2011-05-01

市場縮小の深層:9 不正・不祥事の続出は、指揮系統の末路の姿

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「貧困消滅⇒市場縮小」の深層にある「私権の衰弱」と「序列原理の崩壊」に着目した今回の『市場縮小の深層シリーズ』、前回は「企業における本当の脱肩書きとは?」を扱いました。
私権に対する収束力が衰弱してくると、私権獲得のための私権闘争が第一義課題でなくなって来ます。そして「肩書き」に対する収束力が弱くなってくる、と言う内容でした。
今回も「私権の衰弱」と「序列原理の崩壊」で何が換わってくるのか、を扱います。
‘70年以降、私権の衰弱により私権圧力の緩んだ組織では、自分に都合の悪いことは報告
しなかったり、告げ口したりします。だから隠蔽や誤魔化しが横行し、それが不正として内部告発され不祥事として公開される、というケースが増えています。
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そのような現象を取り上げている、るいネットの『不正・不祥事の続出は、指揮系統の末路の姿』を
紹介します。

>福知山線脱線事故にしても、耐震偽装にしても、日銀総裁のファンド投資にしても・・・・なんで? と思うほどのミスや不始末が多発する傾向が増大している。しかも、老若を問わず、在り得ないようなレベルのものまで出てくる始末!
>なぜ事態はこんなにも悪化する一方なのか?
ミス大爆発⇒警戒心発の集中力はガタガタ⇒共認圧力発の集中力を形成するには?」
  
ミス大爆発の原因として、私権圧力の衰弱→警戒心発の集中力の衰弱という分析は間違っていないが、上記投稿(2006年6月)以後も民間企業でも官庁でも、ミスに限らず不正・不祥事は増える一方である。しかも、それは組織内部において薄々はわかっていたものがほとんどらしい。これは単なるミスに留まらず、問題や不正の隠蔽ということである。それが発覚して不祥事が明るみになるという構造だ。
 
しかし、問題の隠蔽は今に始まったことではない。歴史的にみても、指揮系統上の下の者が、自分に都合の悪いことは報告せず、その結果として戦いに敗北した事例は無数にある。
  
つまり、問題の隠蔽は私権圧力⇒序列原理の統合様式である指揮系統が構造的に孕んでいるものだと考えられる。
  
指揮系統は上意下達のライン(単線)で構成される。指令を受ける担当は一人である。他の人は誰も知らない。だからラインのどの段階にでも隠蔽が可能である。
  
とはいえ、私権圧力が大きく力の原理が強烈であった時代は、万一隠蔽がバレたら即打ち首であり、その恐怖の力で隠蔽が一定抑えられてはいた。ところが’70年貧困が消滅し、私権圧力⇒序列原理が衰弱すると、民間企業も官僚機構も不正のオンパレードとなってきた。
  
言うまでもなく、自分に都合の悪いことを隠蔽することは、組織全体の課題が捨象される(なかったことにされる)ということであり、その組織にとってトラブル・大損失をもたらす、組織破壊行為である。さらに、各成員にとっても、隠蔽によって課題を捨象する(自分の頭の中でも課題がなかったことにする)ことは、思考停止そのものである。
 
つまり、今や指揮系統は集団にとっても成員にとってもマイナス以外の何物でもなくなったということではないか。’70年頃から私権圧力が衰弱し始めて40年近くが経った。この間の不祥事・不正の続出は、私権統合・序列統合の産物である指揮系統が末路を迎えたことを表しているのではないだろうか。
  
逆に言うと、共認原理に即した組織体制・統合体制に転換した集団が勝つ基盤が登場したということでもある。金融破綻に端を発する世界的な大不況と金貸しの没落⇒私権原理の終焉の流れがその動きを加速するはずである。

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引用文にあるように ’70年、貧困が消滅し、私権圧力(序列原理)が衰弱すると、民間企業も官僚機構も不正のオンパレードとなってくる。それは、私権時代の統合様式である指揮系統が構造的に孕んでいるものだと考えられます。
  
最近でも福島原子力発電所の東北大地震の大津波で、非常用電源が著しい損傷を受け、
非常用炉心冷却装置が作動せず、原子炉内の温度が下がらず、今回の事故につながったものですが、調べてみると今回の事故は人災ともいえるものでした。
東京電力は1977年から原子力発電所で行った定期検査に関するデータの改ざんを頻繁に行っていたようです。
 
又2007年に福島第一、第二(福島県)、柏崎刈羽(新潟県)の原発、合計17基中13基で不正が発覚し、緊急時に原発のメルトダウンなどを防ぐ非常用炉心冷却装置(ECCS)のポンプ故障を隠して検査を通すなど、悪質な改ざんが明らかになっています。
 
現在でも地震の復旧状況や放射能データが公表されていますが嘘や誤魔化しが多く、全く信じられない状況です。貧困消滅以降、私権圧力の衰弱した私権企業の指揮系統から生み出されるものは集団にとっても、国民にとってもマイナス以外の何者でもなくなったのです。
  
どうすればこのような不正や不祥事が無くなるのでしょうか?
この問題は時代が共認時代に入っているので、共認圧力をどう作るかと言う事と同義です。
組織論でいえばこのシリーズの前回投稿「企業における本当の脱肩書きとは? 」で提起されている「合議制による共同体」が答えだと思いますが、別の答えを考えてみましょう。
 
実名を公表するとみんなの白い目圧力が掛かるようになりますがそれで問題が解決するのでしょうか?
 
実名投稿を行なってもコロッと寝返ってしまったり、対組織の場合は個人に圧力をかけてもあまり効果がありません。共認圧力までの力にならないのです。
物事を共認するには「事実」が最も重要になります。
つまり事実が発信されなければいっこうに共認されず問題は解決しません。
 
共認内容をみんなからの期待圧力(=社会圧力)とするには、「事実を発信⇒共認する」必要があります。
 
例えば原発に関して言えば るいネットの「原発」で検索した「佳作」投稿が参考になりますし、
自然の摂理から環境を考える」と言うブログで特集を組んでいたりします。このサイトの東北地方太平洋沖地震〜原発は必要か否か26〜シリーズのまとめ 等参照下さい。  
また京都大学小出裕章氏の記事にはアクセスが多いようです。
  
このように事実を発信していく場(サイト)は確実に増えています。
しかしこの事実群ですが、まだまだみんな期待(=社会圧力)と言われるまでに上昇していません。何かが足りないのです。
 
現状の事実発信に足りないものは何でしょうか?
BLOGOSに投稿された「原発、「負の世界遺産」と「負の人材たち」そして、怒りを語ることの意味 – 鈴木耕」から抜粋して紹介し考えてみます。 

( 原発の不祥事部分は省略 )
 
なによりも腹立たしいのは、御用学者(というより幇間)たち。特に、膨大な原発マネーが「研究費」の名目で流れ込んでいる東大、京大、大阪大などに棲息する学者(と称する人)たち。こういう人たちについては、あるリストがネット上で閲覧できる。それを参照して欲しい。テレビで、妙に歯切れよく楽観論を述べる学者たちのほとんどが、このリストに名前が出ている。よーく覚えておく。(リンク)
 
原子力安全・保安院と、原子力安全委員会という組織がある。どちらも、デタラメ極まりないことが、今回の「原発震災」で明らかになった。これらや、原発の片棒を担いで電力会社のCMに出まくった芸能人や文化人(って何だ)については、次回に譲ろう。
 
テレビをつければ「日本人は強い」とか「ひとりじゃない、みんながついている」とかのCMがシツコイほど流れる。それはいい。しかし、それだけでいいのだろうか。
  
妙な自粛ムードの中、チャリティ・イベントだけは大流行。4月1〜3日の3日間、ジャーニーズ事務所のタレントたちのチャリティ・イベントには約40万人のファンが詰めかけた。そこでは「みんなで助け合いましょう」との大合唱。巨額の義捐金が集まったという。それはそれで素晴らしいことだと思う。
しかし、それだけでいいのか。影響力を持つ芸能人は、もっとはっきりしたメッセージを、自らの言葉で発信するべきではないのか。俳優の西田敏行さん(福島県郡山市出身)は、朝日新聞(4月4日付)で、次のように語っている。「今度だけは怒りを」というタイトルだ。  

(略)地震と津波があって、福島第一原発のことがあるから、いたたまれない気持ちでいっぱいでね。我慢強い人が多い福島ですけど、今度だけは、ね。東京電力や原発を進めてきた政治家たちに怒りの声を張り上げたい。あの原発がつくる電力は地元で使うものではなく、首都圏のためでした。なのに受け入れてきた。安全と説かれてきましたが、今回のことはきちんと「想定」されてきたのでしょうか。今、20キロ圏内の人は、行方の分からない家族を自ら捜しに行くこともできない。(略)
 
もちろん、命をかけて現場で働いている方々には感謝しています。こんなことを言ったから事態が早く収まるわけもない。でも、故郷のことは今、ちょっと落ち着いて語れないんです。

西田さんは「怒り」を語った。真っ当な怒りだと思う。「東京電力や原発を進めてきた政治家たち」に、非常時を言い訳に責任論を回避させてはいけない。きちんと、正当な怒りをぶつけなければならない。そうでなければ、戦争責任をうやむやにして、戦争犯罪人が逃げ延びたような歴史がまた繰り返される。
 
「歴史は繰り返される。1度目は悲劇として、2度目は喜劇として」と言ったのはマルクスだが、今回の2度目の歴史は、決して「喜劇」にはなりえない。原発が、放射能が、燻り続けている限り…。西田さんだけではない。藤波心さんという中2のアイドルが「批難覚悟で…」(リンク)というブログを書いて、大きな話題になっている。これは素晴らしい。自分の思いを言葉にできる世代がしっかり育っていることに、僕は感動した。
 
藤波さんは「脱原発」を、きちんと書いている。まさに「批難覚悟」の文章だ。「冷静に議論を」とか「私は反対でも賛成でもない」と中庸を気取って教養とやらをひけらかす「大人」より、はるかにこの少女のほうが素晴らしい。僕は、そう断言する。このブログは大反響で、すでに300万ページビュー、60万人のアクセスを記録したという。むろん、「ガキのくせに」とか「わけも分からず原発を語るな」などの罵倒も殺到したというが、圧倒的に賛成の意見が多かったようだ。藤波さんはこのあと、同じブログに「パンドラの箱の『希望』」という文章を書いて、それらの反響についての自分の気持ちを、きちんと説明している。
  
藤波さんのような中2のアイドルでさえ(そう、でさえ、なのだ)、はっきりと自分の考えを主張する。大人である芸能人たちが、なぜ自らの意見を主張せず、「きみはひとりじゃない」だの「日本は強い国」だのと言うだけなのか。あのACのCMに出ているタレントの中には、かつて東京電力のCMに出演していた人物さえいる。ああ、恥というものは…。

  
原発問題のような不祥事を例にするとよくわかりますが、隠蔽や誤魔化しの事実を発信してもマスコミは問題の原因を解明することなしに、どうする、と言う思考に誘導して行きます。
根本原因は解決しないままにやり過ごしてしまうのでいつまで経っても同じような問題がなくならないのです。
事実の発信をする、という行為は大切ですが個人間で止まってしまっていてはダメで、当事者として怒りに近い思いを持って発信し、受け止めた人がその事実を他の人に伝えたい!と思うまでの発信に心がける必要があると思います。
 
そうして行くことでマスコミの共認支配に打ち勝つ社会圧力に成って行くのではないかと思うのです。
 
 

List    投稿者 mukai | 2011-05-01 | Posted in 09.反金融支配の潮流2 Comments » 

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コメント2件

 ハーバードナンパスクール佐藤エイチ | 2012.03.17 14:41

次回も楽しみですね♪

 2014 hermes | 2014.02.01 22:40

hermes preise usa 金貸しは、国家を相手に金を貸す | これからの税制どうする? 第3回〜「財政赤字」「不景気」その根本原因は?

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