2011-06-15

中国の国家と市場に潜むもの(5)〜明代の海禁政策がもたらしたもの

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大遠征を行った鄭和の旗艦「宝船」の模型
(画像はこちらから頂きました)
前回の記事では明、清の朝貢貿易について扱いました。そのとき交易は拡大していきましたが、
その以前の時代の明では、なぜ交易が繁栄してきていたにもかかわらず海禁政策を行ったのか?
そして、その海禁政策によりなにがもたらされたのかについて追求していきたいと思います。
このシリーズのこれまでの記事は以下を参照。
中国の国家と市場に潜むもの〜 プロローグ
中国の国家と市場に潜むもの〜(1)戦国時代に始まった市場拡大→貨幣経済と村落共同体の解体〜
中国の国家と市場に潜むもの〜(2)巨大帝国「唐」の形成過程とその背景にあるシルクロード
中国の国家と市場に潜むもの〜(3)朝貢制ってなに?
中国の国家と市場に潜むもの〜(4)朝貢貿易ってなに?
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■海禁政策が行われた明の時代背景
明朝前の元朝は銀を軸にした包括する交易を目指していたが、当時のユーラシアの銀では拡大しつつある交易量を賄うことができなかった。そのため、ウイグルやムスリムの商人が商社を組織し物質の流れを円滑にすることで銀の循環速度を上げることや、元朝が銀にリンクする紙幣を発行することにより銀の不足を補っていた。
しかし、その方法では循環が滞り始めると銀に裏付けられない紙幣が大量に発行され経済が混乱に陥ることとなったので、明朝は交易の際に銀を用いず現物で行うことを目指した。それは、支配領域外(特にモンゴル、イスラム)から貨幣経済に浸食されることを恐れたためであり、外国との交易を民間ではなく国家が管理するようになる。
■海禁政策の目的と活動
陸からの対外勢力の浸透を防ぐと共に、南方に広がる海域に対しても、国家管理の手を伸ばしていく。
明代の海禁は、拡大していく倭寇や密貿易の取り締まりや、交易を国家が独占することにより朝貢と冊封の制度を再建すること、貨幣経済の浸食の防止を目的とし1371年〜1563年の間に行われた。ゆえに海禁はいわゆる鎖国とは異なり、国外に対してというよりも国内に対する政策であった。
国家は各地に水砦を設置して兵船を循環、島嶼部住民の本土への強制移住、許可証の所得や航路の厳守、時には漁民の出漁まで禁じることまであった。
しかし、この政策は貿易や海運で生計を立てていたものにとって生業を圧迫する政策であり,長い海岸線の監視が困難なこともあり海禁は徹底されなかった。
結果として、生計が苦しくなった海民が倭寇となり、国家の思惑とは逆に倭寇を跳梁させることとなった。また、密貿易の拡大や経済発展の妨げにも繋がっていった。

■鄭和の遠征
海禁政策が行われている中で1405年からその後30年間で、鄭和(雲南のムスリム生まれ)を総司令官とする大遠征が下図のような経路で7回にわたって行われた。
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(画像はこちらから頂きました)
遠征の目的は国家主導の朝貢貿易であったと考えられる。しかし、遠征先では惜しげもなく中国の特産品を与えたが、貢納された物産は珍しいものもあったが、価値がつりあうものではなかった。帝国全体の収支は完全に赤字だった。
そこで真の目的は、遠征を機に南洋の諸政権が朝貢使者を送ってきたことから、朝貢メカニズムの海域を広げることだった思える。

■明の朝貢と密貿易
朝貢の際に大明宝鈔という明が発行した紙幣で算定されていたが、帝の外征などによって大明宝鈔が乱発され、鈔価が激しく低下した。それにより朝貢国側は大きな利益が見込めなくなり、朝貢回数朝貢諸国数が減少していった。
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大明宝鈔

(画像はこちらから頂きました)
明初から中期までは朝貢交易が主要であったが、その後は密貿易という民間交易が主要になっていった。
密貿易は東南アジアとの往来の比重が大きかった。東南アジアとの密貿易の拠点となったのは福建省の月港であり1465年〜1505年には大都市に匹敵するほどの繁栄が見られた。
沿海地域の資産家は利殖の機会として投資し、漳州の商人の多くが密貿易に従事しており、その商人たちは明朝に対抗するための武装までも行っていた。
■華僑の進出
海禁政策は、10世紀以後中国商人がインド洋・南シナ海において展開してきた交易活動を大きく後退させるものであり、福建、広東の沿海住民にとっては生業の危機となった。そこで、彼らは東南アジアに移住して、海上交易を続けようとした。
特に、スマトラ島のパレンバンには広東、漳州、泉州の多くの人(優に数千人はいたとみられる)が逃げ込んでおりとても栄えたところであった。
彼らは、密貿易や、中国以南の国々の商人やその他の華僑に取り入って陸路、明に向かう中継交易に取り組んだとみられる。

■内陸の商人と帝国の拡大
内陸部の商人は、物資を軍事活動の前線へ搬入するメカニズムである開中法を利用して利益を得ていたと思われる。
開中法とは、必要物資を運ぶと代金の替わりに塩販売権が貰えるというものであり、有事の際に掲示で募集された。
そこで商人たちは必要物資である米を納めるために,遠方から輸送するのではなく農民を募集して,軍事活動の前線付近に穀物の生産拠点を作らせた。
これは商屯と呼ばれ、商人にメリットがあっただけでなく、国家も大規模な軍事活動を行うことが可能になりモンゴルやベトナムを侵略した。特にモンゴルに対する軍事活動によりモンゴルに臨む西北部の開発は促進され張家口や大同は商業都市として活性した。
しかし、人手不足により塩の生産が間に合わなくなりこの制度は崩壊していった。
また、モンゴル高原方面の内陸でも密貿易が行われており、禁令が出されてはいたが効果はなかった。
 
■まとめ
明朝時代の海上交易の基本的な形態は、14世紀半ばから15世紀半ばまでは朝貢交易、15世紀半ばから16世紀半ばまでは密貿易、16世紀半ば以降は民間交易であった。
王朝は権力を取り戻すために朝貢と冊封の制度の再建を目指し、海禁により交易を独占しようとした。しかし、この政策は多くの民の生活を苦しめるものとなり、倭寇や密貿易の拡大や華僑の進出といった、国家の目的とは大きく異なる結果を生んだ。

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このようにして明は、周辺地域を自国の経済圏に取り込み比較的安定した時代を築いた。
北虜・南倭と言われるように、北方・南方勢力との攻防は続き、密貿易等によって再び彼らの力が強まってくると、軍事支出の拡大の必要から、紙幣の増発が必要になり、紙幣価値が下がっていき、明という帝国を支配していたシステムは崩れていった。
以上のように、明の時代の市場は徹頭徹尾、国営で行われていたことがわかる。
また明のシステムは現代の中国(東南アジアに経済圏を形成しつつある)という国のあり方に非常に近い感じがする。

次回は時代を遡って宋、元時代の「モンゴル・イスラム勢力に組み込まれたグローバル時代について」です!
お楽しみに!!
参考:中国の歴史09 海と帝国 明清時代・上田 信著(講談社)
    サイト 海上交易の世界と歴史

List    投稿者 s.kuro | 2011-06-15 | Posted in 未分類 | 9 Comments » 

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コメント9件

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