2011-01-20

シリーズ 認識形成の場が国家と市場を超える(1)〜『認識形成の場』こそ、新しい社会統合機構の中核〜

前回は、復習という位置づけで、「私権時代の国家・市場の成立から崩壊に至る構造」をみてきました。
今回からは、次代はどのような社会になるのかということを明らかにしていきます。
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 今や、私権時代は終焉を迎え、人々は活力源を見失い、社会はガタガタになっています(社会問題・環境破壊・精神破壊etc.)。これまで扱ってきたように、次代は
人々による認識形成の場を核にして形成される社会共認によって統合される社会に向かうことは間違いないと思われます。すでにその萌芽はいたるところに現れ始めて
おり、なによりも、人々が自らの潜在思念(心)に耳を傾ければ、そのことが実感できるような状況になってきていると思います。
 そのような潜在思念(人々の心)が、どのように統合されてゆくのか見てゆきたいと思います。
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それでは、<超国家・超市場論15 『認識形成の場』こそ、新しい社会統合機構の中核である>を引用しながら『認識形成の場』が、国家や市場を超えうる可能性があることを明らかにしていきたいと思います。

その『場』は、人々の認識欠乏に基づく評価共認が、三段階に亙って先端可能性に収束してゆくことによって、構築される。
人々の認識欠乏に応える最初の場(=新しい適応態)が、『認識形成サイト』である。その場は、心ある人々をそこに収束させる最先端機能であり、そこに結集した人々に最大の活力を与える場ともなる。
しかし、その様な『認識形成サイト』は(例えば、新パラダイム派のサイトや旧パラダイム派のサイトetc)無数に存在し、場(サイト)と場の間に必然的に認識闘争=評価競争が発生する。
この認識闘争=評価競争という形の新しい同類闘争は、人々の評価共認によって収束・統合される。つまり、全ての『場(サイト)』は、人々の評価共認が形成する評価ヒエラルキーの下に組み込まれ、淘汰されてゆく。
そして、その評価ヒエラルキーの頂点に立つ『場(サイト)』の下に大多数の人々が収束してゆくことによって、そのサイトは『統合サイト』へと脱皮してゆく。

 これまで扱ってきたように、活力衰弱に陥っている社会や数々の問題を目の当たりにし、人々は社会や事実がどうなっているのか、そして、変えてゆくにはどうしたらよいのか?という認識欠乏→答え欠乏がどんどん高まっています。
 
年代毎に見てみましょう。
【90年代】
 私権観念がまだ残っており、不全捨象・社会捨象しているので、意識上には顕在化しなかっただけである。又それ故に、’90年代は潜在思念の源泉部が私権不全と社会不全の間で混濁しており、従って疲労⇒癒し欠乏や個室収束が強かったのである。
【00年代】
 00年、私権観念が瓦解したことによって、一気に社会収束⇒認識収束が強まって答え欠乏が意識上に半顕在化すると共に、潜在思念の源泉がほぼ社会不全に一元化され、それに伴って解脱生活の衰退が顕著になり、個室生活も急速に色褪せてきた。
【最新】
 社会不全がさらに増大し、認識収束⇒答え欠乏がどんどん強くなっている。それにつれて、市場原理の観客読者(新聞テレビ等)は減ってゆき、本源原理の協働読者が増えている。
☆事例としては…
・ブログが登場し、多数の読者を集める質の高いものも増えてきた。
・ブログ同士で手を組み(トラックバック、相互リンク、バナーetc.)、協働関係の構築がみられるようになった。
・マスコミ不信→ネットで事実探索をすることが普通になってきた。
・若者の勉強収束(なんでや露店へ、ネットサロンへ)が確実に強まってきた。
・大学サークルで盛り上がっているのは社会系サークル
・朝活等、ビジネスマンの勉強意欲上昇
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 こうした、認識欠乏→答え欠乏が健在化するにつれて、社会系ブログが登場し、有力なブログの元で協働関係を構築したり、有力ブログはプログランキングで評価されたりと、淘汰・統合サイトへの脱皮が進んでいます。

しかもその場は、(すでに第一段階から)答えを求めるみんなの期待が互いに感じられる場であり、その期待に応えて皆が次々に投稿するだけで、最高の『まつり場』となり、皆の最大の活力源となる。つまり、認識形成の場の構築とは、人類本来の『まつり』の再生、しかも全く新しい(集団を超えた)社会的な『まつり場』の創出に他ならない。
このまつり場(認識形成の場)は、参加する人々が増えるにつれて、科学から芸能までを包摂した人類の鑑(かがみ。知の結晶)に成長してゆく。そして、それは最終的には万人をその下に収束させた人類の最先端機能となり、同時に人類の最大の圧力源=活力源となる。
そして、それこそが、新しい社会統合機構(の中核)となる。

 良くも悪くも社会は共認によって成り立っています。法律や制度、町内会の決まり事に至るまで、その成員が共認するからこそ成り立っているのです。
 太古の昔、社会とは集団そのものであり、集団の構成員一人一人が社会=集団の運営・統合(政=まつりごと)に関わっていました。
 私権時代になると、集団の運営・統合は特権階級(政治家・官僚・マスコミ)が牛耳る様になり、人々の共認内容さえマスコミによる共認支配によって支配されてしまう。すなわち、大衆がまつりごと(社会統合)に関わることは無くなってしまいました。
(民主主義とは聞こえのいいもので1票投じる権利があると言われるが、人々のまつりごとへの参加度を最小限にしたと言っても過言ではない!?・・・)
 
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 大衆がまつりごと(社会統合)に関わるというと、難しそうなイメージをしてしまいがちですが、日本にも最近まで(今でも!?)そういった事例があります。それが「寄合(よりあい)」です。規模は小さいですが、考え方は同じです。
「寄合(よりあい)」 
 百姓が、村の中で寄合う行為をします。ここで、会議をします。総会みたいなものですが、村の最終的な意思決定機関となります。これは、全員参加型が基本でありまして、そこでの決定は基本的には、全員一致です。要するに、そこで、意思統一をするのです。これは、一人でも何か違う考え方を述べますと、それを取り上げて延々と議論します。強行採決というのはしません。諄々と説得するとかというような形でやります。私がある資料で見た限りでは、3日、4日ぐらいずっと一つの事を議論しているというのがあります。その間、ご飯を食べに家に帰って、もう一度、寄合の会場であるお寺に戻ってくるというようなことは、いくらでもあったのです。村は、そのようにきちっと考えを詰めていくということをやっていました。これは、大変民主的な手続きで、全員一致というのが民主的かどうかは、ちょっとおいておきますが、少なくとも、誰かが、強引に何かを決めるというものではないという感じがします。寄合での取り決めというのは、集団は当然遵守します。百姓たちは、その村で決めたことは、村の法律“村法”と言ったりしますが、“村法”みたいなものも作ります。それを遵守して、組織化されて、集団行動を行います。ですから、集団行動というのは、最初から、集団的に全部訓練されていたというわけでもなく、寄合って決めたのだからやるんだという形で進みます。
 
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 この村議定、組合村議定、郡中議定という流れについては、図1で示しています。大きな楕円、卵形のところが、郡中議定の枠です。何十、あるいは、何百ヶ村の村の枠組みです。そして、その中に、やや小さな卵形が3つありますが、これが、組合村議定の世界です。さらに、その中に円があります。これが、村議定の世界です。こういう組み立てになっているわけです。惣百姓寄合があって、そして、代表委任して、組合村役人寄合があって、それが、組合村の枠組みでありまして、そこから今度は、代表委任して、郡中惣代の寄合があって、そして、全体として郡中議定を行ないます。そして、これは、各レベルで方針がそれぞれ決定されて下におろされていく、つまりより具体化されていき、方針化が進むということです。 
 この認識形成サイトという『まつり』に参加できる人数には制限がないうえに、そんな繋がりが、コンピューターにそう長くない時間向き合って、文字を打ち込むだけですから実現出来る可能性が見えてきますね。

この最先端機能たる『統合サイト』に働く、人々の評価共認が作り出す最先端価値=評価指標は、もはや「お金」ではない。「交換」という場からやがて「お金」が登場した様に、認識形成の「協働」という場からは「資格」という評価指標が登場することになる。
なぜなら、数百万人もの人々が、一つのサイトに投稿すれば、ごく一部しか見ることが出来ない。従って統合サイトは、地域(3千人)→地区(10万人)→地方(300万人)→中央(1億人)へとヒエラルキー化されざるを得ず、各段階への投稿資格が不可欠になる。おそらく、皆の評価に基づく投稿ポイントetcが資格認定の補助指標となり、与えられた資格が評価指標となる。

 皆の叡智を集結するためには段階毎に評価を受けながら、選抜される必要が有りそうですね。より評価された認識力の高い人の発信こそ、より多くの人の閲覧・評価を受けてゆくシステムが必要になってくるんですね。
 
 では、『認識形成の場』構築の三段階を整理しながら、これまでの内容を復習してみましょう。
■『認識形成の場』構築の三段階
①無数の認識形成サイト間の評価共認⇒『認識サイト』
②認識統合サイトにおける評価共認⇒『人類の鑑(知の結晶)』
③人類の鑑となる認識を発する人への評価共認⇒『資格』

 現在は世界的経済危機が発生し、益々人々の認識収束は高まっています。そして、その下で無数の『認識形成サイト』が生まれるようになっている。いずれ、第二段階の『統合サイト』、第三段階の『新しい社会統合機構(の中核)』への収束〜構築もそう遠くない時期に来ているのではないでしょうか。
 

 
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■この”認識形成サイト”を始め社会統合機構の中核を作っていくには?というところについては、次回扱います。ご期待下さい!
 

List    投稿者 pandaman | 2011-01-20 | Posted in 未分類 | 3 Comments » 

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コメント3件

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