2021-02-28

【実現塾】戦争の起源と国家の支配構造

実現塾の要約です。

3月中に公表される革命綱領ゲサラ法では、核兵器が禁止され、世界中で非戦条約が締結されるという。
過去2000年間、巨大な国家が存在してきたのは、戦争に備えるためである。しかし、アメリカを先頭にして、全世界で非戦条約が成立すると、大国に結集する必要性が消えてゆく。戦争がなくなると、国家の存在理由=目的はどう変わるのか?人々の意識はどう変わるのか?
まず、前提となる戦争がなぜ起こったのか?を解明する。

【1】人類最初の戦争は、なぜ、いつ、どこで起きたのか?
・世界最初の戦争は、5500年前乾燥を契機として飢えに晒されたイラン高原の遊牧部族が農耕部族を襲うという形で始まったが、飢え死の危機に晒されているが故に、そこでの闘いは皆殺しとなる。

・このイラン高原発の略奪戦争は、遊牧の帯を通じて中央アジア高原からモンゴル高原へと伝播していったが、モンゴル等では飢え死にするほどには乾燥していなかったので、そこでの闘いは、負けた方が服属するという形で終わる。従って、部族共同体や氏族共同体が、そのまま存続する。従って、東洋人は現在でも、共同体の共認原理が底流として残存している。

・それに対して、イラン高原からコーカサス・小アジア・地中海の一帯では、その後も3000年に亘って断続的に略奪闘争が続いた結果、共同体は完全に消滅し、一部の勝利集団以外、略奪集団(山賊や海賊)しか居ない世界となる。

・共同体を失った彼らは、自分第一となり、共認機能で集団を形成することが出来ないので、もっぱら契約(=観念機能)に頼って集団を形成していった。自分第一・利益第一の者たちを統合する手段が、分け前を分配することを明示した「契約」の共認しかなかったからである。もちろん、分け前にあずかるのは略奪に参加した者だけで、敗者の生き残りは奴隷=勝者の財産となる。従って、契約の対象となる。

・こうして、西欧人に特有の、自分第一の契約社会が形成されていった。

【2】国家はどのように形成されてきたか?
・この略奪闘争=縄張り闘争は勝ち抜き戦となり、最終的には、勝ち残った勝利部族が数百~数万倍の敗北部族を武力で支配する国家を作り出した。

・勝利部族は闘いの過程で、多数の敗残部族の人々を支配する管理者として、服属部族の長たちのうち使える者を支配階級の内部に組み込んでいった。

・この管理者は、当初は軍の管理者=将が中心であったが、国家の規模が拡大するにつれ次第に、徴税等の制度の管理者=官僚が増大してゆく。

・最終的には、ごく少数の勝利部族が王族となり、敗軍の首長が軍や政治の実務を担う貴族となってゆく。

・武力支配時代の国家は、王が貴族たちを招集する御前会議の形をとることが多かった。(ローマは元老院の力が強く、元老院が王を選ぶ。東洋でも、漢や明や清など、王を絶対者として祭り上げながら実は大貴族に操られていることが多かった。つまり、西洋でも東洋でも、王の力は絶対ではなく不安定で、常に権力闘争の圧力に晒されていた。)

☆国家の本質は支配にあるが、国家はどのようにして人々を支配してきたか?

◎国家の支配構造1:武力そのものが縄張り闘争に勝ち抜く制覇力となり、それがそのまま集団を統合する統合力にもなっていた。

◎国家の支配構造2:国家の規模が大きくなると、武力だけでは統合できなくなり、武力に基づく上からの強制共認としての法制共認によって、人々を統合する体制に移行してゆく。

◎国家の支配構造3:戦争がなくなり平和な時代が続くと、武力と法制だけでは統合できなくなる。なぜなら、武力支配の結果必然的に生じる庶民の苦しみや不満の声が顕在化してくるからである。実際、庶民の苦しみや不満を土壌にして宗教共認が形成され、教会や寺院が次第に勢力を拡大してゆく。しかし、国家(支配階級)から見れば、教会や寺院が庶民の不平不満を吸収してくれるだけでも有難い存在なので、教会や寺院の上層部を支配階級の一員として取り込むことによって、宗教共認のエネルギーをも支配の補助勢力として組み込んでいった。全ての教会や寺院がそういう役割を果たす結果に終わったのは、宗教観念の構造が現実から反転した非現実の世界に救いを求める構造でしかなかったからである。

【3】市場時代に入ると、国家の支配構造はどのように変化したか?
◎国家の支配構造4:武力の基盤は経済力にある。農業生産の時代は、農民を支配する武力が制覇力であったが、商業や工業が発達してくるにつれて、経済力を規定する資力が新たな制覇力となっていった。従って、縄張り闘争に対応するための国家の制覇力も武力から資力に移行し、資力を独占する金融勢力が国家を動かしてゆく。

・こうして、資力の拡大が国家の最大目的となり、それが国家の統合力ともなる。経済を拡大するためには、人々の物的欠乏を刺激する必要があり、そのためには「自由・平等」や個人主義を浸透させる必要があるが、その核弾頭となったのが恋愛至上主義である。

・従って、人々の物的欠乏を刺激し豊かさ第一に誘導するためには、恋愛至上主義や「自由・平等」や個人主義の共認形成が不可欠になる。この共認形成を担ったのがマスコミと学校であり、とりわけ豊かさが実現されてしまった’70年以降は、マスコミが資力をも凌ぐ第一権力にのし上がっていった。

・と同時に、染脳教育の重要性も増大していったが、自我発で核家族を形成した女たちは、子育て経験のある祖母を家庭から排除してしまい、かつ子育てだけが母親たちの唯一の役割となってしまった。そして、子育てを経験したことのない母親たちは、子育ての評価指標たる学歴に単純に飛びつき、受験戦争を激化させていった。

◎結局、恋愛も物的欠乏も学歴も、それが絶対的価値であるかのように思い込まされてきただけである。

  投稿者 tasog | 2021-02-28 | Posted in 07.新・世界秩序とは?No Comments »