これまで7回にわたって、ピーター・バーンスタイン『ゴールド—金と人間の文明史—』の全20章を要約・紹介してきた。今回は改めて、有史以前から現在まで、金がどのように人類と関わり、その役割をどのように変えてきたのか、1回目から7回目までを俯瞰してみる。
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●ゴールドの歴史(1)〜(7)回ダイジェスト
(1)人類とゴールドの歴史の始まり [1]
紀元前4千年(約6000年前)の古代エジプトで、君主たちの装飾用に用いられたのが金と人間との関わりの始まりだった。紀元前13世紀(約3300年前)頃には金は神格化され、人々の強い欲望の対象となる。
やがて、紀元前6世紀(約2600年前)には、黒海南岸のリュディア王国で世界初の金貨が発明され、金は支配者の権威を示すシンボルから、価値のモノサシとなる通貨という顔を手に入れる。
(2)貨幣制度の普及による中世市場の拡大 [2]
混ぜ物や改鋳の問題などを孕みながらも、貨幣経済はペルシャ、ビザンチン、ローマ帝国、アラブへと普及し、中世の市場拡大を後押ししてゆく。11〜13世紀の十字軍では、聖地奪還の名の下に欧州勢がイスラム勢から金を強奪し、それまで隆盛を誇っていたイスラム世界との力関係を逆転させる。
(3)大航海時代の金の大移動 [3]
1492年コロンブスによる新大陸の発見以降、ヨーロッパは市場拡大の原資を求めて新天地へと進出してゆく。ポルトガルはアフリカから、スペインはインカ帝国から大量の金をヨーロッパへ運び、欧州では財閥や金融が発達した。しかし、金自体は欧州に長く留まることなく、彼らの旺盛な贅沢品消費を通じてアジア(中国・インド・日本)に還流し、蓄積されていった。
(4)イングランド銀行の誕生と金本位制の成立 [4]
8〜17世紀まで銀貨が主流だった英国で、貨幣改鋳問題による銀不足を契機に、より信頼の置ける金貨への移行が起こる。そして、フランスとの長い戦争による経済危機を背景に1694年にはイングランド銀行が創設、1821年には金の裏付けで紙幣を発行する金本位制が確立する。この2つの制度の成立に深く関わっていたのが、当時、強大な力を持ち始めていたロスチャイルド家である。
(5)ゴールドラッシュ時代からヨーロッパ・アメリカの金本位制度確立まで [5]
1848年カリフォルニアでの金鉱発見から、オーストラリア、シベリアなど各地でゴールドラッシュが始まる。20世紀初頭には、金の生産量は18世紀の100倍にまで上昇し、世界的な金本位制の導入を支えることになる。
(6)第一次世界大戦による市場システム崩壊から世界大恐慌、金本位制の崩壊 [6]
1914年の第一次大戦で欧州は壊滅状態となり、米国への膨大な借金を抱え、英仏独の金保有量は激減、金本位制の基盤が失われていく。一方、世界の工場として台頭した米国では投機熱が高まり、1929年NY市場の大暴落から世界大恐慌が勃発、金本位制は完全崩壊することになる。その後、1930年代に欧州・米国間で金の争奪戦が起こるが、信用を高めつつあったドルでの高値買取策を取った米国に金は集まり、第二次大戦勃発時には、世界の貨幣用金の6割、1万5千トン以上の金が米国に集中していた。
(7)ブレトン・ウッズ体制とその崩壊=ニクソン・ショック [6]
第二次大戦後、金の75%が集中した米国を頂点とするブレトン・ウッズ体制(金ドル本位制)が敷かれる。しかし、膨大な輸入と対外投資を続けた米国では金が流出し、対外債務は増大し続け、金ドル本位制の維持は困難になる。遂に1971年、ニクソン大統領はドルの金兌換停止を宣言。一時、各国から金本位復活の声も上がったが、既に世界中にばら撒かれたドルは金の裏付けなく基軸通貨の座を守り、20世紀を通じて金価格は下落し、資産保有の主流は債券と株に移行した。金は通貨制度の主役の座から降板した。
●金生産量の歴史的推移
本書には、随所に歴史上の主な金の生産地や年間産出量の記述がある。そこで、これらの記述から、世界の金の生産量がどのように推移してきたのかを推計してみたい。現在、地球上にある金の総量は約16.5万トンとされているが、果たしてそれらの金はいつ頃掘り出されたものなのだろうか?なお、以下の数値の1975年以降は本書ではなく、GFMSのデータ [7]による。
BC4000年 1トン/年 古代エジプト王朝
0〜500年 5トン/年 ローマ帝国(最盛期1〜2世紀頃)
1400年 4トン/年 ヨーロッパ
1500年 0.7+4トン/年 アフリカからポルトガルへ0.7トン/年流入
1492年 356年間で 1859年の年間産出量(275トン)が、
〜1848年 2750トン 1492〜1848年の総産出量に匹敵。
1848年 20トン/年 ゴールドラッシュ直前
1859年 275トン/年 ゴールドラッシュ(カリフォルニア、豪州など)
※18世紀の年間産出量の10倍以上
1908年 2000トン/年 ゴールドラッシュ(コロラド、南アなど)
※1848年の産出量の100倍
1950年 1000トン/年 ニクソンショック以降(2000トン)の2分の1
1975年 1201トン/年 1975〜2009年(35年間)で
2009年 2572トン/年 約71,000トン(2030トン/年)
詳しい計算は省くが、概ね紀元前のエジプトで4千トン、中世の15世紀までで1万1千トン、19世紀のゴールドラッシュ前までで1万4千トン、20世紀までで5万トン、20世紀に入り1970年代までで5万トン、70年代〜現在までで7万トン程度と推定される。その合計は約17万トンで、公表数値にほぼ等しい。
これが正しければ、現在、地球上にある金の殆んどは、19世紀のゴールドラッシュ以降、特に20世紀に入ってから採掘されたことになる。従って、現在のゴールドの所在を考えるには、近代以降、とりわけ20世紀の戦争や経済の動きに着目すれば良いことになる。
しかし、本書では主に欧州に視点が置かれ、特に中国や日本などアジアでの金の産出については一切触れられていない。もし副島隆彦が言うように [8]、公表値を遥かに超えた50万トンもの金が存在するとしたら、アジアが一つのポイントになるのではないか。
●エピローグ
本書のエピローグには、こうある。
数世紀にわたって、金によってさまざまなものへの情熱がかきたてられてきた。権力、栄光、美、安全、そして不死への願望さえも。金は貪欲の偶像、虚栄心を満たす手段、貨幣本位としての強力な束縛であった。これほど長いあいだ、これほどに崇拝されてきた対象はほかにない。(中略)
だが、すべては過ぎ去ったことだ。新しい千年紀の幕開けにさいして、金はもはや世界の中心にはない。金の足枷の最後の痕跡は、一九七一年にリチャード・ニクソンによって消し去られた。(中略)金の栄光の歴史は終わりを告げたのだろうか?
だが、それで歴史が終わったとは確信できない。(中略)多くの人が、ドルは体制を崩壊させないための接着剤だと信じている。それは、過去に金が果たしていたのと同じ役割である。言い換えれば、今日、合衆国のドルが国際舞台で演じている役割は、十九世紀にイギリスが演じていたのと同じものであるとも思える。(中略)
ドルはポンドと同様に金属ではないし、他のあらゆる国の通貨と何ら変わったところはない。二十世紀の末に、たまたまドルが体制の要だったにすぎないのだ。いかなる要もその地位を永遠には保つことができない。金でさえ、その例外ではないのである。
一九九七年三月、ノーベル賞受賞の栄誉に浴することを知るはるか以前に、マンデルはこう予言した。「二十一世紀にも、金は国際通貨制度の一部でありつづけるだろう」。これは大胆で、論争の的となる、そしておそらくは不吉な声明だった。世界が混沌とすれば、最後の損失防止装置として金が再び役に立つかもしれない。だが、それが世界通貨としての伝統的役割を取り戻すことはありそうにない。ドル、ユーロ、円などのすべてが、国境を越えた支払いの場合の受け入れられる資産として機能しなくなる日がこない限り。
金が再び高騰し、ドルを初め多くの通貨が下落を続けている現在の状況は、経済学者ロバート・マンデルの予言が現実化しつつあることを示しているのかも知れない。次回からは、時間を現在に引き戻し、金市場が今どのように動き、各国がどのような目論見を持っているのかを、豊島逸夫「金を通して世界を読む」 [9]から2回にわたって紹介する。