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BRICs徹底分析〜ロシア編その1 小麦禁輸措置に垣間見えるロシア政府の姿勢

BRICsブラジル編を終了して、今回から今シリーズの最終編となるロシアを扱っていきます。
ロシアといえば最近のニュースでは、37.7度という130年間のロシア観測史上最高の気温が観測された猛暑と森林火災、そして干ばつによる穀物の不作から政府が小麦の禁輸措置に踏み切った事が目を引きますね。シカゴ商品取引所の小麦先物相場が急騰するなど、予想通り「世界の穀物価格の上昇懸念」などとアナリストは例によって騒がしいようです、本ブログでは冷静に情勢を見ていきたいと思います。
1.最近のトピックスから
1)猛暑・森林火災・干ばつ
2)穀物の禁輸措置と世界の供給見通し

2.ロシアの穀物生産量の変遷
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1.最近のトピックスから
1)猛暑・森林火災・干ばつ
<猛暑>
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リンク [1]
あまりの暑さに服を着たまま公園で水浴びする市民たち
記録的な猛暑に見舞われているモスクワでは7月29日の気温が37.7度Cに達しました。
130年間の観測史上の最高気温を更新する記録です。
偏西風の蛇行によりロシアに高気圧をもたらしたのが原因のようです。
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画像は2010/7/12日経新聞の記事からお借りしました。
<森林火災>
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2010/8/12asahi.comの記事よりお借りしました。
8月10日現在、ロシア西部では猛暑で森林泥炭火災が557箇所で発生し、範囲は17万4千ヘクタールに及んでいます。4千人以上が家を失いました。
<干ばつ>
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ロシアの小麦産地、深刻な干ばつで来年用作付けも困難
[VOROBYOVKA(ロシア) 2日 ロイター]
 ロシアのシベリア地方からルーマニアにかけて広がる黒土地帯では深刻な干ばつに見舞われており、小麦の収穫が壊滅的な被害を受けている。来年収穫用の作付けも危機的な状況にあるという。
 昨年世界第3位の小麦輸出国だったロシアでは、130年ぶりの深刻な干ばつに襲われている。同国の小麦輸出が大幅に減少するという予想から、シカゴ、パリなど市場で小麦の先物価格が急騰している。
 Vorobyovskoe-Agroを率いるSergei Krukov氏は、摂氏43度の猛暑のなか、ひび割れ、乾ききった小麦畑で「雨が降らなければ作付けはできない。土はまったく水分を含んでいない。作付けはできないだろう」と語った。
 ロシアの農業関連ニュース通信社SovEconによると、Vorobyovskiyのあるボロネジ地方はロシア黒土地帯でも有数の小麦生産地で、昨年の収穫高は196万トンに上った。
 しかし、地元自治体幹部のAlexei Mozgovoi氏によると、Vorobyovskiyの小麦収穫高は1年前の6万4900トンから、今冬はわずか1600トンまで落ち込んだ。
 農業関係者の話によれば、近隣地域も同様の状況で、2010年はボロネジ地方全体の小麦収穫高が大幅に減少する見通し。
 シカゴのアナリストは、ロシアの8月の天気予報を注視している。8月中旬までほとんど降雨は期待できないとの予想から、小麦の先物価格は7月に42%上昇した。
 前述のMozgovoi氏は 「私の覚えている限り、今年はこれまでで最も暑い。1984年も猛暑で大麦を収穫できなかったが、今年は最悪だ」と述べた。リンク [2]

この干ばつにより小麦の収穫量が落ちた為、ロシア政府は穀物の禁輸措置に踏み切りました。
2)穀物の禁輸措置と世界の供給の見通し

露の穀物禁輸スタート 物価に逆効果、批判も
8月16日7時56分配信 産経新聞【モスクワ=遠藤良介】
世界有数の小麦生産国、ロシアによる穀物の輸出禁止措置が15日、年末までの予定で始まった。ロシアでは今夏の猛暑と干魃(かんばつ)を受けて小麦生産の大幅な落ち込みが予想されており、政権は国内消費分の確保を優先した形だ。ただ、ロシアが一気に全面禁輸の強硬手段に出たことには「無責任」「逆効果」との批判もある。小麦の国際価格高騰に伴う食料品の値上がりがロシア国内外で懸念される。
 ロシアが輸出を禁止したのは小麦のほか、大麦やトウモロコシ、小麦粉など。今年の穀物収穫量は昨年の9700万トンから6000万〜6500万トンまで落ち込むと予想されている。政権は穀物の国内需要を最低7200万トンと想定。約2000万トンの備蓄はあるものの、「国内食料品価格の高騰は認められない」と禁輸措置を正当化した。
リンク

メディアは小麦の国際価格高騰の懸念から禁輸措置に対する批判的な論調が多いようですが、少なくともロシア国内については、備蓄分で需要をカバーできそうですね。
国外では、ロシアの最大の輸出国であるエジプトも小麦については4か月分の備蓄があり、すぐに困る事はないとの発表をしていますし、アメリカ産小麦は豊作でアメリカ農務省の7月予測では最大3000万トンの備蓄が可能とのこと。ロシアの輸出減少分を十分カバーできると思われます。
シカゴ等の穀物市場での値上がりは、いつものごとく過敏に反応する一過性のものであり、需給がバランスしていれば落ち着くと思われます。
(参考)
冷静に見たいロシア穀物禁輸措置の影響
【大起産業株式会社調査研究室小菅努氏のレポートより】

ロシア政府は5日、小麦などの穀物輸出を一時停止することを決定した。記録的な熱波の影響で広範囲に旱魃被害が発生しており、穀物生産が落ち込んでいることに対応した措置である。禁輸措置の対象となったのは、小麦、大麦、ライ麦、トウモロコシとなるが、欧州や中東地区への輸出が多い小麦需給へのインパクトが最も強く警戒される。禁輸期間は8月15日から年末までとされており、短期的な混乱状況は否定できない。ただ、以下二つの理由から、小麦相場の高騰が長期化するとは考えていない。第一に、世界的な小麦需給は必ずしもタイト化しておらず、ロシアの禁輸措置は他生産国からの輸出で十分にカバーすることが可能なこと。米農務省(USDA)によると、2010/11年度のロシア小麦輸出高は1,500万トンが見込まれており、世界輸出市場におけるシェアは11.4%に達している。ただ、世界期末在庫は1億8,705万トンの予測であり、09/10年度の1億9,302万トンは下回る可能性が高いものの、08/09年度の1億6,516万トンなどとの比較では、パニック的な高騰相場を正当化することが難しい。現在の価格水準であれば輸出妙味も大きく、ロシアの禁輸措置が国際需給に及ぼす影響は限定的とみている。
第二に、足元では米国など北半球で冬小麦が収穫期を迎えていること。USDAによると8月1日時点の収穫進捗率は83%に達しており、作柄も前年同期の水準を大幅に上回っている。これから米国の他にカナダやEU諸国からの供給圧力も強まる中、需給環境の混乱が長期化するとは考えていない。
小麦相場は年初から安値低迷相場が続いてきたことで、今回の熱波や禁輸措置がパニック的な買いを呼び込んでいるが、冷静に需給環境を評価すれば、ここから更に本格的な上昇トレンドに発展するような状況にはないとみている。短期的には、周辺国に禁輸措置が波及することで一段高の可能性も否定できないが、秋に向けて高値是正の動きをメインシナリオとして想定している。
リンク [3]

2.ロシアの穀物生産量の変遷
集団農場のコルフォーズや国営農場のソフォーズが機能していた旧ソ連邦時代は、ソ連は世界でも最大級の農業生産国でした。1991年にロシアはじめ15の共和国で構成されていたソ連邦は解体されました。小麦の穀倉地帯でもあったウクライナの独立や、国の農業支援の後退などが原因で収穫量が落ち込み、ロシアは農産物の輸出国から一転して輸入国になってしまいました。
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Data Sources: USDA: PS&D Online August 2010; USBC: International Data Base, August 2006 (小麦の輸出入量)
しかし石油価格の高騰に伴いロシアの経済が改善され始めた2000年頃から、穀物の収穫量が増加していきます。そして小麦においては2001年に輸出が輸入を上回り2007年には1500万トン以上もの輸出ができるようになりました。
ロシア政府は穀物価格の安定の為に様々な政策を導入しています。穀物の国内価格が下落した場合は市場での買い介入を行い、上昇した場合は売り介入や穀物輸出関税の導入や輸入関税の低減などの措置を取ったりしています。農業企業に対する補助金制度も導入されています。
2008年7月には国営公開株式会社「食料市場調整庁」をベースに国営穀物商社の設立構想を政府が承認しました。政府は2011年までにロシアの穀物輸出の40〜50%をその新しい国営企業経由で行うことをもくろんでいます。
ソ連邦解体後、ジャガイモや野菜など家庭菜園が90%を占めていた農産物はほとんど収穫量が落ちませんでしたが、農業企業が生産の7〜8割を占めていた穀物はあっという間に収穫量を落とし輸入に頼らざるを得なくなりました。その反省からロシア政府は穀物についてその育成と保護を目指し、国民への安定供給の為、国家管理を強めていこうとしているように思えます。
今回の穀物禁輸措置もその考え方に添ったもののように思えます。
※(社)ロシア・NIS貿易会ロシア経済研究所 坂口泉氏の
   =ロシアにおける食料安保戦略、農産物貿易=のレポートを参考にさせていただきました。
市場主義に全てを委ねて穀物メジャーや投機目的のファンドに翻弄されるのではなく国家としての姿勢を打ち出そうとしているプーチン政権の経済への取り組みを知るのは重要だと思います。
その2に続く

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