仕組まれた『自由』とは? ・・・ フランス革命から読み取る。
みなさんこんにちは。
今日は『自由』について追究してみます。
ん?経済になんの関係があるのかって??
実は大アリなんですよ。
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いつもありがとうございます。
では行ってみましょう。
るいネット「フランス革命 〜商人達による私権拡大のための革命〜」より引用します。
18世紀後半のフランスは、3つの身分から成るアンシャンレジーム(旧体制)と呼ばれる社会体制を採っていました。3つの身分とは、聖職者(第一身分)・貴族(第二身分)・平民(第三身分)で、聖職者・貴族の2身分は特権階級と呼ばれ、あらゆる税が免除されていました。
フランス国内ではルソーの啓蒙思想やアメリカ独立によって上記の旧体制に対して反体制の機運が高まっていました。
またこの頃のフランスの経済状況は度重なる対外戦争や、アメリカへの独立支援、宮廷の浪費によって多額の財政赤字を生んでおり、これらを解消しようとルイ16世は第三身分への課税を強化していきましたが、フランスの財政赤字はもはや第三身分への課税強化だけでは解決できない程に増大していました。
財政赤字補填のために第三身分=平民の課税を強化する、これでは限界がありますね。
平民も黙ってないでしょうし。
ではどこから資金を調達したのか?
そんな中、第三身分出身であり財務長官であるネッケルは財政を立て直すために特権階級からの徴税を提案しましたが、特権階級がそんなことを許すはずもなく大反対に遭ってしまいます。
政府からの要請による第一・第二身分の免税特権の廃止は一旦は頓挫したものの、その後パリ高等法院による「新税制を承認し得るのは三部会のみである。」という言葉を受け、ルイ16世は3つの身分から成る議会「三部会」の開催を約束しました。
すぐに思いつくのが、カネを持ってる特権階級への課税ですが、そうやすやすとは実践できません。
なんたって、特権階級ですからね。
またその翌年の1789年1月にはシェイエスによって『第三階級とは何か』が刊行されます。
「フランスは第三身分によって成り立っているにも関わらず、第三身分には何ら権利が与えられていない。特権身分は国家に寄生しているに過ぎない。
今おかれている状況は、第三身分によって国民議会を作り、不正な特権を撤廃するのか、それとも特権を受け入れるのか、2つに1つしかない。」
という内容が書かれたパンフレットは第三身分に対してそれまで考えたことの無かった「私権拡大の可能性」を感じさせ、多大な影響を与えました。
平民に特権を与える?それで財政赤字解消に繋がるのでしょうか??
同年、三部会は約束どおり開催されました。
しかし、特権を廃止されたくない第一身分、王権を弱めるために一定の特権廃止は望むものの免税特権は守りたい第二身分、免税特権ひいては身分制度そのものの廃止を望む第三身分、というようにそれぞれの思惑が交錯し、議決方法を巡る議論から先には進まないほど混迷を極めます。
まぁ、そうなるでしょうね。。。
特権身分の廃止のための議決方法を巡って、免税特権を守りたい第一・第二身分と激しく対立することになった第三身分は、『第三階級とは何か』に従い、三部会に見切りをつけて「国民議会」を発足させます。第一・第二身分代表者の中にもアンシャンレジームに無理があることを理解している者がおり、そうした者達も次々と国民議会に合流していきました。大きな勢力となった「国民議会」との軋轢を避けるために、ルイ16世は「国民議会」を正式に承認しました。
しかし国王の承認は見せかけだけのもので、武力で国民議会を押さえつけようと兵力を結集させ圧力をかけたことに加えて、国民に人気のあったネッケルを突然罷免したため、ついに民衆の怒りは爆発し旧体制の象徴であったバスティーユ牢獄を襲撃します。この成功によりルイ16世を屈服させることが出来、国民議会の力は確固たるものとなります。その3週間後の8月11日には国民議会によって封建的特権の廃止が宣言され、アンシャンレジーム(旧い封建制度)はついに崩壊したのです。
その後8月26日には憲法に優先する根本原則として『人及び市民の権利の宣言(人権宣言)』が採択されました。
アメリカ独立宣言を参考に作られたこの宣言ではフランス革命を正当化する観念として自由や平等について謳われており、この宣言内で用いられた思想は日本国憲法にまで継承されています。
「自由」とか「平等」とかの観念が起爆剤になってフランス革命は成し遂げられたんですね 🙄
ん??でもこれだと教科書どおりってことじゃ??
その構造はどうなってるんでしょうか?
以上に見たフランス革命の大きな流れをまとめると、
【重税に苦しむ民衆⇒抵抗するもうまくいかない⇒世論形成によって成功する→新しい国家体制⇒それを正当化する国家理論】
といった構造になっており、出来事の順序の違いはあれども先に見たアメリカの独立時の構造に非常に似ています。もう少し具体的に見ると以下のようになります。
【アメリカ】
重税に苦しむ北米植民地⇒独立戦争を起すもうまくいかない⇒『コモンセンス』による世論形成⇒『独立宣言』
【フランス】
重税に苦しむ第三身分⇒三部会を開くもうまくいかない⇒『第三階級とは何か』による世論形成⇒『人権宣言』
ふんふん、アメリカと似ていると。
で、「新しい国家体制」をつくった目的は?
また、この頃のフランスにいる第三身分の商人は主に外国から私権拡大の為に流入してきた人々でした。ヨーロッパ内での私権拡大を考えた場合、イギリス・オランダではすでに商人国家が成立していましたがフランスは未だ旧体制をとっていたため、商人達はそこに新たな私権拡大の可能性を見出したのです。
フランス国内での自由な商業活動の為には、貴族特権の剥奪のみならず身分制そのものを廃止する必要があります。商人達は先に成功したアメリカ独立革命がそうであったように『第三階級とは何か』を用いて世論を形成し、それによってこうした身分制度を崩壊させ、新たな私権獲得への道を拓いたのです。
「自由な商業活動=市場の拡大」が「新しい国家体制」をつくった目的だった。
そのためには、絶対的な身分制度は邪魔になるんですね。
「私権闘争の抜け道が、交換取引の場=市場である」という認識が良く理解できます。
このように、フランス革命もアメリカ独立と同様に「商人達によって私権拡大のために行われた革命」だったと言えるのです。
こうして見てゆくと、『自由』という観念は、『市場の拡大』を後押ししてきたことがわかります。
そしてそれは、国に寄生する金貸しや資本家の戦略だったんですね。
フランス革命前の第三階級のように、貧困にあえぐ人たちにとってみれば、素晴しい可能性として受け入れたんでしょうが、我々現代人に『自由』、などといわれてもシックリこないのは、すでに貧困を克服してしまったからに他なりません。
しかし、この『自由』という観念が、その後、『新自由主義』とか『グローバリズム』に化けて、
世界を席巻したことはみなさんご周知のとおりですね。
そして、世界バクチ市場を実態経済の100倍以上に膨張させた挙句、
昨年末に破裂、世界を大混乱に陥れた(←いまココ)ということです。
とゆうわけで、この『仕組まれた自由』に気付き、その正体を暴いて共有し、
代替案を提示することが、僕らの課題になってゆきます。
オザキユタ、、いやもといオオモリ、でした。
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