2011-04-21

経済破局を超えて、新しい政治経済への仕組みへ 第15回 日本人の可能性〜東日本大震災が顕在化させた縄文体質

東日本大震災で壊滅的な被害を蒙った地域の一つに、福島県の相馬地区があります。
相馬地区では、国の重要無形民俗文化財にも指定されている”相馬野馬追”が毎年夏に開催されますが、津波による倒壊に加え、福島原発から30キロ圏内にあるため、一部が避難指定区域となり現在も避難生活を余儀なくされています。
少しでも早く復興し、野馬追が開催できますようお祈り申し上げます。

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(写真は相馬野馬追の様子です。「雨の日は読書 晴れの日は散歩」さんからお借りしました



さて、欧米中心の経済システムが破綻しかかっている中で、比較的傷が浅く優位にあった日本でしたが、あたかも日本の台頭を叩き潰すかのように、今回、巨大地震が日本を襲いました。

日本社会は、このまま混迷の度を増して、欧米ともども破局への道を突き進むことになるのでしょうか?

否、むしろこのままではダメになってしまうところだった日本人は、今回、自然の猛威を目の当たりにして、もう一度忘れていた日本人の心に立ち戻ったのではないかと思います。



そこで今回は、類ネットから「縄文文明こそ日本文明」、「”考えない日本人”のこれからの可能性はどこにあるのか?」を引用しながら、日本人の可能性を探ってみます。

①東日本大震災の復興に向けて立ち上がる人たち

②日本文明の根幹を形成する縄文文明

③辺境の島国=日本の特異性と可能性

④21世紀は、縄文文明の精神へと回帰する



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①東日本大震災の復興に向けて立ち上がる人たち

自然災害を受けたとき、欧米では必ず略奪が発生しますが、日本ではそのような行動は全くと言って良いほど見られません。このことは海外のメディアでも”驚くべきこと”として報道されました。
(参考:大転換の予感「潮流1」:共認原理と私権原理

今回も、略奪どころか秩序を維持しようと、復旧のために自主的に行動を起こす人たちが目立ちました。

日本人の誇りであるそのような事例をいくつか紹介します。

「相馬救援隊」立ち上げ 旧藩主子孫の兄弟

東日本大震災に伴う津波で沿岸部が壊滅的な被害を受けた福島県相馬市で、旧相馬藩主の子孫が地元のためにボランティア団体「相馬救援隊」を立ち上げ、食料や衣類を被災住民に届けている。

 救援隊は、北海道大樹町で牧場を経営する相馬行胤(みちたね)さん(36)と、陽胤(きよたね)さん(35)の兄弟が東京都内の友人らと結成した。インターネットなどで物資の提供や運搬協力を呼び掛け、トラック数台で東京都内の倉庫から相馬市まで運んだ。

 福岡市で会社を経営する陽胤さんは「震災報道を見て居ても立ってもいられず、相馬に戻った。何かできることはないかと救援隊を結成した」と話す。
(中略)

 今年は相馬藩の居城、相馬中村城開城から400年。相馬野馬追は週末開催に変更されるなど、転機の年だ。「野馬追は飢饉(ききん)や太平洋戦争の時も中止しなかった。災害になんか負けない」と、陽胤さんは力強く前を見る。(加藤敦)

建機業界、復興支援へスクラム

 東日本大震災の被災地復旧に向け、建機業界が動き出した。コマツなどメーカー各社は、倒壊家屋や土砂の撤去作業に必要な油圧ショベルなど重機の被災地への無償貸与を開始。建機リース業界では、過当競争を繰り広げていた企業同士が一致団結し、今後、本格化する復旧作業へ建機や大型ダンプなどを大量動員する準備を進める。業界は「天命」と口をそろえ、ビジネス度外視の取り組みをさらに拡大する構えだ。

 「復旧、復興支援は売り上げや利益に優先します」

 コマツの野路国夫社長は地震後、グループ全社員にあてたメッセージにこう記した。

②日本文明の根幹を形成する縄文文明

これらの事例はほんの一例にすぎず、現地に駆けつけて支援活動に従事したり、バイクで物資の輸送に貢献したり、遠方の人たちも募金や使っていない日用品を寄付するなど、助け合いが日本中でおこなわれています。

これは、縄文時代以前の昔から日本人の心底に綿々と流れている意識であり、現在も日本文明の根幹を形成しています。

「縄文文明こそ日本文明」から紹介します。

縄文文明こそが日本文明であり、これまでの各時代は中国や欧米の文化が外圧として縄文文明を変化させて来たが、根本的に変革するほどの影響は及ぼさず今日に至り、外部からの文化は縄文文明に飲み込まれていった、という記事を紹介したいと思います。
(中略)

■稲作は縄文の社会では普及しなかった
地層の分析から、6千年前に稲作が日本列島に伝播している可能性が高いのに、なぜか稲作は縄文の社会では普及しないのである。

それは、縄文人がこうした稲作農耕社会に潜む残虐性や不平等性を受け取ることを拒否したからではあるまいか。

それは縄文人が人にも自然にも優しい心を持っていたからではないかと思うのである。日本人はグローバル化に際して、賢く取捨選択する智恵を縄文時代から身につけていたのである。

■人にも自然にも優しい縄文時代が日本文明の根幹を形成

このように人にも自然にも優しい縄文時代が1万年以上も継続し、日本文明の根幹を形成しているのである。

日本文明の根幹を形成する縄文文明に対して、外部から舶来の文化が刺激を与え、少なからず影響を及ぼした時代がありました。弥生時代・古墳時代・奈良時代・室町時代・安土桃山時代そして明治・大正・昭和の時代です。
確かにこれらの外圧の文明は、縄文日本丸の帆の役割を果たし、日本文明に活力と刺激を与え、その進路にも大きな影響を与えはしましたが、日本文明の根幹を根本的に揺るがし、これを根本的に変革するほどの影響は及ぼさなかったのです。

③辺境の島国=日本の特異性と可能性

日本が中国や欧米とは異質な文明を維持できたのはなぜなのでしょうか。根強い舶来信仰から新しい物をどんどん受け入れてきましたし、天皇家さえも朝鮮半島からの渡来だと言われるほど渡来民、漂着民を受け入れてきたにもかかわらずです。

「”考えない日本人”のこれからの可能性はどこにあるか?」から紹介します。

日本列島の地理的特徴は大陸の東の最果てという場所でかつ島国であるという特徴です。

縄文人は長い年月を通じて戦闘の意思を持たない渡来民を受け入れてきています。そして彼らから少なからず大陸の文化や知識、情報を入手してきました。舶来信仰の中身とは外から来る人・モノ・情報を全て肯定的にまずは受け入れるという積極性であり、警戒心のなさであり、好奇心の強さでもあります。
(中略)
さらに舶来化に拍車をかけたのが縄文人の贈与体質です。良い物は進んで受け入れて回りに与えていく。その事によって舶来の品々や情報はあっという間に広がっていきます。

日本人は、良いもの、必要なものはどんどん真似をして、吸収してきました。しかし、それでもずっと変わらず強く持ち続けているものがあります。

「変わらない強いもの」の究極の正体は、現在『社会統合』で議論されているところの、様々な外圧に対する“当事者意識”が長く残存したことではないでしょうか。社会圧力=私権闘争圧力に関してのみは当事者ではなかったでしょうが、それ以外の自然圧力、村内のもめ事、隣接する村とのいざこざなどあらゆることを自分たちで解決する(支配者層は関知しない)自治権を持っていたことが大きいと思われます。勿論、村(集団)内は本源共認が残存していたことが前提になります。

縄文人の本源性解明が“当事者論”とつながる予感がしています。

縄文文明の根幹である当事者意識が現在にどのように引き継がれているかを、改めて事例をみてみます。

写真は、体育館の一角に、会議用机で「食堂」と名付けたスペースがある登米市津山町の避難所の様子です。長期間の避難所生活を余儀なくされている住民たちは、単に国に要求するのではなく、自らの生活の場を自ら築くべく、様々な工夫を凝らしています。
「ご飯が落ち着いて味わえる。食べ物で寝具を汚す心配もない」と、避難所代表の佐々木茂さん。子どもの勉強スペースや談話室としても重宝されているそうです。
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(写真は河北新報社さんからお借りしました

 
当事者意識は、必然的に役割分担やルールを作り出し、集団の秩序を回復させます。そうすることで、震災後の混乱した状況下であっても、明るく前向きになることができるのです。

郷土再興—支える人々(2)山元町山下中校長・渡辺修次さん
—どんなプロセスで自治組織に変わったのか。

 「まず、避難した生徒にトイレのボランティアを募った。次に校内放送で食事の配膳ボランティアを呼び掛けると、大人が30人ほど集まった。別の避難所で車上荒らしがあったと情報が入ると、今度は被災者による自警団ができた」

 「避難者は29の教室に分かれて生活している。各教室代表の連絡員1〜3人が毎夕、会議を開いて情報を共有したり、起床時間や洗濯機の使い方のルールを決めたりするようになった。今は連絡員の代表10人が運営委員となり、各連絡員から提起された課題を調整する役割を担っている」
 —被災者による自主運営のメリットは、

<一人一人に役割>

 「行政サイドが決定権を握ると、被災者は『食べさせられている』などと受け身になり、不平や不満ばかり募る。被災者である町民の力なしに町の復興はないし、振興もあり得ない。だから彼らが前向きに明るく生活できるよう、背中を押してあげたい」

 —校長先生自身も被災者だ。

 「JR常磐線山下駅に近い自宅が浸水し、校長室で寝起きする生活がしばらく続いた。自主運営の避難所では一人一人に何らかの役が割り振られており、私はたまたま校長という役割を担っただけだ。自治の経験は2次避難先や、その後の仮設住宅での生活にも必ず生きてくると思う
(聞き手は佐々木篤)

④21世紀は、縄文文明の精神へと回帰する

20世紀は、強者が弱者を支配するための手段にすぎなかった「グローバリズム」、無いのだから見えるはずも無い「神の見えざる手」を信仰した「市場経済」、それらの思想的背景になっている「自由」「平等」などの詭弁である「近代思想」等、欧米の価値観が社会を支配していました。

しかし、そのような嘘ゴマカシが長く続くはずもなく、近代社会は根底から覆されることになります。21世紀の新千年紀をむかえ、私たちは「根本的に歴史を新たにしたい」という願望を強く抱きはじめています。今回の震災で忘れかけていた縄文文明の精神を思い出した日本人は、縄文精神に立脚して、復興、そして21世紀の新しい社会作りへと向かうことになることでしょう。

そこで次回は、縄文体質だからできる方針を紹介します。お楽しみに


List    投稿者 watami | 2011-04-21 | Posted in 01.世界恐慌、日本は?1 Comment » 

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コメント1件

 britain hermes bags | 2014.02.02 1:16

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