2011-03-11

国家債務危機〜ジャック・アタリ氏から21世紀を読み取る3

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「国家債務危機」〜ジャック・アタリ氏から21世紀を読み取る
「国家債務危機」〜ジャック・アタリ氏から21世紀を読み取る2
 前回の投稿では、「国の借金」というものがいつから始まり、どのように変ってきたかについて扱いました。
改めて整理すると、


 君主(都市国家の指導者)の個人的な借金(君主の死と共に借金は消滅する)
→君主の死後、次の君主となった者に借金が継承される(個人と個人の間の借金から組織と組織の間の借金へと位置付けが変る)
→債権者(金貸し)を引き止める為に、「君主の借金」を「国の借金」と認めた。(国家が返済義務を負うシステムの成立)

 このように、「国家が返済義務を負うシステム」が形成される過程で、次々と「お金を生み出すシステム(銀行、国債、株式等)」を作り上げていきました。
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「ニコニコ市場」からお借りしました。)
 今回はこの「お金を生み出すシステム」が作り上げられてきた流れを、ジャック・アタリ氏の著書「国家債務危機」の第2章『公的債務が、戦争、革命、そして歴史をつくってきた』から紐解いていきましょう。
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●「国家の債務(国債)」と「国家の銀行(中央銀行)」の誕生…イギリス
 17世紀後半頃のイギリスは、他のヨーロッパ諸国と同様に、度重なる戦争などによって財政は常に火の車状態でした。

 国王の借金については議会の承認が必要だったが、議会は短期かつ上限を設けた借り入れしか認めていなかった。したがってウイリアム三世は、シティのゴールドスミス・バンカーや商人から、時には30%もの高金利で短期借り入れを行うほど資金繰りに苦慮していた。
(ジャック・アタリ氏の著書「国家債務危機」より引用)

というように、財政を確保する為には、金貸し達からの借金は必要不可欠なものでした。
一方、国内の状況はどうであったかというと、

 当時のイギリスでは、一般的にも貯蓄を持つものが増加しており、土地購入が活発化し地価が上昇するなど、安全な投資先を求めていた。
(ジャック・アタリ氏の著書「国家債務危機」より引用)

 このような状況下で、国家の財政と投資家の投資先を結ぶものが誕生しました。
 それが国債の発行です。
 1691年、イギリスの議会は、国債に関する最初の法律を成立させました。
 これによって、国王の借金に対して議会が保証することが法律に明記され、国民が主権者として保証する公的債務が登場したのです。
 しかし、これまでデフォルト(債務不履行)を繰り返してきた国王が発行する「国債」の信用は低く、そのままでは簡単には買い手がつきません。
 国家は、「国債」をどう売りさばくかという、大きな問題を抱えることになったのです。
 そして、ここにうまく付け入った金貸しが登場したのです。

 さらに1694年、ウィリアム・パターソンという人物が、イギリスの金持ちが株主となる銀行を設立し、その銀行が発行する債券によってフランスとの戦費を調達してはどうかと、イギリス政府に提案した。
 このウィリアム・パターソンというのは、スコットランドで生まれ、新大陸ボストンに渡り、カリブ海の島々を放浪し、その後ハンブルグ、アムステルダムを経て、ロンドンに居を構えたという経歴の持ち主だった。
 このアイデアは採用され、債権の募集が認可されると、わずか10日間で1,200人から120万ポンドが集まった。
(ジャック・アタリ氏の著書「国家債務危機」より引用)

この銀行の果した役割をまとめると、下の図のようになります。
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 まず、国債を買い取る銀行を設立し、その銀行が国債を担保に国家へ資金を貸し付けます。
 銀行は国家へ貸し付ける資金を、その銀行が発行する債券によって国民から集めます。
 銀行の株主が金持ちであるということで、その銀行が発行する債券の信用度は上がりますから、資金を集めやすくなります。
 つまりこれは、信用度の低い債権を、信用度の高い債権に換えることで、資金調達を容易にするシステムなのです。
 この銀行が「イングランド銀行」であり、後のイギリスの中央銀行になります。
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「ウィキペディア」よりお借りしました。)
 ここで注目されるのは、自己資産を元に金融業を行っていた者ではなく、自らは資産を持たない者が、他人の資産を用いて資本を生み出すシステムを持ちかけたというところです。
 度重なる財政難に苦しみ、信用をなくした国家に対し、他人の資産を信用力としてお金を集め、それを国家に貸し付けるシステムと、そのシステムを独占的に使える権利を持つ中央銀行を作り出したことは、現在の金融システムの原型を形作るものではないでしょうか。
●「非兌換紙幣」と「バブル経済」の創出…フランス
 16世紀頃のフランスには銀行家や金融市場は無く、外国からの融資も受けられなかった為、フランス王室は資金調達のために官職の売却を始めました。
 本来、官職は世襲制でしたが、国王に購入価格の一部を支払うことを条件に、官職が売買できるようにしたのです。
 1598年には、王室に代わって地方で徴税する権利をもつ徴税請負組合を制度化しました。
 つまり、金融家から地方の税収を前借して、その代わりに彼らに徴税を行う権利を持つ徴税請負人という公職を与えたのです。
 このような、その場しのぎの対策にとどまっていたフランスの財政は、17世紀中頃には、国家予算の84%を金融業者からの融資に頼る状態となっていました。
 そのような状況の中で、1715年ルイ十四世が死去し、巨額の公的債務を受継いだルイ十五世の摂政となったオルレアン公フィリップ二世は、スコットランド人のジョン・ローという「詐欺師と予言者を合わせたような人物」に出会い、あるアイデアの提案を受けたのです。

 そのアイデアとは、当時の通貨は金貨が中心だったわけだが、経済立て直しのために、紙の通貨(金と交換できる兌換紙幣)を発行するというものだった。
 ジョン・ローは、現在のフランスの経済不況は通貨が不足していることに原因があり、紙幣を発行すれば通貨の流通量が増えて、経済は好転する。そのために、自分に王家の財産と収入を管理する銀行を設立させること、そして、その収入と土地を担保にして銀行券を発券させることを求めた。
(ジャック・アタリ氏の著書「国家債務危機」より引用)

 ジョン・ローという人物は、貨幣は希少性の高い金銀が用いられていたが、貨幣の価値はその交換性にあり、貨幣の材質そのものには価値は無いと唱えた経済学者であり、実業家でした。
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「wapedia.」からお借りしました。)
 オルレアン公フィリップ二世は1716年、紙幣を発行する銀行「バンク・ジェネラル・ド・フランス」の設立認め、ジョン・ローは兌換紙幣の発行を始めました。
 その担保となる財源としては、将来の公的収入(税収など)も見込んでいたため、現状の金(Gold)の量以上の紙幣が発行されたのです。

 1717年、ジョン・ローは、植民地だった北米ルイジアナにあるとされた金銀の鉱脈を探査していたミシシッピー会社を買い取り、「西方会社」と名を改めた。
 この会社は広大なルイジアナ地域の開発独占権を得ていた為に、大変大きな期待が寄せられ、株価は高騰していった。
 ジョン・ローは、この株券と王の債務を交換し、その分の銀行券を発行していった。 つまり株価が上がり、会社の増資が円滑に進む限りは、公的債務の返済が進むシステムを作ったのである。
(ジャック・アタリ氏の著書「国家債務危機」より引用)

ジョン・ローが作ったシステムをまとめると、下の図のようになります。
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 王家の財産等を担保にするだけでは限界がある為、システムの中に金銀の鉱脈を探索する会社(西方会社)を組み込みました。
 この西方会社が発行する株券と、国家が発行する国債を交換し、国家は株券を市場で売りさばいて資金調達します。
 一方西方会社の国債は、バンク・ジェネラル・ド・フランス銀行が銀行券を発行して買い取ります。
 西方会社への期待が高まり、株価が上がれば、発行された株券と同じ分の銀行券を発行できます。
 つまり、将来西方会社が手にするであろう金銀の鉱脈を担保にして、銀行券を発行するというシステムなのです。
 しかしこのシステムが長く続くはずはありません。
 その後の流れは以下の通りです。
1718年、バンク・ジェネラル・ド・フランス銀行は「王立銀行」となる。
1719年、西方会社は「インド会社」となり、間接税を徴収する権利や、ほとんど通貨に近い性格の株券発行する権利を国から取り付けた。
1720年、王立銀行とインド会社は合併する。
同年5月、北米ルイジアナからは金銀が発見されず、株価は暴落。
 こうして、現存しない金銀の鉱脈という「幻想価値」を担保にした、表向きだけの兌換紙幣(史上初の「非兌換紙幣」とも言えるもの)が大量発行され、株価暴騰というバブルを引き起こしたのです。
 現在の金融システムも、幻想価値が巧妙に隠されているだけで、根本は同じではないでしょうか。
●国債を発行しなければ、国家の財政は廻らない。
 ここまで見てきたように、国家は国債を発行しなければ、財政が廻らない状況に陥っており、国家ぐるみで、如何に国債を売りさばくかに奔走しています。
 そこに詐欺師まがいの金貸したちがつけ入り、猿芝居を演出しました。 それに踊らされた結果、国家債務をさらに増大させるということを続けながら、今の金融システムが作られてきたのです。

List    投稿者 minezo | 2011-03-11 | Posted in 03.国の借金どうなる?5 Comments » 

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コメント5件

 むじんくん | 2012.02.08 9:10

気象鉱物資源→希少鉱物資源ではないでしょうか?

 shimaco | 2012.02.14 5:20

>むじんくん さま
ご指摘ありがとうございます!引用箇所、修正いたしました☆感謝です。今後とも、よろしくお願い致します。

 hermes constance bag | 2014.02.01 15:57

pierre herm¨¦ fr 金貸しは、国家を相手に金を貸す | 2012年、新興国はどう動く?(4)〜「最後の市場」アフリカを狙うのは?目を見張る中国の進出

 wholesale bags | 2014.02.10 2:44

金貸しは、国家を相手に金を貸す | 2012年、新興国はどう動く?(4)〜「最後の市場」アフリカを狙うのは?目を見張る中国の進出

 hermes oldenburg | 2014.03.13 3:39

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