2010-08-12

日本の税システムを考える−14 〜番外編☆おもしろ税3−1日本、税の歴史♪〜

こんにちは
前回の「日本の税システムを考える−13 エピローグ〜充足発の税システムへ〜」はご覧いただけましたか
既存の枠組みから抜けた、とてもスッキリとした内容となりました :wink:
また機会があったら具体化させる方向も考えていきたいですね
 
まだの方はぜひご一読を
 
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さて、今日は「日本の税システムを考える」シリーズのフィナーレ
おもしろ税3—①日本、税の歴史 です。
合間にトリビアネタを盛り込みつつお送りしますので、最後まで楽しんでいって下さい
 
ありがとうございます
 
 

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■日本、税金の歴史 〜現代の税ができるまで〜

・弥生時代
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中国の歴史書「魏志倭人伝」という本の中に、3世紀ごろの日本に「邪馬台国」という国があり、「卑弥呼」という女王が国を治めていたと書かれています。
人々は種もみや絹織物を貢物として「卑弥呼」に納め、これが日本の税の出発点と考えられています。
こんな昔から税ってあったのですね!

 

・飛鳥時代 〜国や税の仕組みができました〜
  
645年に起きた「大化の改新」以後、日本で初めて本格的な税の制度が作られました。
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租(そ)=米
庸(よう)=労役または布
調(ちょう)=布や絹など
雑徭(ぞうよう)=労働
という形で税を納めていました。
米(租)は重くて運ぶのが大変で、集めた後に置いておく場所も大変なため、布(調)や、労働(庸)で納めるのが普通だったそう。

 

・奈良時代 〜土地を治める領主が登場〜
   
華やかな文化が栄えたのとは反対に、重税に苦しむ農民が増えました。
農民がいなくなると田んぼが荒れ、税が入ってこなくなる。
これでは困ると、一度開墾した土地は開墾した人のものとする懇田永年私財法ができました。そうすると今度はお金持ちの貴族などが自分の土地にしてしまって、荘園ができたのです。荘園を管理する領主から農民に税が課されるようになりました。
 
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・安土・桃山時代 〜税の基準が作られました〜
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天下を統一した豊臣秀吉は、全国的な規模で土地を調べ、田や畑からの収穫量を米で換算した石高=基準を定めました。(それまでは農地の面積だけで年貢を決めていた)
さらに、その土地の所有者を明らかにし、石高の3分の2を「年貢」として納めさせました。
これが「太閤検地」です。
秀吉の太閤検地は、日本全国を残さず行い、逆らうものは皆殺しにする覚悟で行われました。でも、実際は日本全国の20%くらいしかできなかったらしいそう。

 

・江戸時代 〜農民に課された田畑への年貢が税収の中心〜
 
年貢は江戸時代になっても受けつがれ、幕府は、「死なぬように,生きぬように」の考えに基づいて、農民から厳しく税を取り立てました。
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・明治時代 〜「税金」の始まり〜
 
明治6年(1873年)に、政府の収入を安定させるため、土地にかかる税を定め、それまでの穀物などで納めていた年貢に代えてお金で税を納めるように制度を変えたそうです。
これが地租改正ですね。
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ちょっとものしり
■税金の始まり
この地租改正によって、「税」をお金で納めることから「税金」と言うようになったのです!
 
ちょっとものしり
日本最初の相続税が誕生
日本の相続税は、日露戦争の戦費をまかなうことを目的に、1905年(明治38年)1月に生まれました。当時の課税最低限は、家督相続の場合は1000円、遺産相続の場合は500円、時代を反映し軍人の戦死については税免除となっていました。
 
ちょっとものしり
■日本最初の所得税
日本の所得税は、1887年(明治20年)に直接的には、清国との戦争に備えて軍艦を建造する費用が必要であったこと、北海道物産税を政府公約によって軽減するための財源が必要であったことですが、国家収入の増加や農民と商工業者の税負担を公平にすることを目的に導入されました。
当時の税金は、地租と酒造税とが大部分を占めており、地租は主として農民が負担し、酒造税は一般大衆が負担していました。
農民と商工業者、貧乏人と金持との間の不公平を緩和するための課税として、所得税が採用されたのでした。
世界で8番目の創設で、当初は年収300円以上の人だけが対象でした。
その結果、納税者は全国で約12万人(当時の人口の約0.3%)と非常に少数だったので、別名「名誉税」とも呼ばれたそうです。

  

・昭和時代 〜戦時中の増税→戦後の納税の義務〜
 
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昭和の前半は戦争が続き、そのたびに増税が行われました。
昭和21年に新しい憲法が公布されて、教育を受けさせる義務、勤労の義務と並んで三大義務の一つとして、納税の義務がもうけられました。
また、納税者が申告する、申告納税制度の導入、「シャウプ勧告」を基礎に戦後の税制が整備されました。

 

ちょっとものしり
■宝くじと税金
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宝くじは、世界各国では「富くじ」と呼ばれ、日本でも富くじは江戸時代さかんでした。
しかし、明治時代になると禁止され、その後発行されませんでしたが、第2次世界大戦末期の昭和20年7月戦争の費用をまかなうため「勝札」という名称で再び発行されました。これが、戦後復興資金をまかなう目的に変わり、日本最初の宝くじが昭和20年10月に発行されました。
当時は、1枚10円で1等が10万円、抽選会は翌11月、東京日本橋の三越百貨店でベートーベンの「運命」が鳴り響く中行われたそうです。
さて、日本の宝くじは、「当せん金附証票法」という法律で非課税とされていますが、外国の宝くじは、一時所得として所得税、住民税がかかります。

  

・平成時代 〜新しい時代の税制へ〜
 
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平成元年、消費税(3%)が導入されました。
平成9年、地方消費税(1%)が創設され、消費税の税率が引き上げられ5%になりました。

 

 
以上、日本、税の歴史でした みなさんいかがでしたでしょうか :D
それにしても、税が弥生時代からあったなんてビックリ
そしていつの世も、農民がとっても苦しめられ税を課せられていたのを感じました(>_<)
これが私権時代に刻印された税の否定的イメージにつながっているんですね。
次回も引き続き、おもしろ税3−②をお届けします
お楽しみに〜

List    投稿者 mikan | 2010-08-12 | Posted in 10.経済NEWS・その他2 Comments » 

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コメント2件

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