2010-09-17

‘70年貧困の消滅で、市場は縮小過程に入った−その3「エコノミストと異常な社会どっちが先か?」

市場縮小が確定した社会で、統合階級(あくまでも市場経済=お金)と庶民(お金だけじゃない)の意識のずれが拡大していく現象が、先の投稿で明らかにされました。
このズレは解消されないまま、現在では更に拡大している。
世のエコノミストと呼ばれている面々は、このズレを解消し、経済を健全化へ導くことを期待されているはずなのですが、どうもそのような成果も、言説も、理論も見たことがない。
(私が不勉強なのかもしれませんが、現実問題、経済は不安定さを増す一方であり、「良くなっていく」実感も事実も無い)
経済効果?ある?

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エコノミストに関する面白い投稿がるいネットに有ったので、これをベースに再考してみます。
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ところで唐突かも知れませんが、いわゆるエコノミストって何でしょう?経済評論家?経済学者?経済研究者?彼らが必要とされる背景は?

「エコノミスト」は辞書で調べると「経済問題の専門家」となっています。彼らが必要とされる背景は明かにグローバリズムと無関係ではないと思います。むしろこのグローバリズムという土壌がエコノミストを輩出していると思います。
少し歴史を遡りますと、70年以前の市場は生産関係(貿易)が主であり、金融はあくまで従でした。だから経済が相対的に1国で完結し、適切に運営されているときには、金融市場もおおよそマクロ的金融政策によって制御可能だった。だからこの当時はエコノミストという職業は存在(?)していても、政策的に制御可能なので必要度は低かった。
しかし80年代以降の金融自由化によって国内金融市場と国際的金融市場の垣根が取り払われ両者が融合する。こうなると国内金融市場は1国で管理・コントロールできなくなる。しかも実体経済から相対的に独立した国際資本が独自の世界を作り出す。いろいろなところで大きな動きをする国際金融資本(短期資本の投機的行動)の読みが決定的に重要になってくる。
つまりモノという実体から離れた為替や株式市場では、生産条件や消費者の好みは存在せず、市場の人々の心理は気分によって方向付けられる。そうなると無視できないのが情報であり、その情報によって動くのが「市場の心理」である。
(だから最近の情報化時代というのは実は「非常に不安定な時代です。」を上手く化粧しているだけの言葉だと思っています。)

このご意見は、以前我々が整理した経済学の概略史と実に一致している。
経済学の歴史【経済学概略史メモ】
略奪貿易

オランダ・スペインが主に行っていたまさに読んで字のごとく略奪による貿易。 
代表的にはアフリカからの奴隷貿易が上げられる。

重商主義・重金主義

国を挙げておこなった略奪貿易。イギリスによる清へのアヘン売りつけなど。

18C後半:古典派(アダムスミス)【重農的市場主義(土地+労働力)→労働価値説(マルクス)】

重商主義・重金主義に対してある意味の理想論的な考え方。
農を主とした生産体(土地+労働力)に
市場の可能性があるとした考え方。しかし・・・。
18世紀半ばに起こった産業革命の影響で生産手段は農業から工業へ移行。
実態と乖離していく。。

19C後半:新古典派(リカード、ワルラス)(限界効用)

工業生産によって物が大量に出回ると、人々はより良いもの
付加価値の高い物を求めるようになる。
「人はより充足度の高いものを求める」と定義された。
「品質」ではなくあえて「充足度」といった言葉には、快美性を志向していると考えられる。

20C前半:ケインズ理論(有効需要の原理)→大きな政府=需要の創出

市場拡大の停止したことを受けて、政府を市場に介入させることで
無理やりに需要を拡大させた。
その結果、国家は悉く赤字財政となる。
20C後半に入り、政府が介入しても経済回復が困難となり、
市場拡大の限界が見え始めた。
金融商品が出回り、実態とは遊離した経済バブルの時代となった。
国際金融資本たちは、戦争やオイルショックなど社会的な不安定状況を
創出し、搾取を続ける。
この不安定状況を正当化する為の論理が「不確実性の時代(スタグフレーション)」

21C:新市場主義

規制緩和を行って、市場を流通するマネーを増大させた言わば金融バブルの時代。
 
2008年、米リーマンショックに始まる金融経済の終焉
アダムスミスは、次代の流れに反して理想を求めた(これがアダムスミスのミス?)道徳学者であり、「社会をどうするか?」の探求者であったと感じます。
ところが、それ以降の経済学者は、市場に追従する形で、起きた現象を説明しているだけのような気がしてならない。
彼らは、情報入手が早いので、後付の説明でも、一般人から見ると予測が当たっているかの様に見えるだけだ。
極め付けが、「不確実性の時代(スタグフレーション)」などの経済用語だ。
ケインズ理論により、大きな政府が市場にカンフル剤として、財政投融資を行う。
縮小過程に入った市場では、このカンフル剤の効き目もすぐに薄れる。
国際資本は、戦争やオイルショックなどを仕組んで、社会(特に経済)を混乱させる。
この混乱に乗じて、国際金融資本が利益を上げる。
このような、国際金融資本の策略を「スタグフレーション」などと誤魔化して、正当化しているのが経済学なのではなかろうか?

そしてこのような「市場の心理」つまり「市場の声」を代弁する必要が特に80年以降急速に必要とされているのである。それがエコノミストでありアナリスト、各種調査機関、ジャーナリズムである。実際これらの身分の方々は急増しているのである。
これは以前も書いたのですが、例えば日経平均がここ数日下がると「田中外相の更迭の影響、そして構造改革の遅れの懸念」等もっともらいし説明がいるのです。それは投資家の意識を個々に調べたものではなく(実はそんなことはもともとできない)、それらしいものを提示しているだけである。そしてアメリカの真似をした自由化路線もその一つですが、彼らが経済世論を形成する役割を担っている。
しかし、根本的な問題は、確かなものを持たない不安定な社会がこのような予想屋・占い師たちを社会のエリートとして統合階級を形成している点です。やはりこれは異常です。しかも彼らは経済の枠組みでしかモノを語らないのでその他の危機意識(例えば教育問題)については全く欠落している点である。
確かなものをことことごこく破壊してきた市場社会の終末論的存在だと思います。


さて、「市場の心理」「市場の声」とは何か?
言い方を変えると、国際金融資本が、市場にスタグフレーションなどの罠を仕掛けたときに、市場の住民に働く心理であって、これを先導(誘導)しているのがエコノミストだ。
こう考えると、エコノミストとは、「予想屋・占い師」どころか、八百長ディーラーと言っても良いかもしれない。
具体的なサンプルを調べてみます
1.エコノミストは偉くなるほど怪しい?(エコノミストの最高峰?ノーベル経済学賞)
ノーベル賞の中でも、色々と言われている部門で、こんな意見には頷かざるを得ない。
ノーベル経済学賞はノーベル賞にあらず

経済学賞の三分の二は米国の経済学者に与えられている。とくに、株式市場やオプションに投機するシカゴ学派に与えられている。これらの賞は、人類の状態と私たちの生存条件を改善するというアルフレッド・ノーベルが抱いていた目標とはなんの関係もない。それどころか正反対のものである。

そしてその結果は・・・・
ノーベル経済学賞受賞者の作った最高のヘッジファンドが多額の損失を抱えて破綻
金融危機時の受賞内容を見ると、ピントが外れているような気がしてならないのは私だけでしょうか?

2008年 ポール・クルーグマン 貿易のパターンと経済活動の立地に関する分析の功績を称えて
2009年 エリノア・オストロム、
オリヴァー・ウィリアムソン 経済的なガヴァナンスに関する分析を称えて

2.著名なエコノミストと言えば・・・(今でも健在?竹中平蔵?)
これがエコノミストか?と感じてしまう発言の数々です・・・・

「今年総選挙があって政界再編が始まります。その政界再編次第なんですけども、ひとつ、あえて慰めを言うとすればですね、政治がこれだけ無茶苦茶でも、国民はそこそこの生活まだやってますから、たいした経済なんですよ。そう思って、頑張りましょう」

(2月22日放送「バンキシャ」での竹中平蔵氏発言
るいネット投稿「竹中・小泉の大嘘、事実を捻じ曲げるマスコミ。」より

「日本の景気が悪いのは『改革を止めたから』である!」
「郵政民営化で田舎の郵便局がコンビニになる!」
「郵政民営化で年金問題も社会問題も全て解決する!」

コロコロと論調が変わることで有名な方ですが、その成果を見てみると・・・・これが実態です。

【日本の経済:GDP】
 2000年・・先進国で3位
  ↓ 2001年〜2006年 小泉純一郎(竹中財政)
 2007年・・先進国で19位
【日本の借金:国債】
 2000年・・535兆円
  ↓ 2001年〜2006年 小泉純一郎(竹中財政)
 2007年・・846兆円

●そのほかのエコノミストは?
どうも、同じような感じです・・・「野口悠紀雄や財部誠一のような日本の経済学者、エコノミスト、アナリスト、経済ジャーナリスト、言ってることが日持ちがしませんね。」・・・・てな感じです。
結論としては、「エコノミストは異常な社会が生み出した」となり「エコノミストは異常な市場社会に寄生している」と言って良いと思います。
なるほど、「市場社会の終末論的存在」なのかもしれません。
リアルに表現すれば、金貸しが支配している異常な社会において、金貸しの尖兵をやっているのがエコノミストです。
次回、市場の健全化は可能なのか?景気回復は可能なのか?エコノミストに頼ることなく探求してみます。

List    投稿者 gokuu | 2010-09-17 | Posted in 10.経済NEWS・その他2 Comments » 

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コメント2件

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