2011-05-23

中国の国家と市場に潜むもの〜(2)巨大帝国「唐」の形成過程とその背景にあるシルクロード

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(画像はこちらから頂きました)
前回の記事ではBC8〜3世紀の春秋戦国時代に、戦争を通じて国家体制(政治体制や税制度等)を整備していく過程を見ていった。
こうした国家体制を構築していく事により秦による中国統一の基盤が完成してきた。
しかし秦・漢以降、三国時代・五胡十六国時代・南北時代と各諸国に分裂し戦争時代に突入していく。
そして約400年間の戦争時代が終焉し、7世紀初頭に唐を建国し巨大帝国を作り上げた。
こうした巨大帝国→分裂→巨大帝国といった時代の流れから、中国にかかる外圧や環境を構造化していきながら、その後巨大帝国「唐」が形成されていく過程を追及していきます。
このシリーズのこれまでの記事は以下を参照。
中国の国家と市場に潜むもの〜 プロローグ
中国の国家と市場に潜むもの〜(1)戦国時代に始まった市場拡大→貨幣経済と村落共同体の解体〜
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■中国を取り巻く外圧状況と国家の成立

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中国は長江文明・黄河文明を筆頭に農耕が発展している。この豊かな農耕を目指して、周辺地域の他部族(遊牧民族)が侵入し、常に圧力(対立・闘争・時には共生) がかかっている。
よって、その時々で変わりゆく外圧情況の中で「国家統合」 していくのがかなりの難課題である。
国家統合していく為には内部体制を固めていく必要がある。(前記事参照
また中国は周辺地域にいる外部の敵(遊牧民)の侵略を防止しなければ国家が崩壊してしまう。その為にも軍事力を強化 していく必要がある。
ではどのようにして軍事力を強化 していったのか?
■シルクロードを媒介として繋がるユーラシア勢力と中国
「唐」が巨大化していった大きな要因の一つとして「シルクロード」 がある。
主要に活躍していったのは中央ユーラシアを占拠とする遊牧騎馬民族であり、その代表とされているのはソグド人である。
ソグド人は他地域の商業中心地にまで仲間を送り込んで定着させるようになると、各地にコロニー(植民地・居留地) を出現させる。また情報伝達として郵便制度 等も確立していき、中央ユーラシア→東アジア(中国)までネットワークを拡大していった。
下図に示す地図は東西南北に広がるネットワーク概念図であり、網の結び目(ジャンクション)の多くは交通の要地であり、そこに大小の都市が発生している。
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「シルクロードと唐帝国」より
こうしたネットワークの拡大とともに、中国と遊牧騎馬民族の間で行われていた交易の中で「絹馬交易(絹馬貿易)」 がある

「シルクロードと唐帝国」より引用
 モンゴル高原〜天山山脈の広大な草原の上に建てられた匃奴・鮮卑・突厥・ウイグルなどの遊牧国家の主要産物たる馬と中国の絹とが平和時には恒常的に交易されたという事実を掘り起こし、それに「絹馬交易(絹馬貿易)」という名称を与えた。そして、中央ユーラシアの遊牧国家の発展にとって商業が必要不可欠の要素であったこと、とりわけ絹が商品とも貨幣ともなって移動した遠距離難交易路として「草原の路」がいかに重要であったかを明らかにした。

中国からは絹織物や紙・陶器などのぜいたく品を輸出していて、遊牧騎馬民族からは馬を主流とした傭兵、武器などの軍事力強化に必要な物 を輸出していた。
中国としては国家統合=軍事力拡大、ソグド人(遊牧民)にとっては交易ネットワーク拡大 という両者の利害が一致したことにより、中国やソグド人は力を付けていった。
その後唐の北方に位置する突厥(遊牧民)の侵略を防止する為に西域の方に伸びていき手を繋いだ。そして「交易」によって巨大な軍事力を付けていく事で巨大帝国「唐」が構築していったのではないか。
交易で他国から傭兵を雇って軍事力を強化していった唐には、色々な民族が集まり混合統一国家 として拡大していった。
国家統合+拡大他民族集団での国家体制 という矛盾を孕んでいたので、徐々に内部崩壊していき907年に唐は消滅した。
■まとめ
中国はユーラシア東端に巨大な帝国を形成したことで巨大な需要を生み出した。しかし中国の交易を見るとぜいたく品(絹や紙、陶器) を生み出しているのは中国の方で、このぜいたく品を輸出して武力(馬・傭兵)を輸入 していた。
中国に侵略しようとするユーラシア勢力(北方民族)に対して、中国の農民兵では勝てない。 なので必然的に傭兵(別の北方部族) に頼る事になる。→最終的には北方部族に支配される。

ユーラシア勢力との攻防と力関係の変化が、中国の立場を変化させている。その要となったのが西域(馬と武力の供給源であり、交易ルートの要)では?
次回は、「朝貢制とは?」について追求しています。
お楽しみに!!
参考:シルクロードと唐帝国・森安孝夫著(講談社)

List    投稿者 kyohei | 2011-05-23 | Posted in 未分類 | 4 Comments » 

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コメント4件

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