シリーズ「食糧危機は来るのか?」2 〜食糧危機と市場経済は両刃の剣〜
このシリーズでは「食糧危機は来るのか?」というテーマを通じて、複雑に絡み合った各問題を貫く根本原因を追及することで、各問題が個別に議論されることで陥った閉塞状況から抜け出し、新たな可能性を提示していく目指しています。学生や社会人、様々な世代が集まり毎週議論していますので、詳しくはこちらを参照→ネットサロン)
前回の記事では、私たちを取巻く複雑に絡み合った食糧問題をどのように捉え、どのように対応していけばよいか?二つの位相でとらえた『食糧危機問題』とその『共通構造』を見ていきました。
シリーズ「食糧危機は来るのか?」1〜食糧危機問題の捉え方〜
①世界における食糧危機問題
②日本における食糧危機問題
共通構造:食糧危機問題の背後に市場あり
シリーズ第2回は、先進国と途上国の間に横たわる搾取の構造について追求してみたいと思います。今回は、少し歴史を遡りながら先進国と途上国の関係がどのように築かれていったのか見ていきたいと思います。特に食糧危機問題に大きくかかわっている、途上国を巻き込んだ『緑の革命』の実態に迫りたいと思います。
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まずは、世界の穀物自給率のマップと世界各地の食料暴動のレポートから見ていきましょう!
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=93185※GRAND THEORY VOL.9 『農から始まる日本の再生』からの引用です。
◆先進国が食料輸出国、発展途上国が食料輸入国の不思議
世界の穀物自給率を見ると、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど大陸の先進国を筆頭に、先進国の食料自給率は総じて高く、100%を超えている国が多いことが分かる。一方、アフリカ、アジア、南米の発展途上国と、先進国の中では特に日本の自給率は低く、食糧確保を他国からの輸入に頼らざるを得ない状況にある。
食糧を他国に委ねている日本で生活していると、工業生産の発達していない発展途上国では農業を主産業として自給的な農業生産が行なわれ、工業生産に軸足を移した先進国こそ食糧を輸入しているイメージを抱く。
しかし、世界の状況は逆で、今や先進国が食糧輸出国、途上国が食糧輸入国になっているのだ。この世界の食糧自給の状況は、近年の投機や金融危機に端を発する穀物価格の高騰の度に、発展途上国の各地で暴動が起きることにも顕れている。
工業生産を発展させて豊かになった先進国の食料自給率が高く、工業生産が未発達の発展途上国では食糧が自給できていないのはなぜだろうか?
アメリカ、カナダ、オーストリアなどの国が主な食料輸出国なのはなぜか?それは、これらの国々が近代以降に大陸で作られた人工国家だからである。
15世紀後半、ヨーロッパ諸国は市場の拡大限界にぶつかり、停滞期に入っていた。ヨーロッパ諸国は更なる市場拡大の原資獲得を画策し、交易ルートを開拓すべく、アメリカ大陸・アフリカ大陸へと進出していった。いわゆる大航海時代の始まりである。大航海時代を通じてヨーロッパ商人がアメリカ大陸・アフリカ大陸へと進出し、原住民を排除して市場拡大=工業化を第一とする国家を作り上げた。
こうして成立したのが、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどの近代人工国家である。とりわけアメリカでの農業は、原住民を排除する事によって得た広大な土地を開拓し、工業化⇒技術革新を背景に、機械化・効率化された大規模農業で著しく生産力が高められ、国内の余剰生産物をヨーロッパを始めとする他国へ輸出する事で発展し続けてきた。
つまり大陸の先進国は自分たちが市場拡大し続けるために、国内の余剰生産物を売りつける相手を必要としていたのです。
では、農業従事者比率の高い発展途上国の食料自給率が低いのはなぜか?近代以前のアフリカ大陸では、地域に密着した小規模の農業が営まれ食料の自給自足が実現されていた。しかし、大航海時代を通じてヨーロッパ各国が侵略し、植民地支配を続けたことで、状況は一変する。
ヨーロッパの侵略者は、当時ヨーロッパで普及していた小銃や大砲などの火器を用いて原住民を虐殺し、恐怖を植え付け支配していく。彼らは原住民を挑発し、略奪した鉱山や農場で労働させるという極めて乱暴な統治を行った。その農場では砂糖や綿花などの商品作物が大量に栽培され、金や象牙と共にヨーロッパへ輸出された。
第二次世界大戦以降、植民地は次々と独立していくが、西欧列強が植民地に押し付けたパラダイムが変わる事はなかった。すなわち、少しでも儲かる(=幻想価値を描ける)商品作物を栽培し、輸出し続けたのだ。市場拡大の可能性が開かれたこともあって人口が飛躍的に増大していくが、幻想価値が描けるものへの系統は変わらない。単一の商品作物の農業では自国の食料は確保できず、慢性的な食料不足に悩まされる事になった。
この状況に目を付けたのが大量の余剰農産物を抱えていた大陸の先進国だった。大陸の先進国は発展途上国支援の名の下に『緑の革命』を推進し、発展途上国に最先端農業技術を導入させていく。初めこそ生産量が拡大し、食糧不足は解消されたが、結果的には、伝統的な農法が破壊され、多額の借金と食料を輸入に頼らざるを得ない状況が残っただけだった。この間も大陸の先進国は広大な土地と技術革新を背景に農業生産を拡大し、発展途上国へ食料を輸出し続けた。
こうしてアメリカを筆頭に大陸の先進国が食料輸出国として君臨し、発展途上国が食料を輸入に頼らざるを得ない構造が確立されていった。
大陸の先進国は食糧難に陥った発展途上国への食料供給に更なる市場拡大の可能性を見出し、発展途上国の農を市場に組み込んでいった。
発展途上国が食料輸入国へと転落するきっかけを作った『緑の革命』とは何だったのか?第二次世界大戦前から農の国際市場化を狙っていたアメリカは、メキシコで高収量を上げる為の農法研究を行なっていた。そして、
メキシコ政府とロックフェラー財団が設立した研究機関によって、小麦ととうもろこしの新品種開発が進められ、高収量品種(HYVs:High Yield Varieties)が開発された。
この新品種はメキシコで急速に普及した結果、短期間で小麦の生産量は3倍に、ともろこしは2倍に跳ね上がった。食糧不足国でアメリカから大量の穀物を輸入していたメキシコは大幅な食料増産に成功し、1950年代後半には小麦の自給を達成した。1962年にはフィリピンに国際稲研究所(IRRI)が設立され、米の新品種も誕生した。
新品種による高収量農法は、その後1962年〜1966年に大不作に見舞われたインドが小麦の種子を取り寄せ、1968年の収量を全年の約1.5倍に伸ばしたのを皮切りに、世界各地へと広がっていく。1965年〜1973年までの8年間で、小麦の耕地面積は326倍に、米の耕地面積は1,700倍に増加し、各国で数年の内に1.5倍から2倍の収量を実現して各国の食糧自給に大きく貢献した。この取り組みは1968年にアメリカ国際開発庁の年次報告書に「まるで緑の革命が起きたようだ」と記載された事で、「緑の革命」と呼ばれるようになった。
早くから緑の革命を導入した国々は、一時は増産に成功したように見えた。しかし高収量品種が気候変動に弱かったため、1970年以降には再び輸入国へと転落する国が現れる。1980年代には、大量に水を用いる新農法の為の過剰灌漑によって地下水位が上昇し、インドでは田畑が水浸しになった。その他、地水の大量汲み上げと不十分な排水機構が原因で、地表面に地下の塩分が残存して蓄積する塩類集積と大量の農薬で田畑が荒廃し、農業基盤である農地そのものを失う地域が相次いで発生した。
その後、緑の革命は食糧自給に汲々とする第三世界にも広がっていったが、貧困国にとっては諸刃の剣だった。
HYVsが高収量性を発揮する為には、大量の水と化学肥料、農薬を必要とする。加えてHYVsはF1種と呼ばれる一代限りの種であった為、在来種のように収穫した作物から次世代の種子を取る事ができない。HYVsの生産を続けていく為には種子、化学肥料、農薬といった生産資材を先進国から継続的に購入し続ける必要があった。
新農法の導入は生産に伴うインフラ整備が世界銀行による融資や政府開発援助(ODA)と一体のものとして行われる為、機械の購入なども合わせると、被援助国には返済不可能な負債を抱える事になる。財政破綻に陥った国は国際通貨基金(IMF)の介入と指導により、債務返済の為に先進国の市場の下に組み込まれる構造に陥った。
多額の資金投入が必要な新農法が導入できるのは、資金力のある地主達に限られた。地主達は大規模栽培で大量生産をする為、自給自足の農業を営む農民から土地を買い上げ、大規模栽培で大量生産を進めていた。
自給的な農業を行なっていた農民の多くが土地を失い、機械化の進展により小作農としての仕事さえも失い、低賃金都市労働者に転じるしかなくなった。自給自足的名生活をしていた農民が減り、金で食料を買う消費者が増えていったのである。
しかも、新農法の導入により、一時は作物の増産に成功した富裕農民も、農産物が豊作による供給過剰で買い叩かれ、多額の債務を抱えることとなった。そこで先進国は、途上国に対してタバコ、カカオ、ピーナツなどの付加価値の高い商品作物への転作を持ちかける。商品作物の生産に切り替える事によって、発展途上国は在来農法と食糧生産の為の農地を更に減少させて自給力を急速に失い、食糧を輸入に依存するようになっていった。
こうして発展途上国は債務の返済や過灌漑や農薬による土壌汚染の為に、伝統的な循環型の農法と農業基盤である土地を失い、農業資材から食糧供給に到るまで先進国の市場の下に組込まれた。その結果、先進国が輸出国となり、発展途上国が輸入国になって支配下に置かれる構造が確立されていった。
以上、歴史を遡りながら先進国と途上国の間に横たわるを『搾取の構造』を見てきました。
大陸の先進国は、発展途上国を巻き込んだ世界市場の中で莫大な利益を生み出しています。
その一方で発展途上国は、自らの生産基盤を失い、自給力を失い、市場拡大の奴隷にされています。
まさに、 『食糧危機と市場経済は両刃の剣』 。
両刃の剣とは、一方では大きな利益があるが、他方では大害を伴う危険があることの例えです。
るいネット:食糧危機と市場経済は両刃の剣のような。
より。
つまり先進国は発展途上国から搾取し続けるから先進国であり続けられるわけで、世界的な食糧危機の解決は、先進国と途上国の格差がなくなる(少なくとも縮まる)ということ。それは市場原理に反することで、市場の中で凌ぎを削る先進諸国が決して望まないこと。
そうすると、そもそも土台となる市場そのものの崩壊と密接に関わってくる。
先進国にとっては格差があるからこその旨味であり「食糧問題を抱えつつも(解決に向かうフリをしながら)解決しないまま」という構図こそが、残念ながら、今の社会の仕組み(先進国>途上国)を支えているのです。
次回は、先進国の食料輸出を支える市場の『カラクリ』についてみていきたいと思います。お楽しみに!
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コメント3件
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梵 | 2012.01.05 22:00
厳しい経済情勢は市場主義の終焉を意味していますね。元気な企業は脱市場→次の活力源を見つけている会社だと思いました。