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「お金」はどこから生まれたのか?:第1回プロローグ

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マネー(お金)は日常生活に不可欠なものであり、われわれはマネーを毎日当たり前のものとして使っている。しかし、この当たり前のものの中に、驚くべき秘密が隠されている。
マネーとは何か?
今の世の中、たいていの人は、マネーを稼ぐために忙しく生きている。マネーが社会全体を貫く尺度・価値観になっている。それでも、実は、マネーの本質を理解している人は、極めて稀である。
『マネー(お金) 〜地球を滅ぼす、人類最後の宗教①』 [1]より)

お金がなぜ普遍的に使われるようになったのでしょう?
それに対して、ほとんどの人は
 
便 利 だ か ら
 
と答えるでしょう。
 
確かに、何とでも交換できるので便利です。
お金があれば何でもできます。
 
しかし、逆に言えば、お金がなければ何もできません。いつしか「何をするにもお金がかかる社会」 [2]になってしまい、働くことの目的が「人の役に立つこと」から「お金を稼ぐこと」にスリ替わり、誰もがお金を稼ぐために必死になって働くようになりました。
 
そして、不景気になり職を失ったとたん、路頭に迷うことになります。
 
現在アメリカで起きている次の話を読むと、いったいどこが便利なのか、お金は人類を幸せにしたのか、甚だ疑問に感じます。
 
続きの前に  
ありがとうございます


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 「私達はサンベルナルディノ市に家を持っていました」とサベドラは言う。夫が2009年にプレハブ住宅建設の職を失ったら、ガス会社はガスを止めた。「私達はバーベキューの上でお湯を沸かし子供達を風呂に入れました」と語る。家賃を支払うことができなくなり、8月に家から追い出された。
 3歳や5歳の子供を抱えて車の中で寝泊りすることになったらどういう思いになると思いますか?
 残念だが、児童保護課がこの家庭について知ったらこの子供達は両親から引き離され、戻っては来ないだろう。
 アメリカは非常に残酷な場所になりつつある。
 不幸にも、この家庭におきたことは何か特別な孤立した事ではない。失業がアメリカ中に拡大しているので、自宅を失う人々の数はうなぎのぼりに増えている。
『見捨てられた人々:中流だったアメリカ人が今やテント暮らしに』 [3]より)

失業するとホームレスになって、車の中で寝泊りせざるを得なくなったうえに、合衆国の多くの地域では、車での寝泊りが違法とされており、警察が乗り込んで来て、ホームレスが罰金を払えなければ車は持っていかれてしまいます。
 
しかも、テント村を違法にしているか、テント村の住民を追い払うことまで行っている自治体もあり、ゆっくり眠れるところは刑務所以外にない、ということが現実化しているのです。
 
つまり、お金(現金)を得ることが出来なくなったら、社会から抹殺されてしまうのです。
 
 
それだけではありません。
 
紙幣や硬貨といった通貨マネーとは別に、「信用」というマネーが存在します。
社会を動かしているという意味では、通貨マネーよりも、信用マネーの方が圧倒的に巨大で、現在、極限まで膨張した信用マネーが縮小することによって、アメリカ、ヨーロッパ、そして日本の秩序を崩壊させようとしています。
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モノと交換するための通貨マネーに対して、信用マネーは貸し借りである。貸し借りというのは、必ずペア(両建て)である。貸しと借りは、常に一対である。国の借金の裏側には、国民(外国人も)の資産がある。売買を行う通貨マネーの場合、物やサービスが流れるのと反対方向に、つまり買い手から売り手に、一方通行に流れる。信用マネーの場合、マネーは両方向に同時に流れる。相殺すれば、マネーは流れていない。マネーとマネーを交換するという、無意味な取引と言ってもよいのかもしれない。しかし、そこに、「時間」という概念が入り、タイミングをずらして交換することで、「貸し借り」という状態を創造することができる。
難しいようで、わかってしまえば単純すぎてビックリするようなことである。銀行が融資をするときに、何をするのか考えれば、明快である。銀行はマネーを貸し付けるとき、ローンを受ける人の預金通帳(普通預金や当座預金)に金額を入力するだけである。銀行側の会計整理は、借方に「貸付金」、貸方に「預金」という振替伝票を入れるだけである。借り手の会計整理も同様に、借方に「銀行預金」、貸方に「借入金」と振替伝票を入れることになる。「預金」というのは個人や企業にとっては資産であるが、銀行にとっては、文字通り「預り金」、つまり負債・借金である。
もちろん、銀行を規制するルールがあって、預金準備率など制約はあるのだが、基本的な仕組みとしては、信用マネーというものは、「簡単かつ無限に」創造できるのが、容易に想像できるだろう。こうして簡単かつ無限に創造できるマネーと、われわれが汗水たらして苦労して稼ぐマネーが、同じものとして社会に通用している。
これは驚きではなかろうか?
そして、この仕組みを握る者が、社会を、そして地球を支配できるのも、それほど想像に難くない。
銀行が帳簿に入力するだけで簡単に生み出せるマネーで、人間の労働を買うことができるのだ。これ以上の人間コントロール術があるだろうか?
信用なくして経済は成立しないという理屈も一理ある。しかし、人間と人間の信用とは、「利子」として表現されるべき性質のものなのか? その「信用」を悪用する者がいたらどうなるのか? 経営が「悪化」して債務の返済ができなくなった大企業を人々の税金でまかなうことが「信用」なのか? どうして政府の負債は増える一方なのか? 政府の借金が増え続けるのは、政治が悪いから、官僚組織が悪いからというのは本当か? もっと根源的な問題があるのではないか?
高等数学を用いた複雑な金融理論を「理解」すれば、目くらましに遭うだろう。頭脳の良い人間が陥りやすい罠である。われわれは、あまりにも自明な、「当たり前」とされていることに疑問を持つことを忘れてはならない。
『マネー(お金) 〜地球を滅ぼす、人類最後の宗教①』 [1]より)

あまりにも「当たり前」に使っている「お金」ですが、私たちはその本質をほとんど理解していません。
 
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お金の始まりは「貝貨」で、贈与品として素朴な役割を担っていたに過ぎなかったのに、いつの間にか誰もが求めるようになり、お金を支配する者が社会を支配するまでになってしまいました。
 
 
そこで、今回のシリーズでは、日常的でありながらほとんど知らない「お金」について、
どうして貝ガラが価値を持ち、広く流通するようになったの
王侯貴族や商人だけでなく、農民まで貨幣を使うようになったのはどうして
いつからお金がなくては生きていけないような世の中になったの
そして、
武力を持った王様よりも、お金を持っている商人の方が強くなったのはどうして
など、歴史を振り返りながら追求していきます。
 
お楽しみに

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