2013-07-13

【3】『素人にも分かる経済の真相』お金を使う意味って何?

前回はこのブログのタイトル「金貸しは、国家を相手に金を貸す」の金貸しとは、いったい何者なのかについて追求していきました。
『素人にも分かる経済の真相』シリーズ【3】は、金貸しとも関係する「お金」を題材にしたいと思います。
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(画像はこちらからお借りしました)

皆さんは「お金」に対してどんなイメージや観念を持っているのでしょうか?また、どのようにしてお金に対する観念は作られていったのでしょうか?そして、お金を使う意味って日頃考えたりしているでしょうか?・・・
はっきり答えられる人は少ないのではないでしょうか。私たちが生きる社会空間では、何をするにもお金がかかるのは、なぜか?お金の使い方次第で世の中、(社会)が変わるかも・・・と思う方もいると思います!
そこで、今回は「お金を使う意味って何?」と題し、社会背景を遡り、現在・未来におけるお金の使う意味、使い方の潮流を一緒に学んでいきたいと思います。
○過去の『素人にも分かる経済の真相』シリーズは以下をご覧ください。
【1】『素人にもわかる経済の真相シリーズ』経済のプロの話がわかりにくい(経済学が役に立たない)のはなんで?
【2】『素人にも分かる経済の真相シリーズ』 金貸しって、何?

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□お金の使い方・使うとき【消費・投資・浪費】
日々生活する中で、常に使うお金ですが、その使い方を意識しながら使う人は少ないと思います。そこで、お金の使い方3項目(消費・投資・浪費)をみていきます。

●消費・・・払った金額と同じ価値に値する使い方
・物の値段は需要と供給で決まるものですので、値段と同じ価値の物をお金と交換して手に入れる事になります。食料品や衣類、健康費など、生活に必要なものに使う時がこれにあたります。
●投資・・・使った額以上に得られるものがある価値の高いお金の使い方
・知識・情報・経験など、成長や収入につながるもので将来に使った金額以上の見返りが得られる使い方になります。資格を取って仕事や趣味のスキル、知識を高めることで充実や達成と言った幸福感を得られる使い方です。
●浪費・・・使うだけで何も残らない無駄なお金の使い方
・安価のモノや必要度の低いモノを買ってしまうという、苦労して稼いだお金を価値の低いものにしてしまう使い方です。

>最近の傾向(お金の使い方)を考えてみると、知識・情報の習得で充実度を獲得する場合通信費等の人とのつながりの形成(共認行為)に使用し充足度を満たす場合など、自分自身にとって「本当に必要か否か」を考えて使っている傾向にあると考えられます。

□「お金を使う意味って何?」
下記のるいネット投稿を参考に考えていきたいと思います。
超国家・超市場論10 何をするにもお金がかかる社会
超国家・超市場論22 お金は、現実の必要度を測るモノサシ

■「何をするにもお金がかかる」社会

市場時代を通じて、市場を拡大させた主動因は、私権の強制圧力による抑圧からの解脱としての、快美幻想への可能性収束=快適さや便利さの希求である。逆に云えば、人々が私権の強制圧力からの解脱手段としての快適で便利な快美生活を手放せないことが、何をするにもお金がかかる社会が出来上がった原因である(そしてそれこそ、人々が精神を破壊し、環境を破壊して止まない原因でもある)。
超国家・超市場論10 何をするにもお金がかかる社会

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(画像はこちらからお借りしました)
>私権圧力の”抜け道”として登場した市場の住人(商人、金貸し等)は、快美幻想をもとにした、価格格差の幻想(ダマシ)を使って市場を拡大させてきた。
その快美幻想(快適さや便利)への収束の結果、「市場拡大」を絶対とし、その為に、あらゆるものが商品化され(現在で言えば、金融商品、環境商品等)、何をするにもお金がかかる社会が形成されました。
環境問題や原発問題にせよ、市場が生み出した問題を解決する力が無いということは周知の事実です。人々が快美幻想を追い求め拡大し続けた市場が現代でも、「市場が拡大する事は良い」という思い込みが残存しており、その結果が「何をするにもお金がかかる取引社会=市場社会」を作り出したのです

■お金は、現実の必要度を測るモノサシ

祭りであれ、集いであれ、認識形成サイトであれ、何であれその場が、社会空間において物的な快美収束と同等以上の収束力を持つとすれば、人々はその場にお金を使う。逆に、社会的ないかなる活動or場であれ、そこまでの収束力を持ち得なければ、人々はそこにはお金を使わない。だから人々がそこにお金を使うか否かが、その場or活動の収束力(≒必要度)を計るモノサシとなる。
つまり、お金は(決して認識の質を測るモノサシなのではなく)、現実の必要度を測るモノサシとして機能するのである。
超国家・超市場論22 お金は、現実の必要度を測るモノサシ

>人は、必要or有益なものにお金をかけているということであるが、本当に必要なものかと考える時間や、消費税、所得税などが具体的にどのように使われているのか分からないなど、お金が動くことを曖昧に考えているところがあるような気がします。個人が、本当に必要なものという理解と判断のもと、「お金」は現実の必要度を測るモノサシとして機能していることをこれからは提示していかなければならないです。

■お金が万人の共認する最先端価値=評価指標

このように、市場拡大の原理的なテコとなっているのが価格格差の幻想共認だとすれば、具体的なテコとなったのは交換手段とりわけ交換取引の評価指標としてのお金の共認である。
もし、万人に共認された評価指標があれば、交換取引の成立機会は飛躍的に増大する。実際、交換の為には指標が必要⇒交換効率を上げるには普遍指標が必要という流れで、万人に共認された評価指標(=お金)が確立されたことによって、市場は飛躍的に拡大していった。
そして、いったんお金が万人の共認する最先端価値=評価指標となってしまうと、(国家によって施される場合を除いて)芸能であれ、情報であれ、全てはお金と引き換える事の出来る形に商品化しなければ供給できなくなり(∵メシが喰えない)、国家の施しの元を成す税も、お金で徴収される様になる。
市場(交換取引)は私権闘争を原動力としており、従って、お金が万人の評価指標として社会的に共認されたものであるにも拘わらず、それは専ら私的な充足の為にのみ使われ、社会統合の為には(国家以外)使われない。従って、市場は社会統合には、殆ど寄与しない。(そこで、もし人々が、私的な充足の為だけではなく、社会統合の為に、例えば『認識形成の場』にお金を使う様になれば、大変面白いことになる。
超国家・超市場論10 何をするにもお金がかかる社会

万人の評価指標として社会的に共認されたもの「お金」の使われ方を捉えなおすことで、お金の新たな使い方が加速していくかもしれませんお金の使い方次第で社会を良くする可能性があると考えられるのではないでしょうか。

□まとめ
■お金の使い方(過去・現在・未来)

●貧しい頃・・・欲しい物があるのは大前提で「買えるか買えないか」が判断軸
●豊かさが実現・・・大抵のものは買えるので自分にとって必要か否かが判断軸
●これからの時代・・・「みんなにとって必要か否か」という判断軸

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>上図のように、私権の時代は私的の充足の為、自分の為にお金を使い快美欠乏を満たしてきた。しかし、私権の衰弱によって私的の充足だけに費やすのではなく、知識・情報の習得や通信費等の人とのつながりの形成(共認行為)、充足度を満たすことに使用し、共に充足する関係の構築や誰かの為に役に立つこと(知識・情報の獲得)に投資する傾向が現れている。本当に必要か否かを考えて使っている傾向にあると考えられます。
3.11以降、困っている人がいれば、助けたいと思う気持ちから募金やボランティアなどの社会貢献といったものにお金を使用し、日本人の持つ潜在思念によってお金の使い方、使う意味を徐々に変化させているのではないでしょうか。また、外国の国々も3.11の際には、日本の共に支え合いながら復興へという姿勢を背景に、物資の支給や援助金を送るなど共に支えていく路線があり、社会を良くしていこうという流れが出てきている証なのかもしれません。
このように、「社会に必要な活動」を軸に市場社会を形成し、向上させていくためにお金を使う=社会統合一人一人が意識を少しずつ変化していけば、戦争や環境破壊、精神破壊の課題が目に入り、「お金の使う意味」が変わってくると考えられます。その少しの認識転換の第一歩が大事になるのではないでしょうか。
次回は、「金利が必要なのはなんで?」と題し、一緒に学んでいきたいと思います。お楽しみに。

List    投稿者 seya | 2013-07-13 | Posted in 10.経済NEWS・その他No Comments » 

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