2020-03-11

国際情勢の大変動を見抜く!-55~アメリカにロシアの国富を譲り渡す財閥を阻止したプーチン~

プーチン

エリツィン:金貸し傀儡政権はユダヤ系新興財閥を次々と誕生させ、ロシアの資源:国富を欧米に譲り渡す動きが活発化。それを阻止したのがプーチン大統領。新興財閥のトップを次々に逮捕、追放するやり方は海外から猛烈な批判を浴びた。それでも自国を守るため愛国派プーチンは、財閥解体の手を緩めなかった。

その背景にはロシアの軍事技術の伸長という力を手にしつつある。世界の警察を名乗ってきたアメリカが、その驕りのためか軍事力は停滞したまま。自作自演の演技に力をいれる中、ロシアは着実の軍事技術の開発に取り組んできた。

 

米ソ冷戦はアメリカとソ連の共同作業だったが、プーチン大統領の誕生で迎えた米露の新冷戦時代の実情はアメリカが手を出せなくなったことによる冷戦。ロシアは金を稼ぐための戦争はしない。闘犬の横綱のように、自身の身の危険が無い限り、むやみに吠えない、動かない。

但し、金貸しに対しては別、民族自決に向かう国を支援し、金貸しの息の根を止めようと虎視眈々と機会を伺っている。

 

『知ってはいけない現代史の正体』(馬渕睦夫 著)からの紹介です。

 

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■2000年 プーチンの大統領就任

 

◇通説   :プーチンは資源輸出などによる経済成長を実現した。

◇歴史の真相:プーチンはユダヤ系成金財閥の欧米との結託を阻止しようとした。

 

 

●新興財閥によるプーチンへの挑戦

エリツィンが辞任して大統領代行に任命されたウラジミール・プーチンは2000年5月の選挙で当選し、正式に大統領に就任しました。当時、ロシアには政治経済の実権を握っていた7つの財閥がありました。これらの財閥を率いる7人とは、ボリス・ベレゾフスキー(石油大手のシブネフチ、ロシア公共テレビORTなど)、ウラジミール・グシンスキー(持株会社のメディア・モスト、民放最大手NTV)、ロマン・アブラモビッチ(シブネフチを共同所有)、ミハエル・ホドルコフスキー(メナテップ銀行、石油大手のユーコス)、ピョートル・アヴェン(民間商業銀行最大手アルファ銀行頭取)、ミハエル・フリードマン(アルファ銀行創設者)、ウラジミール・ポターニン(持株会社のインターロス・グループ、鉱物大手のノリリスク・ニッケル)です。ポターニンを除いてすべてユダヤ系です。

 

 

ベレゾフスキーはエリツィンの後継として当初からプーチンに白羽の矢を立てていました。プーチンの支持政党「統一」を設立したほどです。プーチンを、エリツィンと同じようにコントロールできる人間だと考えていたのです。

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ところがプーチンは中央集権的な権力を強化し、権力の分散を防ぐことで、外部からの政治への介入の道を閉ざしました。ベレゾフスキーはプーチンを操ることができず、その後イギリスに亡命し、2013年に自殺体となって発見されます。

 

グシンスキーは早くからプーチンと対決していました。主要なメディアを配下においていたグシンスキーはメディアを駆使してプーチン批判を続けましたが、大統領就任直後に横領詐欺などの罪状で逮捕され、いったん釈放後、スペインに亡命しました。グシンスキーの逮捕は欧米及び国内でも反発を呼びました。ロシアにおける言論の自由問題を象徴する出来事だったからです。

 

グシンスキーを否定するものではありませんが、私は、本当に言論の自由を重要とするならば、資金力にものをいわせて多くのメディアを支配下に置くことはいかがなものかと思います。メディアの独占は言論の自由を危うくします。グシンスキーには、メディアを通じて政権に影響を及ぼそうという狙いがあったことは間違いないでしょう。

 

●アメリカにロシアの国富を譲り渡す財閥

ベレゾフスキーとグシンスキーの追放以降、新興財閥による政治介入は収まったかのように見えました。アブラモビッチなどは現在、イングランド・サッカーの名門チェルシーを所有してサッカーに夢中です。

 

そうした中、最後までプーチンに抵抗したのがミハエル・ホドルコフスキーでした。プーチンとホドルコフスキーの対決は2003年に決戦を迎えます。

 

プーチンは石油大手ユーコスの社長だったホドルコフスキーを脱税容疑で逮捕しました。ホドルコフスキーはシベリアの刑務所に服役し、ソチ冬季オリンピックの前年の2013年に恩赦され、スイスで亡命生活を送っています。

 

実際に脱税していたのですが、プーチンの本意は、ホドルコフスキーがプーチンに挑戦し始めたことにあります。ホドルコフスキーはプーチンの反対政党を支援したり、自らの大統領選出馬を公言するようになりました。財閥が政治に挑戦するような挑発行為をプーチンは決して許さないということです。

 

加えて、ユダヤ系のホドルコフスキーは当然、欧米のユダヤ系指導者たちと密接な関係にありました。その一人がイギリスのジェイコブ・ロスチャイルド卿です。ホドルコフスキーはロスチャイルド卿と組んで「オープン・ロシア財団」をロンドンに設立しました。

 

財団の目的は欧米へのロシア市場の開放です。ロシア民族主義者たるプーチンへの露骨な挑戦です。ホドルコフスキーはまた、アメリカにも事務所を開設し、ユダヤ人のキッシンジャーを理事に招聘しました。ホドルコフスキーは国際的ユダヤ人脈を意図的に活用したのです。

 

プーチンに最終的に逮捕を決断させたのは、ホドルコスフキーが所有する石油会社ユーコスとアメリカ石油メジャーとの提携問題だったと私は思います。ユーコスはシブネフチと合併して世界有数の石油会社となった後で、アメリカ石油メジャーのシェブロンやエクソンモービルに40パーセントに及ぶ株を売却する交渉を続けていました。

 

この動きはプーチンにとって、ロシアの国富をアメリカ資本に譲り渡す行為と映ったはずです。プーチンはホドルコスフキー逮捕をもって富の流出を阻止したのです。

 

●新冷戦のタイミング

「新冷戦」という言葉があります。新たな米露の冷戦、ということです。世界の主要メディアの解釈によれば、2007年2月のミュンヘン安保会議におけるプーチン大統領のアメリカ非難スピーチをもって新冷戦の開始とするのが一般的です。「米国の一方的な行動は問題を解決しれおらず、人道的な悲劇や緊張をもたらしている」という内容の演説です。しかしすでに、実際には2003年のホドルコフスキー逮捕投獄で新冷戦は始まっていました。

 

かつての東西冷戦は米ソが裏で手を組んでいた八百長の冷戦でした。しかし2003年を境に、米露は本当の意味での冷戦に入りました。本当の意味での、というのは、かつて米ソ冷戦構造を作り上げ、米ソを背後から操っていた勢力が、ロシアから排除されたため、米露が正面から対峙する事態になったという意味です。つまり、熱線に発展する危険をはらんでいるのです。2014年に表面化したウクライナ危機も、米露新冷戦を象徴する事件のひとつでした。

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