2009-06-20

G20な国々(番外編) EU

多極化へ進む世界の中で、一つの軸となることが確実視されるEU。今回は基礎知識のおさらいも含めてEUの歴史について調べてみました。

(ウィキペディアより)1957年から2007年までの加入国の変遷
 

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「ヨーロッパ大統領」が新設! ヨーロッパは連邦へ? EU(欧州連合)の基礎知識より
■すべてはドイツとフランスの和解から始まった

ヨーロッパの一体化を強め、アメリカなどの(当時の)新興工業国に対抗して、「ヨーロッパの没落」を防ごうじゃないか、という動きは、第2次世界大戦前からも、あったことはあったのですね。
しかし、ネックはヨーロッパ大陸の二大大国、ドイツとフランスの対立関係でした。1870年の普仏戦争、1914〜18年の第一次世界大戦、1939〜45の第二次世界大戦、いずれもドイツとフランスが激しく戦った戦争でした。
そもそも両国国境には大きな炭田・鉄鉱がひろがり、有数の工業地帯が広がっていた。これを領有するため、両国は国境紛争を常々ひきおこし、大きな戦争に発展させていったわけです。
ちなみに教科書にも出てくる有名な物語『最後の授業』もフランスとドイツが国境を接するアルザスが明日からフランスからドイツになってしまい、フランス語の授業が今日で最後、という話でしたね(30代のヒトならだれもが知ってるお話でしょうか)。
このフランス・ドイツ両国を和解させるため、1950年にフランスの外相シューマンが発表したのが、シューマン・プランでした。つまり、まずは両国の紛争の種になってきた石炭と鉄鋼を共同管理しよう、という提案でした。
これをうけて、1952年にECSC(ヨーロッパ石炭鉄鉱共同体)が作られます。そしてその理念のもと、1958年にはEURATOM(ヨーロッパ原子力共同体)が創設、さらに密な経済統合を行うため仏独両国のほかイタリアやオランダ・ベルギー・ルクセンブルクなども加わりEEC(ヨーロッパ経済共同体)が作られます。
そして1967年、この3組織が合体する形で、今のEUの前身、EC(ヨーロッパ共同体)が誕生したのでした。ECでは各国共通の市場、つまり関税のない単一市場をつくり、EC内での経済を一体化することによって活発化させることが目標とされました。そして共通の農業政策などもとられるようになりました

■イギリスの加盟によりECは全西欧に

イギリスも、ECに入りたかったのですが、邪魔をした人がいました。1958年からフランス大統領になったドゴールでした。
「強いフランス、強いヨーロッパ」をめざしていた彼は、イギリスが冷戦によって外交の軸足をヨーロッパ大陸からアメリカに持っていったことが許せなかったのですね。そこで長年、イギリスはECから締め出されていました。
しかしドゴールが政権を去ると、イギリス加盟の道が開けてきました。1973年、イギリスはアイルランド・デンマークとともに加盟を果たします(拡大EC)。これで、西欧の主要大国がECにすべて加入し、ますます発展することになったわけです。
その後も1981年にはギリシャが、1985年にはスペイン・ポルトガルが加盟し、ECは全西欧に広がっていきました。


■そして、ECからEUへ、経済統合から政治統合へ

ECは先ほどもいったように単一のヨーロッパ市場をめざしてがんばっていましたが、それをさらに強固なものにするためには、通貨統合が必要である、という認識が生まれてきました。
EC各国の通貨を一つの通貨にまとめてしまえば、どこにいってもその通貨が使えるわけですから、単一市場、つまり経済の一体化は揺るぎないものになるでしょう。
しかし、通貨の発行は国の政治的な基本的な権利、主権の一つです。通貨の発行によって、国は独自の経済政策をとれるわけです。そう簡単には通貨発行権を手放しません。
これをあえて統一しようとするわけですから、通貨統合を実現するためには、もはや経済だけでなく、高度な政治的なレベルでの統合が必要である、ということになってきたわけです。
そこで1992年、マーストリヒト条約が採択され、通貨統合に向けた政治的な統合、そして政治統合をさらにすすめるため外交や安全保障政策の共通化などが決まったのです。
そして、マーストリヒト条約発効とともに、1993年、ECは政治的統合を強めた組織であるEU(ヨーロッパ連合)へと発展することになったわけです。
EU発足後の1995年にも、スウェーデン・フィンランド・オーストリアが加盟し、規模はさらに拡大していきました。そして1999年には単一通貨「ユーロ」が誕生し(イギリスなど一部の国はまだ参加していませんが)、難事業であった通貨統合がようやく実現したわけです。

■そして、EUは全欧州へむけて発展

そんなEUに、冷戦が終わって経済の自由化をすすめる東欧各国も参加したいと思うようになりました。東欧各国のほとんどの国、はてはトルコまでが加盟を希望するようになりました。
そこで2004年からEUは一気に拡大することになりました。バルト三国、ポーランド、チェコ、スロバキア、スロベニア、マルタ、キプロスが加わりました。EUは一気に全欧州をカバーする勢いで拡大をしたのですね。
今後の課題は、こうした東欧の、経済力が比較的劣る国々と、西欧先進国との格差をどう埋めていくか、そしてさまざまな歴史を持つ加盟諸国のあいだで、どこまで外交や安全保障政策などの共通化がすすめていけるか、という点にあると思われます。

 このように欧州統合へ向けて着実に拡大発展していくように思われていたEUですが、金融破壊の影響かここへ来て、保護主義・反EUの流れも出てきているようです。
★欧州議会選 反EU極右躍進(2009年6月9日)リンク

欧州連合(EU)の欧州議会選挙は八日までの開票の結果、社会民主勢力が各国で歴史的敗北を喫する一方、欧州統合に反対する極右政党が勢力を伸ばした。投票率は過去最低を記録しており、経済危機の中、市民のEU不信が鮮明になった。

★EU金融危機対策、資本注入枠42兆円 不良資産拡大を懸念(2009年6月8日)リンク

欧州連合(EU)の金融対策に関する報告書が明らかになった。昨年来の金融危機で加盟27カ国が打ち出した金融機関への資本注入枠は約3100億ユーロ(約42兆3000億円)で、銀行間の資金取引に関する政府保証などを含めると総額3兆7000億ユーロ(約504兆円)に膨らんだ。今後の不良資産の増加リスクに懸念を表明したほか、EU全域の資産査定(ストレステスト)などを実施し、必要な公的資金を機動的に発動する方針を打ち出した。

【次回へ続く】

List    投稿者 kato | 2009-06-20 | Posted in 未分類 | 2 Comments » 

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コメント2件

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