2010-10-21

国家と市場の成立→崩壊構造に迫る(9)国家・市場に代わる社会の統合機構はいかにして創られるのか 

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本シリーズでは、次代の社会システムをどのように構築してゆけばよいかを考えるために、「るいネット」の超国家・超市場論714を引用しながら、私権時代の国家・市場の成立から崩壊に至る構造をみてきました。
今回は、シリーズのまとめとして、これまで見てきた内容を改めて振り返ることによって、私たちがこれからどこに向かおうとしているのか、次代の社会システムをどのように構築してゆけば良いのかについて、展望してみたいと思います。
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それでは、これまでの記事を振り返ってみます。
  (1)私権時代の統合様式(力の序列共認)…【8月26日】 
■私権時代の幕開け
人類は自然外圧に対処するため、五〇〇万年に亙って本源集団の中で生存してきたが、五五〇〇年前の乾燥期、遊牧(邪心)集団によって人類最初の同類闘争=掠奪闘争の幕が切って落とされた。掠奪闘争は部族から部族へと玉突き的に拡がり、数百年に及ぶ掠奪闘争の結果ほぼ全ての本源集団が破壊されて終った。
この同類闘争(掠奪闘争)は武装集団を生み出し、最終的に力による制圧とそれを追共認した力の序列共認によって統合された武力支配国家を作り出した。
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■私権の強制圧力を背景に「身分」観念が社会の統合機能になった
力の序列共認だけでは争いが絶えない国家という肥大集団を統合(秩序化→安定化)するために、社会的な階級=身分が制度化された。
私権の強制圧力(私権を獲得しなければ生きてゆけないという圧力)は最末端まで貫通する圧力であり、「私権」という価値の評価指標たる「身分」観念が統合機能として働くことになる。
 (2)国家(力の序列共認)とその統合限界…【9月2日】 
■国家の統合限界①
支配階級が富を一方的に収奪し消費するという仕組みの結果、支配階級は解脱充足に溺れて堕落してゆき、周辺の堕落していない勢力によって滅ぼされる。これは武力統合が孕む統合限界であるが、力による制圧以外に統合の方法がないため、国家は数千年に亙って戦争→支配→滅亡を繰り返してきた。
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■国家の統合限界②
武力社会では私権闘争の圧力を活力の源泉としながら、生涯固定の身分制度によって私権の拡大の可能性は閉ざされている。私権の強制圧力は否応なく対応するしかない圧力でしかなく、プラスの可能性が封鎖されている。この矛盾と限界こそ武力統合の最も本質的な統合限界となる。
 (3)私権時代の抜け道が、交換搾取の場=市場である…【9月9日】 
■抜け道として登場した交換取引(市場)
交換取引は身分制度による私権拡大の封鎖からの抜け道として登場した。交換関係が登場した動機は、額に汗して働くよりも、(品物に価値があると信じ込ませることさえ出来れば)交換による益の方がずっと大きいからである。
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■市場拡大のメカニズム
私権の圧力下で快美幻想がはびこり、生活全般に亙って快美(快適さや便利さ)を求める快美欠乏が上昇してゆくにつれて、その幻想共認が作り出す価格格差をテコに市場は繁殖してゆく。
次に、生産効率を上げる為の科学技術が発達してゆき、市場の拡大競争が生み出した侵略戦争→軍備強化への期待圧力が、その科学技術を更に大きく発展させてゆく。
 (4)何をするにもお金がかかる社会…【9月16日】 
■何をするにもお金がかかる社会ができあがった原因
市場を拡大させた主動因は、人々が快美幻想に収束したことであり、人々が快適で便利な快美生活を手放せないことが、何をするにもお金がかかる社会が出来上がった原因である。
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■市場拡大のテコとなったお金の共認
市場拡大の原理的なテコとなっているのが価格格差の幻想共認だとすれば、具体的なテコとなったのは交換取引の評価指標としてのお金の共認である。万人に共認された評価指標(=お金)が確立されたことによって、市場は飛躍的に拡大していった。
 (5)市場は社会を統合する機能を持たない…【9月23日】 
■評価指標としての「身分」と「お金」
身分は肉体的に備わった統合原理である力の序列共認を下敷きにして、上から下まで貫通する身分という観念に置き換えられた事によって、社会全体を統合する機能を持ち得ている。
それに対してお金は、私的な交換の場での評価指標にすぎず、交換の局部では統合機能を持ち得ても、社会全体を統合する機能は持ち合わせていない。
■市場は社会を統合することができない
市場は闘争圧力からの抜け道に過ぎず、共生適応の最先端機能たる取引⇒お金では闘争圧力に対応することが出来ない。市場は闘争圧力に対する真の最先端機能ではなく全体を統合することはできない。
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■市場は国家の寄生物である
市場が自力で拡大することが出来なくなった現代、その拡大さえも国家(国債)に押し付け、国家は700兆もの借金で首が廻らなくなって終った。
市場は私権闘争の抜け道でしかなく、自立して存在できず、国家に寄生するしかない。
 (6)市場の拡大限界は国家の拡大限界でもある…【9月30日】 
■市場の拡大限界
市場は生存圧力(貧困の圧力)に基づく私権闘争を圧力源=活力源にしている。市場活動によって物的な豊かさが実現すれば市場は活力源を失って衰弱(=縮小)してゆく。この矛盾と限界こそ、市場の現実に差し迫った絶体絶命の限界である。
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■私権闘争の終焉
私権闘争の抜け道として形成され、繁殖してきた市場が活力を失って終ったことは、私権闘争の終焉を意味する。そして、私権闘争が終焉したということは、私権闘争の止揚・統合体である国家の命運も遂に尽きようとしているということに他ならない。
■私権闘争に代わる活力源が必要
貧困が消滅した’70年以降、私権の強制圧力が衰弱し続け、人類は私権闘争を圧力源=活力源として生きてゆくことはもはや出来ない。人類の命運は、次の新たな活力源⇒圧力源を作り出せるか否かにかかっている。
 (7)人類の新たな活力源=圧力源…【10月7日】 
■これからの人類の活力源
これから先、人類は同類圧力を主活力源として、共認機能・観念機能を更に進化させてゆくしかない。
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■同類圧力=共認圧力を生命源とする社会
共認社会の同類闘争は人類的課題に応える創造競争=共認闘争となる。(政治であれ哲学であれ科学であれ芸術であれ、提起された認識は共認の獲得を目的としており、最終的に社会共認となることを目指しているので、創造競争は本質的には共認闘争である。)
人類は、動物的な生存圧力の場を超えて、超動物的な同類圧力=共認圧力の場へ移行する段階を迎えただけ。それは、共認動物が到達するべくして到達した必然的世界であり、動物的限界を引きずっていた前史が終わり、真の人類史が始まる起点となる時である。
 (8)外交収束⇒認識収束に応える『認識形成の場』…【10月14日】 
■認識が統合価値となり活力源となる
人々は社会不全から人(ひと)収束を伴いつつ認識収束へと向かっており、認識欠乏が顕在化するのは、もはや時間の問題である。認識欠乏が顕在化すれば、人々が求める『新しい認識』は、人々の最先端の統合価値となり、最強の活力源となる。
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■人類の最先端機能=認識形成の場
人々の認識欠乏に応える認識競争の圧力こそ、新たな同類闘争の圧力である。この認識闘争の圧力が最末端をも貫く圧力にまで成長すれば、それに応える『認識闘争の場』は人類の最先端機能となり、全てをその下に収束させた社会統合機能となる。
私権闘争・掠奪闘争を止揚した次代の人類の最先端機能とは、最先端の認識闘争=評価競争の場となる『認識形成の場』そのものに他ならない。
改めて人類の歴史を振り返ると、5500年前頃の乾燥期に一部で始まった略奪闘争が玉突き的にひろがってゆくことによって、500万年にわたり人類の生存の場であった本源集団がことごとく解体されてしまったことが私権時代の始まりでした。
本源集団を失った人類は私権の強制共認から私権闘争に駆り立てられるようになり、武力支配国家がつくられ、身分制の共認によって社会秩序の維持が図られるようになりました。しかし、身分制度による社会統合からの抜け道として派生した市場がしだいに拡大して国家を覆うようになり、やがて身分制も解体されてゆきました。
現代、市場は国家の枠を超えて世界中を覆うようになりましたが、もともと市場には社会を統合する機能はなく、市場の暴走によって人類社会の秩序が崩壊しかねないという危機に直面しています。
しかし、歴史を振り返り社会構造の変遷を見ると、人類史の中でつい最近登場したばかりの市場が拡大限界を迎え、やがて消えてゆくしかないという展望が見えてきます。また、私権社会を背景にした旧い観念にすがるしかない統合階級には今の危機的な状況を突破する方策を見いだすことはできないことも既に明らかになってきています。
このシリーズ最後(8)で見たように、私権時代は終焉を迎え、次代は人々による認識形成の場を核にして形成される社会共認によって統合される社会に向かうことは間違いないと思われます。すでにその萌芽はいたるところに現れ始めているし、なによりも、人々が自らの潜在思念に耳を傾ければそのことが実感できるような状況になってきていると思います。
わたしたちには、マスコミを中核にした発信・統合階級による共認支配から脱し、以上のような状況認識の共認の輪を広げてゆくことが求められています。

List    投稿者 wyama | 2010-10-21 | Posted in 09.反金融支配の潮流4 Comments » 

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コメント4件

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