権」と「福祉」は、本源価値を踏襲しているかの様に装いながら、その実、中身をすっかり自我や権利に換骨奪胎し、本源価値を破壊してゆく極めて悪質な欺瞞観念である。これほど粗悪で悪質な「思想」は、人類史上に例がない。
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「恋愛」「個人」「人権」「福祉」という綺麗な言葉で、醜い自我は被い隠され、反集団の流れを加速していくのです。近代思想の背後にこのような正体があったと、想像できたでしょうか?
続きます・・・・

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