2009-12-05

「経済学って本当に正しいの?」10〜『GDP信仰』に代る新しい可能性〜

このシリーズで経済学の詭弁性やGDP信仰の弊害が明らかになってきました。
この辺で、次なる可能性探索に入って生きたいと考えています。
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写真は中小企業景気対策検討中の亀井大臣
まずはるいネットの投稿紹介です。
『GDP信仰』に代る新しい可能性

先日の『なんでや劇場』で若者を中心に普通の人々は、GDP/インフレ/デフレ等の経済学の概念について、あまり関心がないことに気づいた。
確かに公表されているバブル期のピークの実質GDPを現在のGDPが上回っている、のは、あまりに違和感がある。(例 89年445兆円⇒02年538兆円/なんでや劇場『国の借金が700兆円もあるのはなんで?』資料1より)
それに、インフレとかデフレとかの言葉を知らなくても、日々の生活に困ることはない。これでは無関心なのもよく分かる。
将来のGDP見通し、インフレ期待・デフレ圧力をもとに行動・意思決定しているのはごく一部で、『必要な投資以外に、特に魅力的な投資案件は見つからない』『特に欲しいものは殆どない』というのが、多くの人々の実感であり、特に最近になって、幻想観念に代って、潜在思念をもとに、消費行動をとる人々が増えているのではなかろうか。

⇒経済学者よりも、一般人の方が確り現実を捉えていて、正常な消費行動に転換している。
更に引用投稿です。
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多くの庶民は旧観念信仰だけでなく『GDP信仰』からも決別しており、今のところどこからも、人々の潜在思念にフィットする概念の提示がないとすれば、実現可能性のある新しい概念を提起することが、みんなの役に立つ。
『なんでや劇場』にて、その提示がなされた。
『景気を回復させなければならない、というGDP信仰は、国家の借金を無限に増加させ、無駄な経済活動を生み出すばかりでなく、人々の活力を衰弱させる。GDP信仰と、その結果生み出された国の借金という概念を捨てて、新たに国家紙幣を発行するとともに、人々の活力を生み出す活動・本当に必要とされる活動に、支援金を支払えばいい』
共認原理によって統合可能であれば、国力とは、人々の活力の総体。
人々の活力源に焦点をあてて、次々と新しい活動を生み出したり、それを支援する、活動の中身に対する評価共認の場を形成する、ということが、新しい統合機構の役割だと気づき、かなりすっきりした。

以上 引用終わり
まずは、幾つか疑問が生じたので検証してみました。
①多くの庶民が『GDP信仰』からも決別したのはなんで?
景気が良くなると家庭の収入が上がる(=お父さんの給料が上がる)と実感していた時代は、GDP(当時はGNP)の成長率は新聞の第一面を飾り、庶民にとっても関心事の一つであった。この様な感覚は、おそらく1980年代まで。
その後、’90バブル崩壊、’97金融破綻を経て景気は回復せず、年を追う毎にGDPと生活実感がかけ離れていった。
そして今や『景気』は死語と言っても良いような状態。
②『GDP信仰』が人々の活力を衰弱させるのはなんで?
『GDP信仰』と決別した多くの庶民は、公共投資の行く先を意識し始める。借金時計などもこの意識を強めた。国の借金を実感こそしていないが、不安材料としては心底に蓄積され、公共投資が使われた結果である多くの『無駄』や『格差拡大(=勝ち組)』の顕在化などが活力を衰弱させていった。
③「潜在思念をもとに、消費行動をとる人々」とは?
①②を経て、人々は「もったいない」と言う感覚を再生させ「買えるか買えないか」から「必要か否か」に消費判断を移行させた。
これが潜在思念をもと消費行動の一つ。財布の紐を締めただけでなく、必要なものはじっくり吟味して本当に良いものを購入、徹底的に無駄な物を判別するようになった。例えば、ユニクロの上昇はこんな消費行動にマッチしたのだろう。
そして今や『GDP信仰』は、民主党の「事業仕分け」をこき下ろす為のネタとして使われるのが精々って所でしょうか?
ここまで、見放された観念は完全消去して次なる可能性を考えてみたい。
人々の活力源に焦点をあてて、次々と新しい活動を生み出したり、それを支援する、活動の中身に対する評価共認の場を形成する、ということが、新しい統合機構の役割
この様な活動は色々と考えられる。
過剰と言われる業界人口を他の役割(仕事)に転換させるビジネス。最近話題の建設業界などはまさにこの対象でしょう。(縮小するのは建設業だけじゃない
高齢者介護では高齢者に役割を与え活力を回復する事業、農業では国内生産物に対する支援金・・・・等々
大切なのは、補助金ではなく支援金だと言う事。
例えば脱サラ農家に農業着手補助金を与えるのではなく、生産性の高い農家に支援金を注入して更に生産性を向上させ、その上で農業人材を育成すれば更に支援金が加算されていく。
この様なシステムが確立していけば自給率問題も解決できそうだ。
このシステムを構築する為には、「国力=人々の活力の総体」を示す新たな指標が必要になってくる。
この指標の追求こそ人々が期待する経済学の役割なのではないだろうか?
経済学の祖といわれるアダムスミスは元々道徳学者であり、社会をどうしようか?と考えたのでしょう。
だから、農業をベースにした重農主義市場経済を追求した。
ところが、時代は重商主義、そして工業化へと流れていく。彼の理論「神の見えざる手」だけが切り取られて、資本家のご都合経済学に組み込まれてしまった。
経済学などと個別分野に切り取られて以降、経済学は学問ではなくなった。
その結果が、金融危機などの世界的な混乱であり、経済学は社会統合を追及する学問(社会の役に立つ追求)として完全に転換しなければならない。

List    投稿者 gokuu | 2009-12-05 | Posted in 03.国の借金どうなる?4 Comments » 

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コメント4件

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