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シリーズ「認識形成の場が国家と市場を超える」⑨ 〜まとめ〜

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本シリーズでは、大きな転換点を迎えている現代社会がこれからどのような姿の社会に向かってゆくのか(向かわなければならないか)を考えるために、「るいネット」の超国家・超市場論15〜20 [1]を引用しながら、人々の意識潮流がどのような社会統合機構を指向しているのかを見てきました。
今回はシリーズのまとめとして、1月20日から続けてきた記事の内容をふり返ってみたいと思います。
いま、まさに危機状況に直面している日本社会がこれからどのように転換してゆくべきか、当面する現実課題として、その答えの方向を見い出し社会的な共認を形成してゆく一助となることを願っています。
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それでは、これまでの記事を振り返ってみます。
(1)『認識形成の場』こそ、新しい社会統合機構の中核 [2]…(1月20日)
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◆「認識形成の場(サイト)」は、人々の評価共認が、三段階に亙り先端可能性に収束してゆくことによって構築される
・人々の認識欠乏に応える最初の場(=新しい適応態)が、『認識形成サイト』。
・全ての場(サイト)は、人々の評価共認が形成する評価ヒエラルキーの下に組み込まれ淘汰されてゆく。
・評価ヒエラルキーの頂点に立つ『場(サイト)』に大多数の人々が収束してゆくことによって、『統合サイト』へと脱皮してゆく。
◆認識形成の場の構築とは、人類本来の『まつり』の再生、全く新しい(集団を超えた)社会的な『まつり場』の創出
・それは最終的には万人をその下に収束させた人類の最先端機能となり、同時に人類の最大の圧力源=活力源となり、新しい社会統合機構(の中核)となる。
◆統合サイトに働く、人々の評価共認が作り出す最先端価値=評価指標は、もはや「お金」ではない
・皆の評価に基づく投稿ポイントetcが資格認定の補助指標となり、与えられた資格が評価指標となる。
(2)ゼロから、自分たちの『場』を作る活動 [3]…(1月26日)
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◆人類の新たなまつり場、その『場』に参加することがそのまま『場』を構築することになる
・それは、自分たちでゼロから着実に新しい『場』を構築してゆく運動であり、従来の国家や市場に要求するだけの「社会」運動とは全く位相を異にしている。
・旧体制(国家と市場)自身が行き詰まって終った今、国家や市場に要求しても事態を悪化させるだけであり、その様な欺瞞的な社会運動は早晩旧体制と運命を共にすることになるだろう。
(3)『新しい社会統合機構が、国家機関を吸収・解体する』 [4]…(2月2日)
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◆国家とは、官吏や、国家によって肩書きを与えられた学者や教師や弁護士etcの統合階級が棲息する場or機関
・国家や国家によって与えられた身分は人々の評価指標でも活力源でもない。暴力装置(軍隊・警察)付きの圧力源として機能しているだけ。
・国家の主柱を成す力の序列⇒身分制度が表面上は無くなっても、他に代わるものがないので、これまで社会を統合してきた国家機関を、人々が仕方なく統合機関として共認することによって、統合機関としての面目を保ち、今も社会を統合しているに過ぎない。
・国家機関の実体は統合階級であり、身分制は決して全面解体された訳ではなく、最後の身分は温存され続けている。
・万人参加の認識形成の場(統合サイト)を中核に新しい社会統合機構が作られ、統合機関として人々に共認されれば、国家は簡単に廃止(=新しい統合機構に吸収)されることになる。
(4)中間まとめ:万人が半専任(副業)として参画する [5]…(2月12日)
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◆万人が半専任(副業)として参画する社会統合体制  <実現論 [6]より抜粋・引用>
・集団を超えた次元に存在する社会を統合(もちろん変革も)する為には、単独の集団原理とは全く異なる原理の統合組織が必要。万人が参画できる、社会統合組織の条件は簡単で、二つだけである。
・社会統合は全員が担うべき当然の役割=仕事だとすれば、それに対してそれなりの収入が保障されなければならない。
・万人の属する社会を導くことができるのは、万人が認める事のできる事実に基づく理論体系(=科学)だけであって、特定の思想などに社会を統合する資格はない。
・集団原理を超えた社会統合システムの原型となるのが、半専任(副業)の人々で組織されたネットワーク集合である。
(5)認識形成の『場』を構築することこそ、真の社会活動である その1 [7]…(2月19日)
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◆人々の共認内容=認識を変革し、新たな共認内容を形成してゆくことが最も重要
・共認こそ人類の命綱であり、その共認内容は人類の命運を左右する。
・人々の認識さえ変えることが出来れば、それに応じて社会制度や体制を変えるのは簡単なこと。
・今成すべきことは、新しい社会統合機構(の中核)となるべき『認識形成の場(まつり場)』の構築に参加すること。・心ある人々から率先して、認識形成の真っ只中に身を置くべき。可能性発の実現派なら、時代の可能性に導かれて新しい『まつり場』に加わってくれる。
(6)認識形成の『場』を構築することこそ、真の社会活動である その2 [8]…(2月26日)
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◆史上、社会運動は一度も実現されたことがない
・古代人は現実の共認圧力を捨象して全く対象化しようとしなかった。専ら、頭の中の本源回路を代償充足させる為の感応観念(価値観念や規範観念)に収束した。
・近代思想家は、現実そのもの(=自我・私益・力そのもの)を直視しようとしなかった。それらの都合の悪い本質部分は、あくまで否定すべきものとして捨象した。そして、開かれた現実の可能性を、欺瞞観念(恋愛・人間・自由etc)の実現の可能性だと都合良く錯覚した。
・近代の社会運動に代表されるのが、要求運動。自身の自我・私益の拡大を正当化するような聞こえの良い言葉(人権や平等)を元に、要求を繰り返すというのが近代の社会運動の実態。
・近年は要求運動は息を潜め、寧ろ社会の役に立ちたいという人が、環境団体やNPO等を設立し、社会活動を展開している事例が多く見られる。しかし、社会を良くしていきたいと言うみんなの志が、社会を閉塞に陥らせている元凶である政府と市場を延命させる補完的運動となってしまっている。
(7)もう、傍観者=インテリ統合階級は、要らない [9]…(3月5日)
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◆一握りの知識階級が人々を染脳し、共認を支配してきた。
・彼ら学者や文化人やマスコミは認識を誤り、その誤った認識を人々に植え続けて、遂に人類滅亡の危険さえ考えられるほどの全面的な閉塞状態に人々を追い込んで終った。
・それに対して、普通の人々は、夫々の専業を営みながら、現実社会を生きている当事者であり、現実を直視し、新しい現実を(良かれ悪しかれ)作り出して来た。
◆新たな社会形成の生命部をなす真の共認は、普通の人々によってつくられる
・人々が私権の鎖を断ち切って形成しつつある外向収束⇒認識収束の潮流とは、人々が自らの手で共認を形成してゆこうとする潮流。新たな社会形成の生命部を成す真の共認は、専業に従事する普通の人々が認識収束した場=認識形成サイトにおいて、そこに収束した認識仲間たちの協働によって形成される。
(8)認識形成は遊びではない、生産活動である [10]…(3月12日)
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◆認識形成とは、もうひとつの生産活動
・認識形成の場に参加することは、実質的にも副業に近い、もう一つの生産活動であり、その意味では参加者は半専任の生産者(or公務員)だとも云える。
・単なる消費者でもなければ専任の生産者でもない、半専任の協働者が構築してゆく全く新しい意識生産の場=認識形成サイトは、その協働エネルギーの大きさによって、はじめて市場を超えた新たな生産関係(=交換関係に代わる協働関係)の中核ともモデルともなる。
同様に、そのエネルギーによって、はじめて国家を超えた新たな社会統合機構となることが出来る。
改めてここまでの展開を振り返ると、約6000年前頃から始まった私権時代が終焉を迎え、新たな社会統合機構が必要とされ、それに向けた動きが始まっていることが見えてきます。既に、私権の強制圧力は霧消し、人々の意識は共認へと向かっています。この大きな意識潮流に抗うように残存しているのが旧い国家機構であり、国家機構と市場機構によって身分を保障されている特権階級たちです。
3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震と大津波、そして、さらなる危機を引き起こしている原発事故。自然災害がきっかけとは言え、日本の人々は約60年前の敗戦以来の大きな衝撃を受けています。その危機に際して、政治家や行政、マスコミ、学者などの国家機構の非力さと怪しさに気づき始めているのではないでしょうか。むしろ、これまで人々の中にくすぶっていた不信感が一気に表面化しはじめているように見えます。
人々の意識が大きく動く契機となったこの状況を経て、新たな社会統合機構の形成に向かう人々のこれからの動きを注視し、共認の輪を広げてゆきたいと思います。
次回、本シリーズ最後の番外編として、現在の危機状況の中でどのような動きが見えてきているかについて考えてみたいと思います。

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