2012-05-28

世界を操る支配者達(3)〜イギリス大英帝国繁栄の歴史

第1回〜ロスチャイルド家 
第2回〜20世紀を支配したロックフェラー家 
 
世界を操る支配者達シリーズの第3弾、今日はイギリス王室の今と昔のお話です。 
 
まずは今の話から入ることにしましょう。 
この写真の方々がイギリスのロイヤルファミリーです。写真中央左の白髪の女性が現女王のエリザベス2世。1066年に即位した王室の開祖ウィリアム1世から数えて43代目の君主にあたります。 
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ロイヤルファミリー AOL Celebrityより 
 
かつての王侯貴族の暮らしを彷彿とさせるロイヤルファミリーの富の源泉は、25万エーカー(=10万ha)にも及ぶ広大な敷地です(cf.東京都の面積=21.87万ha)。ロンドン市内の超一等地に数え切れないほどの土地建物を所有し、資産総額は1兆円を優に超えます。借地料の上がりだけで贅沢三昧の生活が保障されています。 
 
それでは、このロイヤルファミリーが背負う1000年の歴史を見ていきましょう。 
 
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今回は3つのトピックを取り上げながら、背後にある大英帝国繁栄の軌跡を追いかけてみます。 
 
1.イギリスの起源は? 
2.王室の開祖はフランスからの征服者 
3.侵略・略奪に明け暮れたエリザベス1世〜海賊の活躍 
 
 
1.イギリスの起源は? 
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イギリスの国章 wikipediaより 
 
私たちの持つイギリスのイメージといえば、由緒正しい、伝統がある、貴族、紅茶といったところでしょうか。 
 
しかしこの国の歴史と今日までの歩みは、決して美しく輝いたものばかりではありません。古代ローマ帝国の植民地支配に始まる様々な渡来民族の興亡・混交の歴史を経て、現在のイギリスは出来上がりました(年表参照)。 
 

 
年表)古代〜中世の歴史 
 
歴史を振り返れば、英国人の祖先はケルト人、ローマ人、アングロ・サクソン人、デーン人、ノルマン人ということになります。有史以前から順次流入してきたさまざまな民族が混合して暮らしています。  
 
 
2.王室の開祖はフランスからの征服者

王室開闢の1066年とは、イギリスが自国史上最大級の事件に見舞われた年でした。
それは、アングロ・サクソン人の国イングランドが、ノルマンディー(北フランス)から海を越えて襲来したノルマン人との祖国防衛戦争——「ヘイスティングスの戦い」——に敗れ、征服されてしまった国難の年なのです。 
この侵略軍を率いてイングランドの軍勢を撃破したノルマン貴族ウィリアムは即座にロンドンのウェストミンスター寺院で戴冠式を挙行し、征服国イングランドの王として即位します。 
なんと、イギリス王室の開祖「ウィリアム一世」とは、外来征服王朝の初代君主だったのです。 
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バイユーのタペストリーに描かれている『ヘイスティングスの戦い』 Battle of Hastingsより 
 
この一大事件は、五世紀頃に大陸から入植したアングロ・サクソンが、その後の熾烈な先住ケルトとの抗争や同族同士の覇権争いを経、また度重なるデーン人(ヴァイキング)の侵略・支配に苦しみながらようようこの島に統一王国を樹立してまだ間もない頃の出来事でした。 
この、渡来から実に五百年を費やして成った彼らの統一国家は、ヘイスティングスの敗戦により王統も途絶え、一夜にして外来征服王家の支配するところとなったのです。まことに辛い、屈辱的な民族体験であったに違いありません。

 イギリス王室今昔物語より引用 
 
ウィリアム1世は、アングロ・サクソン人の貴族から土地を奪い、ノルマン人の家臣にそれを与えていきました。ウィリアム1世が戦いに明け暮れた海賊ロロの末裔であったことも関係しているのかもしれません。家臣には力の強いものを血筋に関係なく登用したようです。同時に戦時への参戦を約束させ、国王・領主・家臣の間の主従関係に基づく統治国家を作り上げていきました。 
 

その後、アングロ・サクソンの人々は、約四百年の歳月をかけてこのノルマンの支配を自らのうちに吸収するような形で解消し、1485年のチューダー王朝の成立により “アングル人の国”イングランドを名実共に回復します。 
しかしながら、その復興と再出発の時点において、民族的トラウマの払拭ともいうべき自国王室史の再編や書き換えといった行為は一切なされませんでした。 
このように、一国の王室が他国の征服者を、その支配が解消された後もそのまま平然と開祖に戴き続けているというのも、他に類例を見出し難いこの国ならではの姿ではないでしょうか。

 イギリス王室今昔物語より引用 
 
 
3.エリザベス1世 
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エリザベス1世 
 
エリザベス1世は大英帝国の礎を築いた女性です。 
父はイングランド国王ヘンリー8世、母は2番目の王妃アン・ブーリンです。ヘンリー8世はイングランド国教会を設立したことでよく知られていますが、設立にはこんな一説があります。 
 
〜ヘンリー8世は生涯で6人も妃を迎えたが、新しい妻と結婚する度に、無実の罪を先妻に着せて処刑した。カトリックでは離婚が禁じられていたからだ。ヘンリー8世は、先妻との離婚を認めないローマ教皇の存在が目障りだった。次第に対決の様相を呈していく。そしてついにヘンリー8世は、ローマ・カトリック教会との決別という手段に出る。これを議会にかけてイングランド国教会が作られた。〜 
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ヘンリー8世 FC2より 
 
母アン・ブーリンも、男子を産めないという理由で、父ヘンリーによって処刑されてしまいます。エリザベスがまだ2歳の時でした。エリザベスは、生涯一度たりとも結婚しませんでしたが、こうした幼少期から始まる数奇な人生体験や、政治の道具としての結婚の空しさが影響していたことは想像に難しくありません。 
 
エリザベスは父親譲りの残虐さを持って、スペインの財宝略奪と侵略に明け暮れました。 
 
エリザベス1世を語る上で忘れてはならないのが海賊の存在です。スペインやフランスの脅威に対し、国家の存亡をかけて強い軍事力を備える必要がありました。しかし当時のイギリスといえば、有力な収入源がほとんど無い小国です。富国強兵への道をどうして歩むか考えあぐねた末の選択が、国を挙げての海賊行為だったのです。 
 

「太陽の沈まない帝国」と呼ばれたスペイン帝国は、南米からおびただしい金・銀・財宝をヨーロッパに運んでいたため、カリブ海には多くの財宝をつんだスペイン船が行き来するようになりましたが、この財宝を狙ったのがイギリスのエリザベス1世で、彼女は私掠船に掠奪許可証を与え、海賊のフランシス・ドレークやホーキンズ船長などを使って、植民地から帰還途上のスペイン船を掠させ、莫大な富を得ました。 
 
スペイン国王の財宝を満載したカカフェ号を襲ったときは、銀26t、金80ポンド、貨幣と装飾品13箱など合計20万ポンド相当が積載されていたとされ、1580年にエリザベス1世に金銀財宝を献上した額は30万ポンドを超え、当時のイングランドの国庫歳入より大きなもので、海賊のドレーク船長はイギリス海軍の中将に任命されると同時に、叙勲(サーの称号)を受けました。

renaissancejapan『エリザベス1世』より引用  
 
イギリスは海賊を犯罪者としてではなく、探検家、航海家といった言葉で表現し、近代国家の礎を築いた英雄として再定義することで、海賊行為をみごとに正当化してきたのです。それは国家と海賊が相互依存の関係を作り上げ、貧しい二流国家イギリスが、豊かな一流国家へと変貌していく時代の入り口です。 
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アルマダの海戦を描いた『無敵艦隊の敗北』 wikipediaより 
 
1588年にスペイン無敵艦隊を撃破し、大勝利をおさめたことによって、海外への進出が容易になり、イギリスの経済は大きく発展していきます。後世イギリスが貿易立国へと舵を切り、産業革命によって大英帝国は確立されましたが、その経済的基盤は、ドレークに代表される海賊の活躍によって作られたと言っても過言ではないのです。 
 
 
〜まとめ〜  
今回はイギリス王室を扱いましたが、世界史に目を転じると、世界を操る支配者達の力の基盤は様々です。 
 
例えば、第1回で扱ったロスチャイルドは「金融」によって、第2回で扱ったロックフェラーは「石油」によって、勢力を拡大していきました。 
 
同じような考え方で言えば、イギリスの繁栄とは、まさに略奪、侵略、なんでもありの「武力」による勢力拡大です。 
 
 
第3回、イギリス王室のお話はお楽しみいただけましたか。 
次回は欧州貴族、ハクスブルグ家の秘密に迫ります。

List    投稿者 bibibi | 2012-05-28 | Posted in 未分類 | No Comments » 

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