「おもてなしの精神」と結びついている日本のビジネス
「もてなしの文化」は世界諸国にあります。アジア諸国でもお客様を大いに歓待する文化は今なお強固に見られます。ところが、不思議なことに、伝統的な「もてなしの文化」が現代ビジネスのなかまでしっかりと生かされているのは、アジアでは唯一日本だけなのです。
(アジア諸国にいくと、家庭を訪問すると凄まじいご馳走攻めに合いますが、商店ではしつこく客にまとわりついて「買え、買え」とうるさかったりするのは珍しくありません)
ビジネスのなかに「もてなしの文化」が生かされているのは、日本と欧米だけです。どちらも、高度に構築された封建制下の時代に花開いた商業の影響を受けていると考えられます。
ただ、そのビジネスなかの「もてなしの文化」の在り方を見ると、そこにも大きな違いがあります。西欧では、ホテルや高級品専門店など要所、要所に限定的に見られますが、日本では「もてなしの文化」が隅々まで行き渡っています。
日本と欧米の「もてなし」を比較し、「お客様は神様です」という商売の精神が行き渡っている日本について追求していきます。
1.世界各国で見られた「もてなし」
「おもてなし」と聞くとどんなことを思い浮かべますか?
古くから世界各地には、旅人(=異人)を客人として迎え、出来る限りのもてなしをする習慣がありました。旅人は見ず知らずの人物ではありますが、接触を拒否して追い返すのではなく、畏怖の心を持ちつつ、敬う気持ちで精一杯もてなし、気持ちよくお返しを願うのが良いとするものです。このようなもてなしの倫理・習慣は世界中に根付いていました。
現在も「もてなしの文化」は世界諸国にあります。しかし、ビジネスのなかに「もてなしの文化」が生かされているのは、日本と欧米だけです。
ただ、そのビジネスなかの「もてなしの文化」の在り方を見ると、そこにも大きな違いがあります。
(1)欧米の「ホスピタリティ」
英和辞典では「ホスピタリティ」はもてなしと訳されています。しかし、在り方も由来もよく似ていますが、そこには大きな違いがあります。
ヨーロッパの「ホスピタリティ」は、上流階層に対する貴族待遇の奉仕として発揮されたものでした。
日本の「もてなしの精神」は異界から訪れてくる神様をお迎えして、精一杯のご馳走をもって歓待しているのに対し、「ホスピタリティの精神」は神様が人間に恵みを与えられることに発しています。そのため、神様をお迎えして歓待するのが「もてなし」、神様が恵みを下さるようにして歓待するのが「ホスピタリティ」というもので、この二つは似て非なるものなのです。
ですから、欧米ではお客様は神様なのではなく、神様から恵みを与えられた祝福されるべき存在なのです
(2)日本の「おもてなし」の起源
日本には古くから、海の彼方の常世の国や村境の彼方の国から、豊かな自然の実りを携えて村々を訪れる客人神(マレビト)の信仰があります。
日本の祭りの多くが、この客人神をもてなし、歓待する行事となっています。
共同体が祭る神々の祭事と同じように、人々は何かおめでたい日には「共食」をしました。外部からやって来る旅人に対しても、客人として共に食を口にする「共食」という形で、もてなしが行われました。
共に食べ物を食べ合うことで、共に喜びを分かちあうことで活力を得られる。そうして、仲間との関係を結び合うことを大切にしていました。
日本人は、一般に一方向的な施しは好みません。与えられたら必ずお返しをする、相互に与え合うことを良しとする、お互い助け合っていこうとする。日本にはこのような「お互いさま」の精神が根付いています。
2.日本の商売と通じる「もてなし」の精神
日本では、神様のように貴人をもてなす習俗を背景に、身分や階層を横断する国民的な「もてなしの文化」が広がっていきました。
特に、室町時代以降に形成された生け花や茶の湯をその典型として、江戸時代後期には、都市富裕層の文化が農村漁村にまで波及し、やがては身分や階層を越えた国民的な「もてなしの文化」が形づくられていったのです。
堺の商人と茶の湯も、密接な関わりがあります。
日本で茶の湯の道を極めた千利休も堺の商人の家の生まれです。利休は店の跡取りに相応しい品位・教養を身につけるため、16歳で茶の道に入ったと言われています。
言うまでもなく、茶の湯にビジネスの発想はありません。何か利益を得ようという気持ちもありません。しかし、茶席で大きな喜びを得た客は、それに報いようとするでしょう。そうして、結果的には、喜びのお返しの心がこもった何かの贈り物をいただくことになります。
そこには、どうすれば相手に喜んでもらえるかという気持ち、それだけがあり、何かの対価を相手に求める気持ちは一切ありません。しかし、相手の接待の見事さへの感動とその無償の気持ちからの誠意が通じた時、お客様は心からの感動を覚えるものです。そして、誰もがそれに報いたいという気持ちを持つものなのです。
このように、日本では、「もてなし」と商売が結びついています。このもてなしこそが、近江商人の「三方よし」にも通じる精神なのです。
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