2007-05-07

地方自治の歴史・・・・「惣村」を現在に引き継ぐ村

%E6%B0%B4%E3%82%A5%E6%B5%B7topsyasin3.jpg
長野県下水内郡栄村の風景
次回は、惣村における上記の役割の活動実態をもう少し掘り下げてみようかと思います。
と書きましたが、現在でも、惣村の伝統・精神を引き継ぐ町・村があるのだろうか?と調べてみました。ここに二つの村を紹介したいと思います。

ポチッと押してね。
 ↓

にほんブログ村 経済ブログへ


1、宮崎県諸塚村
諸塚村は、地形が急峻で谷も深く、人家は3〜10戸の小集落をなし村一円に分散居住しており、狭少な平地と広大な山林を特徴とする山村である。
かつては地理的に不便で、経済基盤も弱かったが、戦後いち早く人づくりに力を注ぐとともに、自治公民館を創設し、全村民参加による豊かなむらづくりに取り組んできた。諸塚村の自治公民館活動は、全国でも類を見ない「諸塚方式」といわれる独自のスタイルをとっている。行政と地域の自治公民館が車の両輪にたとえられ、村民同士の相互扶助だけでなく、地域づくりも含めた社会的な課題まで包括する充実したもので、その内容は多岐に渡る。
●産業面
昭和32年に自治公民館産業部が中心となり、全村民の話し合いの中から産業振興の柱を、この地に適してきた用材、椎茸、畜産、茶の4大作目による複合経営と定めて取り組んだことにより、特に造林、椎茸生産に高い成果を得ている。また、この複合経営方式は、林業の長期性による収入の間断性や椎茸病害の蔓延等の危機を乗り上げる上で優れた効果をもたらし、農林家の経営に大きく貢献した。
更にこれらを推進するため、昭和30年代から計画的に道路網を整備してきたが、この道路網は全ての路線が接続され、行き止まりのない循環方式であり、道路密度も全国トップである。これにより生産コストの提言が図られたばかりでなく、生活面の向上にも大きく貢献することになり、後継者も確保された。
●生活面
自治公民館婦人部が主体となり、台所の改善、家庭菜園づくり等の食生活の改善、トイレの水洗化、週1回の禁酒日の設定などに取り組み大きな成果を上げている。また、最大のテーマとしてきた村民の健康づくりについては、健康診断受診促進運動を展開し、昭和61年度には、各種検診受診率を91%にまで高め、健康増進に貢献している。
●教育面
諸塚村は、戦前から社会教育を重視しており、「村づくりには人づくりから」との考えに立ち、昭和21年からこの村独自に「成人祭」を創設し、満20才の男子と満18才の女子を対象に、10日間の宿泊による社会教育を実施し、人づくりに力を注いできた。当時、村民の経済も苦しく、村の財政も困難な中にありながら、講師には、著名な文化人、大学教授、県の幹部を招くという本格的なものであった。ここで育った人達は、現在、村のリーダーとなってむらづくりを進めている。なお、人づくりの重視については、自治公民館活動と村政の重要な方針として、現在も受け継がれてきている。
このような自治公民館を中心とした全村民参加による村の特性を活かした40余年にわたる「むらづくり」の取り組みが、非常に優れたものであるとの高い評価を受けている。(リンク
2、長野県栄村
長野県栄村の高橋彦芳村長は市町村合併をしないことを宣言し、以来、村が持続可能な行政運営を行えるように、行政コストを削減し、ユニークな政策を行っている。それらの政策の中で、補助金をもらわずに(国の関与なしに)行っている村独自の道路整備とは、どのような中身でどのくらいのコストで行っているのかを、栄村で現地調査し、補助事業との比較を試みた。
●村長の思い、村民の反応
<高橋彦芳村長>
「国は農山村でも都市並みの村づくりをやれと言ってきた。そのためのカネは交付税と過疎債。これは『本物』ではないと思いながら大バカになってやってきた。しかし、官のつくる公共事業のモノサシは栄村のような山村には全く合わない。暮らしの知恵を活かしながら、栄村らしく生きていくことが必要」
●道直し
国の補助を受けない村道や農道の改良事業。村の予算と受益者負担(用地費の3割、材料費の25%を集落で負担)で行い、村の臨時職員が施工。
村道が国庫補助の対象になるには道路を2車線以上にするなどの条件があるが、集落内の生活道路は機械除雪が行える幅(3.5m)さえ確保できれば良く、国庫補助の対象に合わせた規格にするとかえって高くつくため補助事業では行っていない。
具体的に見ると、栄村の道直しは整備距離1m当り約1万9000円。それに対し国の道路構造令・補助基準に従った場合は、建設会社へのヒアリングによると約11万1000万円かかる。簡易な道路整備であれば、栄村は通常の1/6のコストで行っていることになります。補助事業で行うと50%の国庫補助がつきますが、それでも栄村独自で道路整備を行う方が負担額は1/3になる。
補助事業の場合、国が一律に決めることで「どんな地域、状況でも問題ない」よう基準が決められ、多くの場合過剰な仕様になり高くなっている。栄村の道直しは、国が決めた基準(道路構造令)に従わなくて良いため、国や県への報告するための設計や測量にかかる費用が不要になったり、原材料費が安くすむことが大きな原因。特に原材料費は、道路構造令や補助基準に従った場合に比べて、栄村の道直しの方が1/14にも削減されている。 
●「道直し」以外の栄村の創意工夫による主な事業
「田直し」:補助基準に満たない小さな田を拡大する事業。農家と村が10アール当り20万円ずつ負担し、その費用の中から機械、作業員(1名)の費用を賄う(1時間8500円)。
「下駄ばきヘルパー」:村が講座を開いて160名のヘルパー資格者を作り、集落ごとに班を作って介護サービスを提供。農山村部特有のコミュニティーを生かした手法。村の雇用拡大にも寄与。
「雪害対策」:冬期間、雪害対策救助員を15名雇い高齢世帯の屋根の雪降ろしを行う。申請に基づいて民生委員が審査、無料と有料に分け村長が決定。(リンク
このように、現代においても、政府や県の制度に頼らずとも、惣村の歴史を、受け継ぎ、活力ある地方自治を運営している村があることに、実は、驚きました
戦後、地主制や家父長制は「封建的」とされて農山村に残る伝統が解体され、中央官庁が集権的に地方をコントロールするための諸制度が広まっていきましたが、半世紀がたって、住民自らが自らのゆく末を決めるために「地方分権」で適正規模の自治体を再構築しようと変わってきています。今後の地方自治は、この先人達が創りだした「惣村」にその可能性が秘められいるのではないでしょうか。

BYシロハナミズキ

List    投稿者 orisay | 2007-05-07 | Posted in 03.国の借金どうなる?1 Comment » 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kanekashi.com/blog/2007/05/188.html/trackback


コメント1件

 wholesale bags | 2014.02.10 17:42

金貸しは、国家を相手に金を貸す | 地方自治の歴史・・・・「惣村」の歴史

Comment



Comment


*