2010-02-09

自主管理への招待【3】 〜生産から離脱させ、消費へと逃避させるだけの近代思想〜

自主管理への招待(2) 〜社会は、生産力の転換によってしか根底的な変革を遂げることはできない〜 より↓↓

 社会の繁栄期には「反体制」的なお祭りに打ち興じ、社会の衰弱期にはその体制に依り縋るのだとしたら、それらの人々にとってこの社会体制はよほど頼りがいのあるもののようである。
’60年代から’70年代にかけて「社会運動」に身を投じた若者達の信奉する思想は、「一方通行で空回りの『自己主張』」でしかなかった。だから結果的に、体制隷属、つまり“ぶら下がり”となることも必然でした。

’70年を過ぎると運動家や文化人だけでなく現代人すべての意識が、社会に対する「否定と要求」に包み込まれてしまいました。
しかも工業生産の発展もあいまって、誰もが希求した「豊かな」個人生活が実現されたのです。「社会」的なるものは「個人生活」にとって敵対物になってしまいます。
そんな中で「仕事(労働)」は忌み嫌われ、「遊び(個人生活)」を求め続けることが、常に優先されたのでした。そうして(社会)体制へのぶら下がり、責任の押し付けが、その後40年も続いてしまうのです。

  

余暇を重視する傾向は70年代から強まり、85年には仕事志向を凌駕した

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  投稿者 finalcut | 2010-02-09 | Posted in 07.新・世界秩序とは?2 Comments »