GDP信仰からの脱却8〜GDPに代わる指標開発の動き
前回記事で、GDP(GNP)という指標をを開発した当事者である米国の経済学者サイモン・クズネッツ(米)ですら、初めからその限界性を指摘していたことを紹介した。
実際、お金の流量だけで物事を計測するGDPを国家の代表的な社会指標に置くことへの批判は、以前から少なくなかった。では、これまでに提唱されたGDPの代替指標、また、GDPに代わる指標を開発しようとする最近の動きには、どのようなものがあるのだろうか。
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■GPI(Genuine Progress Indicator:真の進歩指標)
日本を学ぼう〜豊かさの国際比較研究所の記事『GDPとGPI』より引用。
NHK放送文化研究所の小宮山康朗(こみやま やすあき)氏は同所が発行している「放送研究と調査」2006年1月号に「『GDP神話』を超えて」という論文を寄せ、アメリカで開発され、日本でも自治体や経済研究者に注目され始めた「新しい豊かさ指標GPI」について解説している。
(中略)
カリフォルニア州オークランドにある民間の非営利研究機関「Redifining Progress」(通称RP)が提唱している概念がGPI(Genuine Progress Indicator=「真の進歩指標」)だ。GPIはGDPから控除したり加算したりする。控除するのは、①犯罪防止用に拡大する費用、②家庭崩壊に伴い支出される別居・裁判などの費用、③汚染対策費用、④環境破壊再生に投ぜられる費用等で、加算するのは①ボランティアの活動、②家庭労働の貢献等。
RPの計算によると、アメリカの1人当たりGDPは,1950年から2000年まで急拡大しているが、GPIを再計算すると、ほとんど横這いに近い数値になる。つまりGDPの伸びの大部分は真の豊かさの向上には役立っていないということになる。
米国のGDPとGPI(クリック拡大)。グラフはこちらより。
■GNH(Gross National Happiness:国民総幸福量)
日本でもその存在が比較的良く知られているブータンの『国民幸福総量』という概念。1972年に即位した若きブータン国王が提唱し、現在研究開発途上にある。
ジャパン・フォー・サスティナビリティ〜ブータンが目指すGNH(国民総幸福量)〜より引用。
1970年代に、世界でも最もGNPの低い国のひとつだったヒマラヤの小国、ブータンの国王が言い出したのが「GNH(国民総幸福)」だ。亡くなった父親を継いで、弱冠16歳で即位した新国王は「GNPよりGNHが大切だ」と言った。GNPのPのかわりに、ハピネス、つまり幸せのHを入れる、まあ、一種の言葉遊びだったのだろう。だが、ブータン国民はこれを国是として真剣に受け止め、その後、30年間かけて議論を重ね、ついに2008年、ブータン史上初の憲法の第9条にGNHという言葉が盛り込まれた。そこには、GNHを保障するのが政府の責任だと明記されている。
ブータンの位置(左)と通学風景(左)
GNHの柱は次の4つだ。1つめに自然環境の豊かさ。2つめに伝統文化の保全と促進。3つめが良い政治。ブータンは、国王自らの呼びかけで、王政から民主制へ平和裡に移行した稀有な例だ。4つめが経済発展。だがそこには、「公正な経済発展」という形容詞がついている。一部の人だけが金持ちになるようなことを経済発展と呼ばない、という考え方だ。
他にも、GDPに環境と福祉/厚生を織り込み、80 年代にハーマン・ディリーとコブJr.という学者が提唱したISEW(Index of Sustainable Economic Welfare:持続可能な経済福祉尺度)、国連が開発・発表しているHDI(Human Depelopment Index:人間開発指数)、日本人学者が提唱しているHSM(Human Satisfaction Measure:人間満足度指標)、など、いくつかの指標が提唱・研究されている。
上記に挙げたような代替指標の提唱は、主に一部の環境派や福祉派、貧困国から出てきたものであったり、GDPの代替という位置づけが弱かったりと、いまだ大きな潮流としては顕在化していない。しかし、2008年の世界金融危機の前後から、もう少し世界的な動きが出てきた。
■beyond GDP(GDPを超えて)会議
欧州では、2007年からbeyond GDPという会議体が設立され、新しい社会指標を立ち上げるための検討が進められている。環境メールニュースより引用。
昨年(注:2007年)の11月に、ブリュッセルで「国の進歩や豊かさ、幸福度を測る」という、欧州委員会主催の国際ハイレベル会議が開催されました。会議のタイトルは、ずばり、「GDPを超えて」です。
11月19、20日の両日、欧州議会、OECD(経済協力開発機構)、ローマクラブ、WWF(世界自然保護基金)の協力のもと開催された会議の狙いは、進歩や豊かさ、幸福とは本当はどのようなものかについて理解を深め、その測定方法を決め、さらにこうした要素を意思決定プロセスに取り入れる利点を考えようというものでした。会議の初日は欧州委員会のホセ・マヌエル・バローゾ委員長、2日目は欧州議会ハンス・ゲルト・ペテリング議長がスピーチをしました。
ローマクラブは、1972年に『成長の限界』という提言を行い世界に衝撃を与えたことで知られるイタリアのシンクタンク。この動きの背後には欧州貴族の存在も感じられる。
■CMEPSP報告
日本語にすると『経済のパフォーマンスと社会の進歩の測定に関する委員会報告』(Report by the Commission on the Measurement of Economic Performance and Social Progress)。第1回の記事で紹介した、フランスのサルコジ大統領を中心とした昨年からの動き。
東亜日報:オピニオン〜GDP代替の幸福指数〜より引用。
ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ教授とアマルティア・セン教授が、フランスのニコラ・サルコジ大統領に対して、幸福や健康志向などの指標を含めた新たな経済指標の勧告案を提出した。新たな経済指標の創案は、サルコジ大統領の大統領選挙公約だった。新指標はGDP算出方式の変更や新たな幸福測定法、環境および金融安全性の3つからなっている。サルコジ大統領はこれを来週に、ピッツバーグで開かれる金融サミット(G20)会議に主要議題として提出する予定だ。
2008年の世界金融危機勃発以来、新しい基軸通貨創設や金融規制の提言に精力的に取り組むスティグリッツ教授をはじめ、ノーベル経済学賞クラスの学者が参画していること、新指標の創案がフランス大統領の選挙公約であることなどの点で、従来の動きに比べて世界に与える影響も大きそうだ。
次回はこれらの中から、まず最も最近の動きである「CMEPSP報告」で、スティグリッツらが提唱している代替指標の考え方がどのようなものなのかを検討してみたい。
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