2018-01-12

世界を操るグローバリズム-18~冷戦終結は「用済みソ連」の解体だった~

<プーチンの国連演説>

<プーチンの国連演説>

ソ連の解体→民営化を推し進めたのが国際金融資本。

ゴルバチョフ→エリツィンの傀儡政権が主導。その目的はロシアの天然資源の奪取。新興財閥が天然資源の国外ルートを作っていった。

 

それを阻止しようと立上ったのが愛国者プーチン。次々に新興財閥の追放、逮捕→投獄を成し遂げ、最後に残ったロシア石油王をも排除し、天然資源の国外流出を食い止めた。

そして、これまでのアメリカとの自作共演の冷戦は、国際金融資本との一騎打ちの熱戦に挑み、現在ではほぼ勝利を手中に収めている。

同じ共産主義国家である中国は、天然資源がなかったので、世界の工場としての労働力確保がターゲットとなった。その管理のためには中国共産党は好都合とのこと。

以下、『世界を操るグローバリズムの洗脳を解く(馬渕睦夫著)

からの紹介です。

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■冷戦終結は「用済みソ連」の解体だった

 

ベトナム戦争を経て、アメリカがほぼ彼らの思い通りに変質したことで、もはやソ連の存在は必要なくなりました。すると、今度はソ連の解体が始まります。

1979年にソ連のアフガニスタン侵攻があり、翌年のモスクワオリンピックはアメリカ、日本など多くの国が参加をボイコットしました。

1981年にはアメリカにレーガン政権が誕生します。レーガン政権時代には新自由主義が台頭し、それと時期を同じくして、ソ連が衰退し始めます。

 

1985年にゴルバチョフが書記長に就任すると、ペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公開)をはじめました。

この二つの政策によって、ソ連は内部から崩れ始めました。

この時期にアメリカは原油価格を下落させて、ソ連の解体を早めようとしました。

さらに、1986年にはチェルノブイリ原発事故が起こり、事故を隠蔽しようとしたソ連当局への非難がソ連共産主義体制そのものへの批判へと転化した結果、5年後のソ連崩壊へと繋がっていきました。こうしてソ連は平和裏に解体されていったのです。

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ゴルバチョフは偶然出てきたわけではありません。これはゴルバチョフの退陣後の言動を見ればわかります。

彼は自分で財団をつくり、「世界統一政府をつくろう」と呼びかけて活動をしています。その言動を見れば、彼が国際主義者であることが分かります。どのような経緯でゴルバチョフがソ連解体の役割を担うことになったのかは分かりませんが、国際主義者たちが支援したであろうことは推測できます。

その後、保守派によるクーデター騒ぎの結果、レイムダック化したゴルバチョフに変わり、エリツィンが登場して1991年にソ連はついに消滅しました。

 

エリツィン時代には、市場経済化、民営化という手法を一挙に進めていき、ロシアの天然資源の所有権を民営化しています。天然資源の権利を狙っていた外国の資本家たちは、念願のロシアの資源を手に入れました。

 

一方、アメリカ国内は新自由主義者たちが政権を牛耳っていました。新自由主義によって格差社会が生まれたことで、金融勢力にとってはますます国民からの搾取がしやすくなりました。

もはやソ連という敵国の存在は必要なくなりました。だから、ソ連崩壊とは用済みになったソ連を解体したものだともとれます。

 

その頃から、人件費の安い新興の中国を利用し、アメリカの製造業が中国に工場を移転し始めました。米ソが組んで意図的に作り出された冷戦構造に代わって、新たにいくらでも利益を出せる体制が整い、ソ連のような共産主義体制の存在意義はなくなりました。

ここで、同じ共産主義国でありながら、なぜソ連は解体され、中国では共産党の一党支配が残ったのかを考えて見ます。

 

ソ連体制崩壊後のロシアでは急激な市場経済化と民営化が断行されました。ショック療法と称されましたが、経済は大混乱し、ロシア国民はハイパーインフレと物資不足で塗炭の苦しみを味わいました。この経済体制大転換を主導したのはアメリカの新自由主義者ジェフリー・サックス教授でした。

 

この混乱の中から詳細に長けた人物が、石油や天然ガスなどの国営企業を格安の価格で手に入れて、新興財閥と呼ばれる大富豪にのし上がったのです。

これらの新興財閥はユダヤ系が多く、欧米の資本との提携を積極的に進めてゆきました。

 

他方、中国においては改革開放の下でも共産党支配が温存されました。

同じ市場経済化を目指す中国でしたが、ロシアとの最大の違いは天然資源がなかったことです。

中国にあったのは膨大な安い労働力でした。だから、アメリカ、日本、ヨーロッパなどの企業が中国に進出して工場等を建設し、中国人の低賃金労働者を使役して、中国は瞬く間に世界の工場と言われるようになったのです。日本の様々な企業が低賃金労働を求めて中国へ、中国へと靡きました。その結果、日本の製造業は空洞化し、デフレ経済に突入しました。失われた20年は中国の低賃金労働が現況だったのです。

 

もうお分かりのように、労働者を効率よく管理したり、工場用地を迅速に整備するには、共産党の独裁政権が役に立ったのです。ロシアの民営化と中国の世界の工場化の背後にいた勢力は同じであったのです。

 

■愛国者プーチンと国際金融資本との戦いが始まった

 

ソ連解体後に、ロシアではユダヤ系の成金財閥がたくさん誕生しました。彼らは海外の国際資本家たちと手を組んでロシアの資源を手に入れ、冨を独占しようとしました。これを阻止しようとしたのがプーチンです。

 

ロシアの新興財閥は資金力を背景に政治にまで口出ししようとしましたので、プーチンが締め付けて追いつめていきました。多くの新興財閥の経営者は追放されました。

最後まで残ったのが石油企業ユコス社の経営者ホドルコフスキーです。

彼はロシアの石油王と言ってもよい人物ですが、ロシアの石油の権利を石油メジャーのエクソンモービルに売り渡そうとしていたため、プーチンの逆鱗に触れました。

プーチンは「ロシアの資源はロシア人のものである」と言う考え方で、ロシアの資源が外国資本に握られることを徹底的につぶしました。プーチンはホドルコフスキーの不法行為を見つけ出して、2003年に彼を逮捕し、投獄しました。

 

ホドルコフスキーが逮捕された2003年から、米ロの新たな冷戦が始まりました。それまでの米ソが裏で手を結んでいた八百長の冷戦と違って、今度は本当の意味での冷戦です。その冷戦が今、熱戦に移りつつある危険な状態になっています。その一つの現象が東ウクライナで起こっています。

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