2012-04-24

【戦国時代の権力需要と市場】 〜鉄砲伝来の背後にいた勢力〜

「堺が商人の起源である」という前回のプロローグからだいぶ間が空いてしまいましたが、今回から数回に亘って、「戦国時代の権力需要と市場」テーマの皮切りとして、鉄砲伝来シリーズをお送りします。
「江戸時代とは商人がつくった時代」でもお伝えしたように、歴史的に表舞台に立つ徳川家の裏で、商人が暗躍していたという背景があります。本シリーズでは、それより以前の戦国時代、その中でも鉄砲伝来という史実に着目してエントリーをお送りします。

※写真は種子島 こちら よりお借りしました
歴史の教科書で習う鉄砲伝来は、(諸説あるようですが)1543年の種子島にその起源があると言われます。それは、江戸時代に書かれた「鉄炮記」(てっぽうき)の記述(種子島当主の種子島時堯が、鉄砲を入手した方法とその後の生産について書かれている)を拠り所にしています。

この鉄砲伝来を契機として、戦国時代下の日本では、鉄砲の生産(供給)と需要が急激に拡大していきます。また戦場での鉄砲の使用は、戦況も一変させ、それまで主力部隊だった騎馬武者は、鉄砲の標的になりやすいため影を潜め、鉄砲隊をふくむ足軽隊へと戦術の変化をもたらしました。1575年・長篠の戦いにて織田信長が勝利したのも、この鉄砲の獲得と無縁ではありません。
本エントリーでは、(一つの伝来ルートとして)種子島に鉄砲が入ってきたという史実、その後の鉄砲拡散の背後にあった構造を明らかにすることで、歴史事象の持つ新たな意味・捉え方を見出していきたいと思います

※長篠合戦図屏風(部分) 堺市ホームページ からお借りしました
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  投稿者 pipi38 | 2012-04-24 | Posted in 02.日本の金貸したちNo Comments »