2011-03-12

シリーズ 認識形成の場が国家と市場を超える(8) 〜認識形成は遊びではない、生産活動である。〜

シリーズ最後になります。
今回は萌芽した認識形成の場が、どのようにして成長してゆくのかを考えてみたいと思います。
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るいネット超国家・超市場論20 認識形成は遊びではない、生産活動である。から引用してゆきます。

新しいまつり場=認識形成の場は、そこに参加することがとりも直さず『場』を構築することになる。それだけに、その『場』に参加した認識仲間たちは、もはや単なる観客ではない。彼らは『場』を構築する協働者であり、例えサイトを見るだけだとしても(3日にあけず常駐する人にとっては)、膨大なエネルギーを要する。それは、実質的にも副業に近い、もう一つの生産活動であり、その意味では参加者は半専任の生産者(or公務員)だとも云える。

テレビを見たり、本を読んだり、YAHOOなどのサイトを見たりするのと、認識形成サイトに参加するのとでは、(例え見るだけだったとしても)使用するエネルギー量 が違うようです。
どこが違うのか?それは、ただ受け取るだけなのか、
一緒になって何かを創っていこうとするのか、の違いにあるようです。

しかし、未だに認識形成を遊び感覚で捉えている人が多い。実際、ネットを遊びの道具と思っている人や、大衆迎合の愚民化路線を良しとする堕落した「社会派」からは、よく『るいネット』は難しいという声を耳にする。
だが、甘えてはいけない。認識形成は、遊びではない。それは生産活動であり、闘いなのだ。まして、新しい認識は新しい概念でしか伝えられない。しかも、新概念と云っても、収束と統合、不全と解脱、共認機能、私権統合、同類闘争と同類圧力etc、せいぜい5つか6つしかない。それは、実現論第一部をじっくり読むだけで理解できる。それには、一日も要しない。
あの無味乾燥な学校の勉強のことを思えば、それぐらい訳はない。せめてそれぐらいの努力はしないと、新しい認識を紡ぎ出してゆくことなど出来る訳がない。認識形成の場はその様な協働者によって構築されてゆく。

前回の記事に、

 案の定、彼ら学者や文化人やマスコミは認識を誤り(もともと彼らは現実離れした誤った認識しか持っていなかったが)、その誤った認識を人々に植え続けて、遂に人類滅亡の危険さえ考えられるほどの全面的な閉塞状態に人々を追い込んで終った。当然のことながら、かかる危機状況に至っても、彼らから答え(=新しい認識)が出てくる気配は全くない。 

とあるように、
現在の統合階級は社会を閉塞に追い込んだばかりでなく、危機的状況を突破する答え=新認識を提示しようとすらしません。
一方、答え=新認識がなければ、閉塞状態は打破できません。
そこで、我々素人に期待されるのが、新概念を使って新認識を紡ぎ、閉塞状況を打破することなのです。
どうでしょう?
頭使いそう エネルギー要りそう ですよね。
もっとも、心地よい疲労感になりそうですが :wink:
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この様に、認識形成の場に参加するということは、夫々の専業の他にもう一つ副業を持つというのに等しい。だがそこにこそ、旧体制を超えると云える真の新しさがある。
つまり、単なる消費者でもなければ専任の生産者でもない、半専任の協働者が構築してゆく全く新しい意識生産の場=認識形成サイトは、その協働エネルギーの大きさによって、はじめて市場を超えた新たな生産関係(=交換関係に代わる協働関係)の中核ともモデルともなるのである。
同様に、そのエネルギーによって、はじめて国家を超えた新たな社会統合機構となることが出来る。
要するに、認識形成サイトに投入される大衆の仕事エネルギーこそが、その場を、国家を超えた全く新しい社会統合機構(の中核部)にすると同時に、市場を超えた全く新たな生産関係(の中核部)にしてゆくのである。
これだけの大事業が、遊び半分で出来る訳がない。

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これまでの社会は、生産者と消費者に分断され続けていました。
物的な商品はもちろん、知識や認識もそうです。
むしろ後者こそ、とまどえる群れを効率的にコントロールするために積極的に分断が進んでいたと言えます。
それがいまや、ネットを通じて誰もが生産者=発信することができるようになっています。
この原因はネットインフラやPCハードの登場による部分も大きいですが、より基底的なのが、貧困の消滅による私権統合の崩壊ではないでしょうか?
たとえば「公務」ですが、これまでは私権統合→市場原理維持のための役割でした。
商品流通を円滑に行うためのインフラ整備、市場拡大のためのハコモノ建設、私権社会を統合するための法整備、私権統合破壊をもくろむ輩を成敗する検察・警察etc。。。
昨年来の検察の暴走に顕著なように、以前の「公務」≒私権統合はすでに崩壊し、誰からも必要とされなくなり、代わって新たな統合様式が望まれ、私権統合=締め付けも緩んできたので、サイトやブログやツィッターなどでの発信が盛んになってきているということになるでしょう。
そして、その場は知識や認識を占有し嘘八百を並び立ててきた統合階級に代わって、
事実は何か?
なんでそうなるのか?
どうしたら解決できるのか? 
  
       を追究し始めています。
先に述べた新概念はこれらの動きの触媒となり、生み出される新認識は、新たな社会を作り上げてゆく道具になってゆくイメージです。
これらは本来、国家の実体たる統合階級の役割なのですが、もはや使い物にならない彼らに取って代わりつつある、すなわち国家を超えるものに成長しつつあるのです。
また同時に生産者⇔消費者に分断された市場には見られない、一緒に答えを追究するという全く新しい協働関係をも構築しつつあります。
生活するのに必要な専業の傍ら、このような副業をもつという生産様式は、自然外圧≒貧困を克服した人類ならではのものです。

そこから(もう一つの仕事とも云える協働エネルギーの大きさから)、あるいは、全ての公務を副業化する必要からも、この『場』を半事業化するとか、有料化するという発想が出てくることになる。

協働関係により新たな統合様式を創り出してゆく活動はまったく新しく、やりがいがあり、それゆえ膨大なエネルギーが集結してくることが理解できました。
さらにここでは、この場を半事業化・有料化することが提起されています。
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半事業化・有料化とは、万人が共認している指標でキッチリ評価していくようになるということになります。膨大なエネルギーの坩堝と化すであろう認識形成の場は、こうした評価軸が固定され共認されることによって、その広がりは格段に加速されるだろうと予測できます。

List    投稿者 ohmori | 2011-03-12 | Posted in 01.世界恐慌、日本は?2 Comments » 

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コメント2件

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