2017-09-15

世界を操るグローバリズム-1~アメリカが周到に仕掛けた大東亜戦争~

 

真珠湾攻撃ハルノート

今回から新シリーズ『世界を操るグローバリズム』を展開します。

これは、元ウクライナ大使の馬渕睦夫著の『世界を操るグローバリズムの洗脳を解く~日本人が知るべき「世界史の真実」~』の内容を紹介するものです。

 

第1回目は第二次世界大戦と大東亜戦争についてです。

両者は一体で同じものと思われていますが、「実は全く違ったものである」ということを論じたものです。

それはアメリカにより、日露戦争直後から用意周到に準備されてきたもので、日本はまんまとアメリカの策略に乗せられた戦争だったとのことです。真珠湾攻撃以前に事実上アメリカは日本に宣戦布告(行為)を行ったことが述べられていますが、その情報は操作され「日本の奇襲攻撃」とされています。それもアメリカの策略だったのです。

 

これについては、以前に掲載した記事

天皇という力の正体とは?(8)~仕組まれた太平洋戦争

にも掲載しているので、是非お読み下さい。

 

以下、『世界を操るグローバリズムの洗脳を解く(馬渕睦夫著)

からの紹介です。

****************************

第4章 大東亜戦争と第二次世界大戦はまったく別の戦争

 ■アメリカは真珠湾以前に日本に宣戦布告していた

ほとんどの日本人は「大東亜戦争」と「第二次世界大戦」を同じものだと思っていますが、両者は全く別物です。

第二次世界大戦は、1939年にヒトラーがポーランドに侵入したときにヨーロッパ戦線が始まりました。ニュースは世界に流れましたが、この時点で「大きな戦争が始まった」と思っていたかどうかは疑問です。アジアにまで広がると思っていた人はまずいなかったでしょう。

 

1939年から1945年の間に起こった戦争を総称して「第二次世界大戦」と言う呼び方がされていますが、ヒトラーのポーランド侵攻、独ソ開戦から始まるヨーロッパ戦線と、アジアでの大東亜戦争は全くの別のものです。

 

日本はABCD包囲網で追い詰められたため、自営のためにアメリカ、イギリス、中国、オランダと戦いました。ヨーロッパ戦線でドイツが戦った国と重なっているため区別されずに「大二次世界大戦」と一括りにされてしまっているだけです。後にソ連も対日戦に加わり、ソ連も双方の地域で重なっています。

 

しかし、大東亜戦争はABCD包囲網から自国を守るという大儀が存在しており、ヨーロッパ戦線とは目的が異なります。

大東亜戦争は、日本が真珠湾を奇襲攻撃したことで始まったことになっています。宣戦布告の通告が一時間遅れたことが、「騙し討ち」として大々的に非難されていますが、果たして本当なのでしょうか。

にほんブログ村 経済ブログへ

確かに、日本政府は真珠湾攻撃の30分前にアメリカ政府に宣戦を布告するよう、在米日本大使館に訓令していましたから、宣戦布告分の手交が実際の攻撃後になったのは大使館の大失態でした。

 

この点は外務省として弁明できない失敗ですが、アメリカや日本の学者が論うほどの実質的意義はないと思います。なぜなら、アメリカは真珠湾攻撃の前に、すでに事実上、日本に宣戦布告していたからです。

 

たとえば、慣習国際法上は、アメリカが日米通商条約を破棄して日本に対して石油を禁輸したこと自体が、宣戦布告と見なされます。真珠湾を奇襲しようがしまいが、日本はアメリカから事実上の宣戦布告をされていたのです。

「日本による騙し討ちだ」とアメリカは日本を非難しましたが、アメリカが宣戦布告と同様のことをしていたことを目立たないようにして、日本に責任を負わせるためのアメリカ側の情報操作に過ぎません。

 

アメリカは中立を装いながら、支那を支援して日本を攻撃していました。フライング・タイガース(アメリカ合衆国義勇軍)と呼ばれる軍隊を組織して、支那の対日戦を支援しています。日本が真珠湾攻撃する前から、アメリカ軍は日本への軍事攻撃を始めていたのです。

 

追い詰められた日本に対して、ハル国務長官から有名なハルノートと言うものが突きつけられました。日本が受け入れることができない内容を書き込んで突きつけたわけですから、こればアメリカによる交渉打ち切りのための最後通牒です。日本側はまだ交渉する用意があったのですが、最後通牒を突きつけられましたので、自衛手段に出る以外に方法がなくなりました。

 

真珠湾攻撃の際の連絡手続きは確かにまずかったかもしれませんが、それは卑怯なスニークアタックというものではありません。真珠湾を攻撃すべきだったのかと言う議論を横に置けば、追い詰められて最後通牒を突きつけられた日本がアメリカに対して自衛のために反撃したというのが真相です。

 

■アメリカが周到に仕掛けた大東亜戦争

アメリカの国家戦略は、「マニフェスト・デスティニ―」であり、各国をアメリカの考え方に染めようとするものです。

日本をアメリカ化する動きは、古くからずっとありました。黒船でペリーが日本に開国の圧力を掛け、明治維新後には、新興の日本を抑え込もうとする動きを見せています。前述したように日清戦争には日本が旅順で虐殺をしたという捏造記事を流してまで、日本を貶めようとしています。さらに、日露戦争後には対日戦争計画(オレンジ計画)も策定され、日本との戦争準備が始まっています。アメリカはずっと前から日本と戦争をする準備をしていたわけです。そして1940年代を迎えます。

 

有名なマッカラムの覚書というモノがあります。マッカラム少佐が海軍上房部長宛に送ったもので、この覚書の8項目の中には1940年以降にアメリカが何をすべきかが描かれています。簡単にいえば、日本を挑発して攻撃を仕掛けさせるための手順です。

それを見ると、アメリカは最初から日本と戦争をすることを意図していたことが分かります。8項目を実行することで、少しずつ日本を追い詰めていったのです。つまり、戦争を意図したのはアメリカ側であり、日本は誘い込まれて対処せざるを得なくなったというのが、一番合理的な解釈の仕方です。

 

保守系の人たちも含めて、いまだに大東亜戦争は日本の侵略戦争だと考えている人がいるようですが、アメリカは日本に第一撃を打たせることで、「日本から仕掛けられた戦争である」と装って戦争を始めたかったのです。

そのため、いかに日本に攻撃させるかという戦略を練り、日本を追い詰めて先制攻撃させる方向に誘導していきました。

大東亜戦争は、日本が大東亜で戦争をしようとしたわけではなく、中国を植民地化しようとしたわけでもありません。日本が自衛のために闘った戦争であったことは、後にマッカーサーがアメリカ議会で証言しています。

 

List    投稿者 tasog | 2017-09-15 | Posted in 04.狙われる国の資産, 08.金融資本家の戦略No Comments » 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kanekashi.com/blog/2017/09/5457.html/trackback


Comment



Comment