2012-02-01

脱金貸し支配・脱市場原理の経済理論家たち(3)ミヒャエル・エンデ

 現代は市場原理に基づく経済システムが実体経済から遊離(バブル化)して、経済は崩壊の危機に陥っています。この経済システムに、過去〜現在に至るまで異議を唱えてきた経済理論家たちがいます。このシリーズではそれらの理論家の思想や学説を改めて見つめなおし、次代の経済システムのヒントを見つけていきたいと思います。
 
 前回は、『自由市場から擬制商品(労働、土地、貨幣)を取り除き、「互酬」「再分配」「交換」の三つの行動原理による統合に切り替える必要があり、経済統合は集団及び制度によって支えられることで機能する』というカール・ポランニーの学説に触れました。
 
脱金貸し支配・脱市場原理の経済理論家たち(2)カール・ポランニー
 
 今回扱いたい思想家は、モモ(児童文学作品)で馴染みの深いミヒャエル・エンデです。児童文学作家として知られるエンデは『お金』や『経済システム』というものにも深い関心を抱いていました。彼の数々の小説のストーリーには現代のそれらのシステムに対するメッセージが隠されています。今日は、1999年にNHKで放送された『エンデの遺言』のインタビューを振り返り、彼が問題とするその中身に迫ってみたいと思います。
 
ende_photo.jpg momo.jpg
写真はコチラからお借りしました。
(左:ミヒャエル・エンデ、右:代表作『モモ』)
 
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【エンデの人物紹介】 
 
 ミヒャエル・エンデは1929年11月12日に南ドイツバイエルン州のガルミッシュ・パルテンキルヒェンで生まれました。
この頃、世界はニューヨーク証券取引所で株価が大暴落したことを発端とした金融恐慌の真っただ中でした。ドイツ経済も、この世界恐慌によって深刻な状態へ陥っていました。失業率は40パーセント以上に達し銀行や有力企業が次々倒産、大量の失業者が街に溢れ国内経済は破綻状態となっていました。エンデはこのような大混乱期に生まれました。
 
Crowd_outside_nyse.jpg
写真はこちらからお借りしました。
 
 エンデが5歳の頃、画家である父エトガーがナチスの文化政策をこばみ「帝国文化会」の会員にならなかったため、芸術活動を制限されて非常に貧しい日々を送ることになります。
16歳の頃、第二次大戦の召集令状を受け取ったミヒャエルはそれを破り捨て、約80キロ離れた郊外に疎開する母のもとまで逃げ帰ります。人々の争い・奪い合いを避け、心の平穏を求めたエンデの人情が伺えます。
 
 戦争が終わると、エンデはシュタイナー学校に通いだします。この学校の創始者であるルドルフ・シュタイナーは経済学では有名な『老化する貨幣』を唱えた人物です。後にエンデに多大な影響を与えるようになる、『老化する貨幣』を発展させたシルビオ・ゲゼルの理念に初めて出会ったのがこの頃でしょう。
 シュタイナー学校の自由な校風はエンデの発想に何らかの影響を与えます。芸術への道に可能性を抱いたエンデは、入校2年足らずでシュタイナー学校を退学し、演劇を学び劇場で働くようになります。自らシナリオを書きますがうまくいかず、ものを書くことを諦めようとしていた時期もあったようです。
 そしてエンデ32歳の頃、級友から持ちかけられた絵本の共同制作に気軽に書き出した『ジム・ボタンの機関車大旅行』がドイツ児童文学賞を受賞し、生活が安定するようになります。それ以後1974年に『モモ』がドイツ青年文学賞を受賞し、『はてしない物語』と共にベストセラーになり、ドイツを代表する作家となりました。
 
 その後、数知れない児童文学作品の中で、エンデは現代の社会に様々なメッセージを遺していくことになります。今回は、その中のひとつ「お金」と「経済システム」についての問題意識を紹介していきます。
 
・エンデが小説の中で社会に訴えたもの。 
 
【エンデの問題提起】
 
※以下の赤文字の枠囲み部分が、NHK『エンデの遺言』でエンデが実際に語った言葉のです。
引用元:「反ロスチャイルド同盟」 
 
①『環境、貧困、戦争、精神の荒廃など現代の様々な事象の根源にお金の問題が潜んでいる』

『ドイツでは古くから「金を出すものが命じる」という諺があります。
現代の技術や科学は、軍事のためには国家から、政財的な利益のためには企業から金を受け取ります。そこで研究は知らず知らずに特定の方向に推し進められてしまうのです。
ここ数十年は特に恐ろしいスピードで科学と技術を変えています。』


 科学技術の急速な発達により、私たちは数知れない利便を獲得しました。しかし一方で、国家発・民間発に関わらず技術の発展がもたらすのは戦争(市場の略奪)のための軍事強化や新たな利権の創出、特定の市場拡大といった一部の人間の私権欠乏意識を充たすものであるという側面があります。搾取を行えば貧困という問題が生まれるのは当然です。
 先進国では70年の貧困消滅以降、人々の物的欠乏が衰弱の一途をたどっています。しかし、社会(人々の期待)と相反するかたちで技術開発は今も進み続けており、環境破壊は勿論のこと、資金を人々から吸い上げる仕組みに依存しきった今のシステムは、人々の精神の崩壊という人類の存続に関わるレベルにまで影響を及ぼしています。
 
②『実体経済のお金と資本経済のお金を分けて捉えなおさなければ問題発掘は出来ない』

『私が考えるのは、もう一度貨幣を、『実際になされた仕事や物の実体に対応する価値』として位置付けるべきだということです。そのためには現在の貨幣システムの何が問題で、何を変えなくてはならないかを皆が真剣に考えなければならないでしょう。
人類がこの惑星上で今後も生存できるかどうかを決める決定的な問いだと私は思っています。重要なポイントは、例えばパン屋でパンを買う購入代金としてのお金と株式取引所で扱われる資本としてのお金は2つの異なった種類のお金であるという認識です。』


 今の経済に存在する殆どのお金は金融市場(株式・債権・為替・先物商品)に集まっています。これらの市場では実際に物が流通するわけではなく、価格の変動を利用して利益を得るマネーゲームの場に他なりません。資本家が金を稼ぐ為の場が全市場の大部分を占めているのが実態なのです。よって実際必要なものが売買される実体的市場にはお金が回らず、企業の倒産・失業者の増加が相次いでいます。そういった構造を知れば、エンデがいう「資本としてのお金」が様々な問題の根源であることが少なからず見えてきます。
 さて、実体的経済に戻す必要性については、前回ポランニーの学説でも触れていましたが、エンデもやはり「お金」は実体的な使われ方をすべきだと訴えます。実体的経済(必要なものの売買)とは生産者と消費者間の期待⇔応合の原理により運営される経済の形です。みんなの意識(社会)と直結したこのシステムであれば、不必要な商品市場の淘汰が自然に行われ、みんなに必要な分のお金が行きわたる本来の形に戻すことができるのです。
 
③『自然の摂理に反した永遠不滅のお金』

『古い文化が残る世界のどの町でもその中心には、聖堂や神殿があります。そこから秩序の光が発していました。
今日では大都市の中心には銀行ビルがそびえたっています。
私は、ハーメルンの笛吹き男をヒントにした最新のオペラでお金がまるで聖なるもののように崇拝され祈りの対象になっている姿を描きました。
そこではお金は神のようだとまで誰かが言います。なぜなら、お金は奇跡を起こすからです。お金は増え、しかも永遠不滅という性質があります。しかしお金というのは、神とは違って人間が作ったものです。自然界に存在せず、純粋に人間によって作られたものがこの世にあるとすれば、それはお金です。だから、歴史を振り返るということが重要なのです。』


 現在まで続く金融システムの問題の根源は「無からお金を作り出せる」ことにあります。番組の中でスイスのビンスヴァンガー教授は、『お金を作り出し増やしていくのは錬金術のやり方に極めて似ている。』と表現していますが、エンデは世の中のありとあらゆるものの中でお金のみがそういう存在で、あたかも神であるかのようにお金を崇拝する人々の姿に、強い違和感を抱いたに違いありません。現在において、同じような感覚は一般の人々にも広く顕在化してきています。
 
 また、このエンデの言葉に対し、『エンデの遺言』で内橋克人氏(経済評論家)は次のように補足しています。

エンデさんが亡くなって、その後世界は、また新しい潮流を迎えました。ヘッジファンド、その他デリバティブ、正にマネーゲームというものを正当化する様々な経済の理論というものに対して多くの人々が疑問符をつきつける時代を迎えました。
エンデさんは、2時間に及ぶテープの中で、そもそもこの自然界に存在する物質というものは全て有限である。一定の寿命がありそして時間がたてば劣化していく、老化していく・・にも関らず、お金だけは何故無限なのか、不滅なのか、この問題を解き明かすことで経済の様々な矛盾というものを考えていこうと、そういう問題提起をされたわけであります。

 
【エンデの提案】 
 
一切老化しないというお金の特殊性に目をつけ、そこを解き明かすことで経済の矛盾を解き明かそうとしたエンデは、シルビオ・ゲゼルの学説に強く影響を受けていました。

『私が知る限り、それはシルビオ・ゲゼルから始まりました。
そのことを真剣に考えた最初の一人です。ゲゼルは、『お金は老化しなければならない』というテーゼを立てました。さらに「お金は経済活動の最後のところでは、再び消え去るようにしなければならない」とも言っています。つまり、例えて言うならば、血液は骨髄で作られて循環し役目を終えれば排泄されます。循環することで、肉体は機能し健康は保たれているのです。お金も経済という有機組織を循環する血液のようなものだと主張したのです。』


 エンデが可能性を抱いた、ゲゼルが提唱する「老化する貨幣」について少しだけ触れてみたいと思います。
 今からおよそ70年前、スイス・ウィーン・ドイツを結ぶ鉄道交通の乗換駅として発展を遂げたヴェルグルが財政破綻の危機に直面した時、ゲゼルは実験的に地域通貨の発行を提案しました。
 この紙幣の裏側には、宣言文が刷り込まれています。
 
宣言文・・・【諸君、貯め込まれて循環しない貨幣は、世界を大きな危機に、そして人類を貧困に陥れた。労働すればそれに見合う価値が与えられなければならない。お金を一部の者の独占物にしてはならない。この目的のためにヴェルグルの労働証明書は作られた。貧困を救い、仕事とパンを与えよ。】
 
arbeitswertschein.jpg
写真はこちらからお借りしました。
 
 ポイントは、このお金は一ヶ月に1%ずつ価値が減る仕組みになっていることです。その効果は凄まじく、一気に紙幣は循環していきました。
 
番組の中で内橋克人氏(経済評論家)は語ります。

このヴェルグルの貨幣の裏側に刷り込まれた宣言文、私はこれに大きな関心を持ちました。
まず第一に、この通貨というものが停滞をいたしますと、経済が滞留をしてしまう、停滞をしてしまうわけであります。通貨をこういう方法をとることによって、極めて潤滑油のようにスムーズに、スピーディーに回転をさせるということが可能になりました。そのことによって経済が活性化されたわけであります。同時に労働の対価というものを、100の労働に対して100の対価をきちんと得ることができるという、つまり報酬というものと、そして捧げた労働、費やされた労働、それが等価である。等しい価値をもつと、このいわば貨幣として最も重要な機能というものを、取り戻したと言えるのではないか、そういうふうに思います。

 
【今後の社会に向けて】
 

「今日のシステムの犠牲者は、第三世界の人々と、自然に他なりません。このシステムが自ら機能するために、今後も、それらの人々と自然は、容赦なく搾取され続けるでしょう。このシステムは、消費し、成長し続けないと機能しないのですから。成長は無から来るのではなく、どこかがその犠牲になっているのです。歴史に学ぶものなら誰でもわかるように、理性が人を動かさない場合には、実際の出来事が、それを行うのです。私が作家としてこの点でできることは、子孫たちが同じ過ちを冒さないように考えたり、新たな観念を生み出すことなのです。そうすれば、この社会は否応なく変わるでしょう。世界は、必ずしも滅亡するわけではありません。しかし、人類はこの先、何百年も忘れないような後遺症を受けることになるでしょう。人々はお金を変えられないと考えていますが、そうではありません。お金は変えられます。人間が作ったのですから」


 冒頭でも述べましたが、先進国では、70年に貧困消滅を迎え人々の物的欠乏が衰弱している一方、それに逆行した形で邁進し続ける技術開発は、公害や放射能汚染等々、全ての生き物にとって致命的となる問題を引き起こしています。メディアを通じて市場拡大は絶対であるというような世論操作をいまだに目にします。市場が崩壊しかかっている今日、既存の経済システムに依存していたのでは一向に解決に向かいません。脱市場原理を実現するためには、ミヒャエル・エンデが説くように、お金の問題を一人一人が捉え、本来のあり方(使われ方)を皆が共有し「変えていくこと」が不可欠なのだと気づきました。
 
 次回は、『老化しない貨幣』を発展させたシルビオ・ゲゼルをより深く紹介したいと思います。ゲゼルはエンデの思想に大きな影響を与えた一人です。ゲゼルが一部の閉塞する地域に対して実践したある内容は、今もその地域に根付き人々の活力に寄与していると聞きます。現代の経済システムの問題を解決に導く、大きなヒントが隠れているかもしれません。
ぜひ、次回もご覧ください。
 
 
◆参考文献
・河邑厚徳+グループ現代「エンデの遺言」NHK出版、2000年
◆参考HP
『ミヒャエル・エンデと「お金」』
『哲学者としてのミヒャエル・エンデ 彼の哲学』
『反ロスチャイルド同盟』
『エンデとシュタイナー』
『ミヒャエル・エンデ 年譜』

List    投稿者 kuwamura | 2012-02-01 | Posted in 09.反金融支配の潮流No Comments » 

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