グローパリズムとは、伝統知識の簒奪(バイオパイラシー)
前回に続き、『世界に格差をバラ撤いたグローパリズムを正す』(ジョセフ・E・スティグリッツ氏)を手がかりにしながら、グローバリズムの欺瞞を扱います。
今回は、バイオパイラシー(生物資源の海賊行為)。
まずは、スティグリッツ氏のバイオパイラシーへの批判を紹介しているブログから。
遺伝子・バイオ特許の衝撃
■バイオパイラシーを食い止める
『世界に格差をバラ撒いた‥‥』ジョセフ・E・スティグリッツ著P.200
‥‥著者はP188で、「悪名高きTRIPS(貿易関連知的所有権協定)」と批判した上で、次のように述べている。
‥‥途上国には外国企業が入りこみ、何の代償も払わずに伝統的な知識を掠め取ったり、土着の植物を奪い取ったりしている。これはまさに海賊行為でありバイオパイラシーの語源ともなった。アメリカは中国がTRIPSの条項を遵守せず、知的財産権を侵害していると非難する。いっぽう、途上国の人々はTRIPSが自分たちの知的財産権を守ってくれなかったと、むしろ欧米の利益集団に盗みのライセンスを与えてしまったことを指摘する。実際、途上国の知的財産を奪った連中は今、盗んだ知的財産の使用料を途上国に請求しているのだ。‥‥‥
母国の豊かな生物学的多様性がしぼりとられ、製薬会社が肥え太っていくのを目の当たりにした途上国の人々は、少なくとも先進国から補償——例えば熱帯雨林を維持するための費用の補償——が与えられるべきだと感じている。しかし、先進国の製薬会社は、みずからのインセンティブの重要性を強調しておきながら、他者のインセンティブの必要性は一顧だにしない。1992年6月リオデジャネイロで国連環境開発会議が開かれた際、生物多様性条約が採択され、補償を受ける権利が確認された。しかし、製薬業界の影響が少なくないアメリカ議会は条約の批准をこばんだ。近年、途上国の伝統的知識をもとに、植物にかんする4000件の特許が申請され、そのうちほぼ半数が認められたことは、アメリカ国内の状況を考えれば驚くに値しない。
バイオパイラシーの最もひどい実例は、ターメリックの治療目的使用を特許化しようとしたことだろう。ウコンの名でも知られるターメリックは、南アジア諸国でよく使われる香辛料だが、はるか昔からその薬効が知られていた。しかし、1993年12月、アメリカはターメリックの治療目的使用に特許を与えてしまった。結局、裁判で特許は無効となったものの、原告は巨額の訴訟費用を負担しなければならなかった。
影響を受けたのは薬だけではない。インドでは‥‥数千年のあいだ食されてきたバスマティという米があるが、1997年、アメリカは自国の〈ライステック〉社にたいし、このバスマティ米の特許を与えてしまったのだ。
当然インドは怒った。幸いにもインドには闘えるだけの資源があったから、どうにか勝利することができた。しかし、圧倒的大多数の貧しい小国はインドのような資源を持っておらず、アメリカに反撃できる可能性はないと言っていい。
欧米諸国は、WTOの場で、農業補助金の削減というカラ手形を発行しながら、一方で、知的所有権(特許や著作権)を、自分勝手な基準により、TRIPS(貿易関連知的所有権協定)として、開発途上国に押し付けている。日本は、当然ながら、欧米諸国に追随している。
TRIPSとは、伝統社会が数千年に渡って共有してきた知識を、製薬会社・種子会社とその研究者が身勝手に行なう権利囲い込みを、正当化する国際協定である。
次は、伝統知識が豊富にあり、欧米諸国とも知的に戦える力をもった、唯一の国家・インド。
そのインドからのメッセージ。
続きを読む前にクリックを!
まえがき
あるコミュニティや国の古来の伝統知識は、常に容易に入手しやすい貴重な財産としてあったため、横領され易いものでした。独特の伝統知識、特に疾病の治療に使われた知識は、技術先進国が生物活性分子を開発する端緒を与えています。言い換えると、伝統知識が、以前にも増して、生物資源調査のツールとして使われています。伝統知識は一般大衆に公開されているので、その知識を生み出したコミュニティがもはやすべての権利を放棄していると好都合に解釈されていることも、伝統知識が横領される一条件です。伝統的知識は、成文化されている(文書に記録)情報と成文化されていない(文書に記録されていないが、口承されている)情報の両方を含みます。
成文化された伝統知識からのバイオパイラシーは、インドで頻繁に起こりました。その理由として、このような情報がサスクリットまたは他の地方言語で書かれてあるため、言語上の壁があり、各国の特許庁が従来技術として利用できなかったこと、また、横領を意図する者にとっては実にアクセスし易い知識であることが挙げられます。伝統知識に基づいた処方・製剤は、何世紀にも亘って実際に人間の疾患の治療に使用されており、長い年月をかけて効用が証明されています。民間療法システムのこのような信頼性と、特許庁における当該情報の不在が、伝統知識から発達した治療薬の製剤にもぐり商人や侵入者が容易に特許権を得る機会を提供しています。
不特許事由である伝統知識対して付与された特許(レオンロザ註:特許に値しない伝統知識に対して、米国や欧州で成立した特許)
発展途上国の既に公知になっている伝統知識に基づいたものか、それを少し変化させたような不特許事由(伝統知識に関連した)に対して付与された特許は、途上国に大きな不安と懸念をもたらしました。その数例が(付録1)に列挙されています。これらの事例は、伝統知識のバイオパイラシーを明らかに示しています。このうちの多くのケースで、影響を受ける国が特許の取り消しのために反論せざるを得ませんでした。しかし、膨大な費用と労力がかかることから、伝統知識を不当に利用したすべての特許を取り消すことは不可能です。
伝統知識に関するバイオパイラシーの事例、ターメリック (Curcuma longa Linn.)
ターメリック(ウコン)の根茎は、インド料理に香味を添えるスパイスとして使用されています。ターメリックはまた医薬品や化粧品の有効な原料ならびに染料となる特性を持ち合わせています。治療剤としては、外傷や発疹等を治すために伝統的に何世紀も使用されてきました。
1955年に, ミシシッピー大学医学センター所属の2人の移住インド人 (Suman K. Das と Hari Har P. Cohly)が、ターメリックを傷の治療に使用することに対して米国特許(第5, 401,504号)を取得しました。ニューデリーに在るインド国科学工業研究会議(CSIR)は、従来技術にあることを理由に異議を提起し、USPTO(米国特許庁)に再審査を請求しました。CSIRは、ターメリックが外傷や発疹の治療に何千年もの間使用されているので、治療剤としての使用は新規な発明ではないと反論しました。CSIRの主張は、古代サンスクリット語教本ならびに1953 年に出版されたJournal of the Indian Medical Association に掲載の論文を含め、伝統的知識に関する文書証拠によって支持されました。特許権者の控訴にもかかわらず、USPTO はCSIR の異議を受け入れ、特許を取り消しました。ターメリック訴訟の判決は、途上国が伝統的知識に基づいた特許に対する異議申立ではじめて勝利を収めた歴史的な判決でした。米国特許庁は、この発明に新規性がなかったこと、つまり、発明者の新規性は、何世紀もの間インドで公知であった事実を確認後、1997 年にこの特許を取り消しました。
ニーム (Azadirachta indica A. Juss.)
ニームのエキスは、食糧穀物を害する何百種類もの害虫やカビによる病気の予防・制御に使用できます。種から抽出されるオイルは、風邪やインフルエンザの治療に有効です。また石鹸に混合すると、マラリアや皮膚病、髄膜炎さえ緩和する効果を発揮します。1994 年に, 欧州特許庁(EPO)は、疎水性ニーム抽出油を使う植物の菌類制御法に対して、米国のW.R.グレース社 (W.R. Grace Company)と米国農務省に特許(EPO特許第436257号) を与えました。1995 年、国際的なNGOグループとインドの農業経営者代表が、この特許に対して正式に異議を提起しました。彼等はニームの種のエキスが殺菌効果を持つことは、インドで何世紀もの間公知であったこと、ならびにニームの種のエキスがインド農業で穀物の保護に使われてきたので、当該特許の発明は従来技術の一部であり特許性がないことを示す証拠を提出しました。1999年、EPOは、 「提出された証拠によると、当該特許出願の申請以前にその請求項の構成要件すべてが、公知であったため、特許された発明が進歩性を持たないと考えられる」という決定を下しました。ニームに対して承認された特許は、こうして2000 年5月にEPOによって取り消されました。
ニームの件では、欧州特許庁が米国の農薬会社と米国農務省に特許を付与している。
生物資源に関する特許競争は、途上国(主に熱帯諸国)での生物資源探索を前提にしていることは、その道の研究者では常識である。上記、ニームの件は、欧州特許機関と米国特許機関が、確信犯として、インドの伝統知識を、特許として簒奪したケースである。
欧米の知的所有権の簒奪に対して、インドの戦い方。
成文化された伝統知識の保護‐伝統的知識のデジタルライブラリ
特許請求された内容の特許性を検討する際、各国の特許庁の特許審査官は、該当する非パテント文献源を調査するのに使用可能な資源を使います。特許文献の場合は通常別個のデータベースに全て含まれているため、比較的容易にサーチ・検索が可能です。他方、非パテント文献に記載されている従来技術は、多種多様な膨大な資源のどこかに埋もれている可能性があります。そこで、伝統的知識を取り扱う、より容易にサーチ・検索可能な非パテント文献のデータベースを作成する必要が起こりました。
伝統知識資源の分類(TKRC)
TKDLの第一段階の目標はアユルヴェーダの文書化です。公有ドメインにあるアユルヴェーダの知識をより分け、アユルヴェーダ関係の既存文献中の旧来の知識情報と照合した後、デジタル化書式で文書化する作業が進められています。数種類の外国語及び国内の地方言語で文書化し、国内外で利用できるようにする計画です。伝統的知識資源の分類(TKRC)は、知識の体系的な配列、普及・検索を目的とした革新的な構造化分類システムです。国際特許分類では、薬用植物に関しAK61K35/78 という単一のグループがあるのに対し、TKRCは約5000のサブグループに対応できるように構築されました。 各国の特許審査官の便宜を計り、情報は国際特許分類(IPC) にならって、セクション、 クラス、 サブクラス、 グループ及びサブグルーブのもとに体系化されつつあります。約35,000のスローカ (詩節や散文) から抽出された処方・製剤関係の情報を転写し、TKDL の第一段階の目標を実現させる計画です。
最近、2002年2月に、豊かな生物多様性を持つ中国, ブラジル、 インド、 インドネシア、 コスタリカ、 コロンビア、エクアドル, ケニヤ, ペルー, ベネズエラ及び南アフリカ共和国の12ヶ国(11カ国?)が同盟を結びました。同盟の目的は、バイオパイラシーと戦い、自国の遺伝資源に対する国民の権利を保護する国際的法律の制定のために圧力をかけることです。
最後に、バイオパイラシーについての書籍紹介。
バイオパイラシー—グローバル化による生命と文化の略奪(ヴァンダナ・シヴァ著、松本丈二訳、緑風出版2002年6月発行)
著者の日本での講演記録は、以下にリンクです。
ヴァンダナ・シヴァさん講演録
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kanekashi.com/blog/2007/07/265.html/trackback
wholesale bags | 2014.02.09 15:35
金貸しは、国家を相手に金を貸す | ロシア正教会とプーチン政権