お金はどこから生まれてきたのか?西洋編まとめ:架空価値の創造
さて長かったエジプト旅行も無事終えたので、再びメソポタミアに戻ってみましょう。
復習の意味でこのシリーズでのこれまでの記事をどうぞ。
第一回:4000年も前からシュメールで価値の尺度として使われてきた“銀”
第二回:メソポタミア文明の農耕と銀
第三回:占星術と銀
第四回:エジプト文明と金
改めてですが、前シリーズでは中国でのお金の流通が実質価値から始まり、徴税によって確立したことをまとめました。中国では農地が生産基盤であり、その農地を耕す鍬から青銅銭の一つ布銭が生まれたのでした。
一方メソポタミア地方では銀が貨幣として使われていたと考えています。銀は月の象徴として人々に共認されましたが、どのようにして「お金」として流通するようになったのか?いよいよその結論に迫っていきます。
■メソポタミア地方での資産は「種」・・・そこから利息の始まり
メソポタミア地方では、灌漑農業による塩害のため、農地はいずれ使えなくなってしまいます。先祖が遊牧部族であり土地への執着も小さかったでしょうから、シュメール人の都市国家では、土地の価値は高くありません。
代わりにシュメール人にとって価値があるのは現物としての「収穫物」でした。敢えて区分すれば固定資産である土地本位制ではなく、流動資産である穀物本位制といえます。この収穫物は、単純に「食料」という側面と次の収穫物としての「種麦」とに分けられます。今年の土地は使えなくなっても「種麦」があれば次の土地で収穫できるため、メソポタミアでは「種麦」が非常に重要だったと考えられます。
この「種麦」の貸し借りは世界の彼方此方で見られ「利息のはじまり」と言われています。→詳しくはコチラ(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E6%8C%99)ウィキペディアより
ちなみにメソポタミアでは麦一粒の生産高は20〜80倍と言われおり、現代でもヨーロッパで15、16倍、アメリカで23倍と言われているので相当なもの。
実はこの洪水による沃土と灌漑農業による高い生産性が、これから展開する「貨幣制度」の根幹を支えているのです。
ではいよいよ銀はどのように使われていったのでしょうか?
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「お金」が他のどんな商品とも違う大きな特徴は「他の何の商品とでも交換できる万能性」と「腐らず劣化しない価値が変わらない不変性」にあります。「銀」がその機能を獲得していく状況を追っていきましょう。
■銀の価値が創造され大量に出回ることで交換市場が活性化する
第一段階:現物である小麦の「預り証」としての銀
第二回:メソポタミア文明の農耕と銀より
シュメール人の都市国家は各々の神を祀り、共同体として農耕を行い、生産物としての穀物を神殿の倉庫に保管し管理したようですが、その際、預けた穀物と同じ価値のものを引き出せることを保証する対価物として、同じように銀地金を使い始めました。銀は、一定の重さの単位で封印された袋に入れられて用いられたとされ、やがて、銀の重量単位が、価値を表す単位となり、後に通貨単位として使われるようになったのです。
この段階では、銀はシュメール都市国家の経済基盤となる小麦の「預かり証」として「小麦」と同等価値を共認されました。それなので銀はシュメール都市国家内経済における「何にでも交換できる万能性」を獲得したとも言えます。
ただ価値を認められた銀の量は「倉庫に預けられた現物の小麦」としての小麦の量に規定され、その価値は倉庫に小麦がある期間に限定されます。まあ小麦ですから食べたらなくなりますしね
第二段階:都市国家発行の債券としての銀
メソポタミア農業の収穫高は、チグリス・ユーフラテス川の水を農地に引き込む大規模な灌漑用水によって支えられていました。農地拡大や農地が塩害でダメになる度に灌漑工事が発生したと考えられます。こうした灌漑工事等の土木工事の労働賃金として銀が使われていたと考えています。
この工事は都市国家における大規模なプロジェクトになり、農民を日雇い労働者として作業をさせていました。
しかしこの工事終了段階では収穫物を得られないので、おそらく労働対価としての「銀」は灌漑工事によってもたらされる「将来収穫できる予定の小麦」と交換できる、というものだったのでしょう。つまりこの「銀」は言わば都市国家が発行した「債券」として使われていたのです。
この段階では、市中に出回る銀の量は「倉庫に預けられた現物の小麦」+「未来の収穫分の小麦」に増え、そして銀が価値を持つ期間もより長くなります。メソポタミアの高い生産性が未来の収穫物という「予測(≒架空)」を価値化したのです。高い生産性の裏付けがあるので「架空」とは言いすぎかもしれませんが、存在しない小麦によって銀は価値の変わらない「不変性」を獲得したのです。何せ「未来の小麦」は実際には“ない”ものですから、腐りもせず、ねずみに食われることもなく、又水害にやられることもない。むしろ勝手に(意図的に)増えることさえあり得ますから。
第三段階:ハイリスク・ハイリターンの投資信託の証書としての銀
次に商人が登場し、幻想化に拍車がかかります。
メソポタミア地方は、乾燥地域で森林が少なく慢性的な木材不足に悩まされてきました。木材は日常的には調理用、または銅や鉄の精錬用の燃料として、さらに土木工事やその他建材として必要不可欠でした。そこで都市国家の王は、この木材を得るために、森林を持つ国に商人を遣わします。
商人はまず王から木材獲得の為に大量の銀を預かります。
銀は小麦の「預かり証」として都市国家内で価値共認されていますが、国外では共認されていないから、木材との交換物としては食料の方がやりやすい。そこで小麦が大量に必要になるのだが、リスクの高い交易となるため、それを王だけが負担するより、町の多くの人々で負担した方がいいと考えます。そこで商人は銀を町で小麦に変えます。
例えばこんな風に訴えて・・・・
「自分はこの国に不足している木材を求めてこれから国を出ます。もちろん命がけの旅になるが、王は私に銀を預けてくれた。王が期待してくれた私に皆さんの力も貸して欲しい。交渉には小麦が必要だ。ここにある銀と皆さんの持っている小麦を交換してほしい。私が持って帰る木材で、この町はもっと豊かになる。是非この町の未来のために私に小麦を!」
・・・・なんてね♪
首尾よく市民から大量の小麦を得た商人は、他国へ行って小麦とレバノン杉を交換します。そしてそのレバノン杉を国に持ち帰り、成功報酬を受け取ったのです。
*参考
海上交易の世界と歴史:1・1・2オリエント遠隔地交易人の登場
15世紀の大航海時代ほどの規模はないものの、これは世界最初の「投資信託事業」なのです。
木材調達は都市国家にとって国家存亡の課題であり、市民は木材調達に強く「期待・願望」収束しました。この収束力によって架空の木材と同等の価値が新たに創造されたのです。逆に銀の価値を認めないということは、木材調達に失敗し都市国家が滅亡することを意味するので、市民にとっては半ば強制共認に近いものだったかもしれません。
これにより市中に出回る銀の量は「倉庫に預けられた現物の小麦」+「未来の収穫分の小麦」+「調達予定の木材」に増大し、さらに銀の有効期間が引き伸ばされていくのです。この大量にそして長い間、市中に出回わった「銀」によって交換市場が活性化されていくのです。
こうして「銀」は、灌漑農業による高い生産力から創造された架空価値を取り込むことによって、万能性と不変性を併せ持つ「貨幣」となりました。結果として「銀」は“月の象徴”から“都市国家の未来の象徴”に発展したのです。
■そして領土拡大とともに「貨幣」利用範囲も拡大
その後シュメール人の都市国家がアッカド帝国によって滅ぼされます。しかし太陰暦や60進法などシュメール人が創造したシステムは継承されていきました。もちろん、「銀」を使ったこの投資システムも。
そしてバビロニア王国やアケメネス朝ペルシア、古代ローマ帝国など、略奪を繰り返すことによって領土を拡大していきますが、そこには必ず商人を中心にした交易(≒投資信託事業)が行われ、商品市場も拡大していったと考えられます。この段階ではもはや銀は「小麦の預かり証」ではありません。
まるで人工衛星が大気圏を突破するために大型ロケットを使用し、宇宙の軌道に乗れば小型ロケットで運行していくのと同様に、「銀」は商品市場のルールに乗っかれば小麦から独立し、「銀」それ自身が持つ希少価値や普遍的な光沢によって、その地位を維持していくのです。
加えて利息や投資信託など、現在の金融商品の原型もシュメールの時代に作られたのです。
*その後の暴落の歴史を見れば、貨幣の不変性や万能性が幻想であることを忘れてはならない。
ちなみに・・・・この歴史は現代の英国へと引き継がれます。
英国の通貨単位は今でもポンドで、正式にはポンド・スターリング(pound sterling)と呼ばれます。スターリングとは純銀で、ポンドは古代ローマの重さの表示なので、ポンドとは直訳すれば「純銀の重さ」ということです。このポンドは£という記号で表示しますが、これはラテン語でポンドを表す「libra」の頭文字である「L」を象ったものです。これが英国通貨の単位になったのは、古代ローマ帝国で1ポンドの重量の銀から240枚の銀貨を作ったという故事に由来するのです。
もの作りから離脱し金融立国となった英国の歴史は、メソポタミアの河口付近で生まれたシュメール文化が源流なのでした。
<参考>
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