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「お金の本質に迫る!」6 〜紙幣の起源・中央銀行・金本位制の崩壊〜

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             (上記画像は、15世紀の金細工師)
先回は、17世紀・絶対王政フランス〜市民革命という激動の歴史を通して、市場が一般市民に広がっていった様子を勉強しました。国家に蓄積された膨大な「財」は当初、絢爛豪華な王宮や宮廷サロンという上流階級の枠内で消費されていましたが、次第に市民の富裕層へ。そして一般市民へと「市場」の裾野が広がったのです。
現代にも繋がる“市場の特質=個人消費が推進力”となった、そのきっかけが「フランス革命」だった。という切り口は大きな気づきでした。その際、本シリーズのメインテーマである「貨幣」の運搬性、等質性、保存性といった特質や、その前提となる「信用力」がすでにお金に備わっていた。という点も記憶にとどめておきたい点です。
さらには、ヨーロッパにおけるこの時代が『国家と市場の力関係の逆転の“転換点”』だったとも云えそうです。
では今回は、金貨、銀貨等の鋳造貨幣から「紙幣」に転換した経緯、現代の仕組みに繋がる、仰天するような「信用創造のカラクリ」を見ていきましょう。
前回までの記事が読みたい方は、以下からどうぞ
「お金の本質に迫る!」5〜貨幣戦争という名の外国貿易〜 [1]
「お金の本質に迫る!」4〜イスラムが生んだ商人国家〜 [2]
「お金の本質に迫る!」3〜国家と貨幣の関係〜 [3]
「お金の本質に迫る!」2〜市場拡大の原動力〜 [4]
「お金の本質に迫る!」1〜お金が生まれてきた背景〜 [5]
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「お金の歴史」② 兌換紙幣〜金本位制の崩壊 [6] (るいネットより)

〔兌換紙幣〕
さて、中世の後期、最も価値の高いお金の単位は金のコインでした。その金の純度をチェックするのは金細工師の役割です。金細工師の家には、大きな金庫があり、当時のお金持ちは金貨を強盗や空き巣から守るために、その金庫に預けていました。金細工師は金貨と引き換えに受領書を渡し、保管のための手数料をもらっていました。
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お金を預けていたお金持ちのAさんは、何かを購入するときに金細工師に受領書を渡し、引き出した金貨で支払いをします。その代金を受け取ったBさんは、金貨を持っていると強盗や空き巣に入られると困るので、やはり金細工師の家の金庫に預け、受領書を受け取ります。それならば、わざわざAさんは金貨を引き出さなくてもBさんに受領書を渡せば、それで済むことです。次第に人々は金貨を使って取引するより、直接、受領書を使って支払する方が便利で安全であることに気づき、その受領書が紙幣の役割をすることになります。
こうして人々が紙幣で取引をし始めると、金細工師の金庫の中にある金貨は眠ったままになります。「もし預金者全員が一度に金貨を引き出しに来なければ、この金貨を担保に紙幣を発行してもよいのではないか」そう考えた金細工師は、お金に困っている人に紙幣を貸し出し、その貸し出し料として利子を受け取るというビジネスを始めたのです。
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こうして13世紀のイタリアで近代式銀行業が始まりました。この時から、お金は銀行から紙幣融資を受けた時に生み出されるようになったのです。(編集部補足:これを、経済学者は「信用創造」という、なんだか高級な感じのする言葉で表現していますが、むしろ銀行による意図的な「貸付膨張」と呼んだ方が実態に近い仕組みであり表現だと思います。)
実際、よく考えてみれば、預かっている金貨は金細工師の金ではありませんし、勝手にそれを貸し出しているのですから、これは横領です。しかし、その方法は秘密裏にされていたために非難されることはありませんでした。
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                   (上記画像はイングランド銀行)
お金が、銀行が発券する紙幣に変わっていくと、これまでのように国家がお金をコントロールすることができなくなりました。近代になると、政府と銀行の間で一つの取引がなされます。それは政府が必要とする資金を常に供給する代わりに「銀行がお金を発行し管理する権利を得る」というものです。このような取引は、1668年にスウェーデンの不動産銀行(現在のスウェーデン中央銀行)と初めておこなわれ、これをモデルにイギリスでも1688年にイングランド銀行が誕生。その後、そのような役割と特権を持った中央銀行が各地で誕生しました。
〔金本位制の崩壊〕     %E5%8F%96%E3%82%8A%E3%81%A4%E3%81%91%E9%A8%92%E3%81%8E.jpg
1929年、ニューヨークのウォール街で株式が大暴落したのをきっかけに、世界大恐慌が起こりました。経営がおかしくなった企業は、銀行に駆けつけて預金を引き出します。はじめのうちは要求に従っておとなしく銀行券を渡していた銀行も、苦しくなった企業が増えるにつれ、預金引出しを渋るようになりました。そうなると預金を引き出すのに銀行券をもらうのが不安になり「金で返せ」というようになります。
しかし、それだけの金貨が銀行にはありませんでした。既にみてきたように、銀行は手持ち以上の銀行券を発行していたのです。ますます銀行券は信用されなくなり、兌換要求に応じられない銀行は倒産に追い込まれました。そうなると倒産した銀行に預金していた企業や融資を頼っていた企業も巻き添えになり、倒産してしまいます。このように倒産の嵐が吹き荒れ、失業者が街にあふれてしまったのです。こうして大恐慌が原因となり、主要各国の金本位制は崩壊しました。
  (以上「日本人が知らない 恐るべき真実」 [7]からの引用です)

どうですか?驚いた人も多いのではないでしょうか?
ポイントは、
・「金の預り証」が今に続く紙幣の起源
・他人の金を勝手に誰かに貸しつける「横領」とも云える「貸し出し」
利子はその横領の様な貸し出し料
・貸すことで、原資以上に発行される紙幣の仕組み=貸し出し膨張信用創造という騙し
「預り証がいつでも金と交換できる」と思い込むことで成立している
国家が管理不能になった紙幣・・・これも国家と市場の力関係の逆転現象のひとつ
・紙幣発行権という特権を手にした中央銀行
・「金で返せ」要求から「金がない」ことがばれて崩壊した「金本位制
といったあたりでしょうか。。。
現在、金融の世界で公(おおやけ)に繰り広げられている仕組みとほとんど同じですよね!その起源や金貸しの思惑もあわせて知ると、愕然とするとともに、憤りが隠せません!
次回は、「ユダヤ人による金融市場構築」について扱います。お楽しみに

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