2012-05-09

脱金貸し支配・脱市場原理の経済理論家たち(16)エピローグ

 「脱金貸し支配・脱市場原理の経済理論家たち」シリーズも15作続いてきました。紹介した理論家は、数にして12人。今回の投稿では、その12人の理論・思想を簡単に復習した上で、今シリーズを通じての学びをまとめたいと思います。
その前に、このシリーズの目的をもういちど最初の投稿から振り返ってみましょう。


 現在、世界経済は崩壊の淵に立たされています。実体経済から遊離し、国境を越えて膨れ上がったマネー経済は、21世紀に入ってその膨張限界を迎えて崩壊。何千兆円の損失は国家に押し付けられ、挙句の果てに米欧をはじめ全ての先進国で国債と通貨の暴落危機を招いています。国債経済とグローバル金融資本主義の終焉です。
 しかし過去を遡れば、現在の危機的状況は、’80年代の日本のバブル、’70年代ニクソンショック、さらには戦後ブレトンウッズ体制の必然的な帰結でもあり、金融資本(金貸し)を頂点とし、市場原理によって動いてきた近代以来の経済システム全体が終焉を迎えているのだと考えられます。
 こうした中、このような現代の経済システムに異議を唱えてきた過去〜現代の経済理論家たちの存在感が次第に増してきています。彼らはこれまで経済の世界では異端・傍流でしかありませんでしたが、世界経済が混迷の度を強める中で、その指摘の正しさが改めて見直されているのだと考えられます。
 今回のシリーズでは、こうした脱金貸し・脱市場原理の経済理論家たちの思想や学説から、次代の経済システムのヒントを見つけてみたいと思います。

 それでは各人の【問題意識】と【提案】を簡単におさらいしましょう。
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■経済理論家たちの思想・学説(まとめ)
●カール・ポランニー
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【問題意識】
○市場が絶対視され、社会が市場に従属する現代は特殊な時代
○市場経済が本来市場にそぐわない「労働・土地・貨幣」を商品化したことが最大の問題
○市場が人間・自然の唯一の支配者になれば
                                 社会は崩壊
【提案】
○「労働・土地・貨幣」を市場からとりのぞく
○市場経済における私益追求の行動原理から互酬、再分配、交換を基にした新たな行動原理へ
○経済統合を行う為には個人ではなく集団に基づく統合が必要
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●ミヒャエル・エンデ

【問題意識】
○環境、貧困、戦争、精神の荒廃など現代の様々な事象の根源にお金の問題が潜んでいる
○実体経済のお金と資本経済のお金を分けて捉えなおさなければ問題発掘は出来ない
○自然界に存在しない「永遠不滅のお金」
【提案】
○お金の性質自体を変える:「老化する貨幣」


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●シルビオ・ゲゼル
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【問題意識】
○本来交換手段として流通を促すお金が、劣化しないという性質により商品の交換を抑制→経済停滞、失業
○土地の私有→地代による搾取
○土地の国有化→領土をめぐる戦争
【提案】
○自由貨幣=減価する貨幣
→市場が投機家の陰謀、地代生活者や銀行家の見解、気分に左右されなくなる
→商品の流通が促進され、景気が安定する
○自由土地=土地の私有を禁止
○共同体に大きさに適した広さの土地を貸与
→完全な自由貿易、資源平等
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●エルンスト・フリードリヒ・シューマッハー

【問題意識】
○大衆に根付く「富に対する執着心」が、戦争や環境破壊、精神破壊を引き起こしている
○大量消費によって最大の満足を得る”経済的価値”を絶対視→無理な市場拡大
【提案】
○「富への執着心」を振り払い、まずは「物は足りている」ことを一人一人が自覚し、「僅かな消費で、最大の満足を得る生活」の実現を志向                                 することが必要
詳しくはこちら
●サティシュ・クマール
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【問題意識】
○「未発展」「貧乏」という概念=西欧合理主義の洗脳、陰謀
○デカルトの『自我』と『二元論』は誤り
【提案】
○伝統生産、手仕事によるスワデーシ(地域経済)へ回帰
○「ソーハム(彼は我なり)」という世界観
○〝依存哲学〟=自分たちが相互に依存し、自然に依存しているとする古代の英知の再発見
詳しくはこちらこちら
●ヴァンダナ・シヴァ
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【問題意識】
○農業における多国籍企業の技術介入+官僚機構による貿易、財政支配+知的所有権体制
→単一農法、農薬多用(暴力的農業)生態系の弱体化
→少数の巨大企業の成長と集中、独占
→地域の生産者、食糧供給、食の質、コミュニティや人びとの食糧自給の能力低下
【提案】
○種子と農業を独占的支配から自由に保つための運動(ナヴダーニャ運動:写真)
○非暴力的農業:種の多様性の保護
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●宇沢弘文
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【問題意識】
○新自由主義、市場原理主義に対する危機感
○日本は植民地になりさがっている!
【提案】
○社会的共通資本(=自然資本、社会インフラ、制度資本)の構築
→官僚集団や市場原理主義的な立場ではなく、コモンズ(=密接な生活集団、職業的専門家集団)によって運営
詳しくはこちら
●ロン・ポール

【問題意識】
○政府による課税=合法的な略奪
○経済を閉塞へ追いやった連邦準備制度理事会(FRB)
○軍需産業の儲けの為の「平和」を建前とした戦争
【提案】
○自由な経済の実現=自立した地域共同体による経済
                                 ○金銀を含め複数の通貨を発行
                                 →ドル紙幣・FRB廃止
                                 ○戦争における大義の重要性を見失っては
                                 いけない
詳しくはこちら
●ムハマド・ユヌス

【問題意識】
○商人によって人工的に貧困がつくりだされている
【提案】
○マイクロクレジット=共同責任の無担保小口融資システム
→担保を持たない貧者も生業をはじめられる
○ソーシャルビジネス=社会を脅かす諸問題を克服しながら貧者を救うビジネス                                 ①投資家や株主は一切の配当を受け取らない
                                  というモデル
                                  ②貧者によってソーシャルビジネスが所有され
                                  ているという形態
                                  →貧者の雇用と金銭的余力を生み出すことが
                                  できる
詳しくはこちら


●ムハンマド・バーキルッ・サドル
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【問題意識】
○資本主義者も、共産主義者も経済問題の分析が誤っている
・資本主義者…人間の欲望は無限であり、必要とされる自然資源の不足が経済問題
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                                 よって生じる配分関係の不平等(資本家階級
                                 の労働者階級への搾取)が経済問題を引き
                                 起こす→両方誤った分析
【提案】
○イスラームの実現
・世界観=タウヒード、生活の指針=シャーリア、集団=ウンマを基本構造とする
・神の代理人としての所有権、労働の奨励と促進(浪費や不労所得の禁止)、財の社会的還流など集団統合発の社会規範によって構成されている
詳しくはこちらこちら
●二宮尊徳
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【問題意識】
○疲弊する農村をどうしたら復興できるのか
○農民自身の自主性、共同性を引き出す方法
【提案】
○報徳仕法:誠至、勤勉、分度、推譲
○尊徳の提起した組織論が、報徳社(農民・集
                                 落の事業組織)へと発展し、明治初期の農村
                                 基盤をつくり上げた
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●安藤昌益
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【問題意識】
○万人が直耕する社会が自然と人間の原点
○王侯・貴族、武士がそれを横取りした
○儒教や仏教は、支配を正当化する妄説である
【提案】
○全ての階層に対し、直耕(生産)を義務付ける
○都市の各階層(学者・僧侶・神官、職人、商人、遊民)を農漁村に移住させる
○政事は、集落自治(邑政)で足りる
○そのようにして長い期間をへれば、再び、自然・直耕の世に戻っていく
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■シリーズを通しての学び
 近代社会の前提となっている「当たり前」にとらわれず、今回のシリーズを改めて捉えなおすと新しい経済システムの可能性という意味で次の4点の学びがありました。

1.金貸し、官僚による支配からの脱却

 今回扱った理論家たちに通底するのは、金貸し(西洋、植民地政府、支配階級等)支配からの脱却、自分たちで社会を動かしていこうという考えです。
 例えば宇沢は官僚からの支配から脱却するためにコモンズ(=密接な生活集団、職業的専門家集団)によって社会的共通資本を運営することを提案しました。また、ガンジーの意思を引き継いだサティシュ・クマールやヴァンダナ・シヴァも、地域経済への回帰や種子保護運動によって西洋や多国籍企業の独占から逃れようと訴えています。

2.貨幣・市場・所有制度の転換

 金貸し支配による問題を解決するには、現代の通貨システム、市場化の対象、私有制といった、彼らがつくった制度を根本的に見直す視点が必要です。
 貨幣制度の問題に切り込んだのがゲゼル(エンデ)、サドル、ユヌスです。例えば、ゲゼルは貨幣のみが他の商品の共通する性質(=劣化する)を免れていることが問題の根幹であると分析しています。またイスラム経済では利子の制度をとっていませんし、ユヌスにおいては無担保での融資システムをおこなっていますが、彼らも現在の制度が金貸し有利になっている点に根本的な問題を見出しています。
 そしてポランニーは、本来市場経済にそぐわないもの(労働・土地・貨幣)を市場化したところに問題があると訴え、互酬、再分配、交換を基礎にした新しい統合原理を提案しています。ゲゼルの自由土地のアイディアも、土地は本来私有すべきものではないという考えから来ています。

3.西洋近代思想からの価値観の転換

 市場原理、新自由主義の批判は同時に、それらを正当化する私益追求や個人主義への批判にもつながります。
 私益追求、個人主義をはじめとした近代思想には、サティシュがメスをいれています。デカルトの二元論をはじめとした西洋近代思想の「分離する哲学」を批判した上で、インド、アフリカ、ネイティブアメリカンの「関係をみる哲学」に光をあてています。それはイスラムの慣習にも共通しますが、「足るを知る」、自然への感謝という日本人にも馴染みの深い哲学です。(二宮、安藤からもそういった価値観がうかがえます)そしてこのような価値観に転換すれば、現代の多くの問題(環境破壊、戦争、精神崩壊、無理な市場拡大)も解決していけるのでは、とシューマッハーは説いています。

4.集団、共同体の再生へ

 私益追求、個人主義をはじめとした近代思想の批判からはその逆方向、つまり集団や共同体による生活、経済運営の可能性が導き出されます。
 ロン・ポールは「政府による課税=合法的な略奪」を問題視し、自立した地域共同体による経済の必要性を説いています。また、伝統的に共同体を重んじてきた日本やインド、イスラムの思想家からは、いかにして人びと(インド、日本では主に農民)の共同性を高めるかという哲学や精神論が述べられています。そしてインドや日本では、農業を通じて精神性の向上や共同体の強化はかられてきたことがわかります。


 3.11以降、もう官僚に任せてはおけないという感覚が社会にますます広まってきました。自分たちの手で、次代の新しい理論を構築しこうという気運が高まりつつあります。
 今回のシリーズで扱ってきた理論家たちを含め先人たちの知恵、自然の摂理、そして歴史構造に学びながら、これから次代のシステムを皆で共に考えてゆきましょう。
 長らくお付き合いいただき、ありがとうございました

List    投稿者 banba | 2012-05-09 | Posted in 07.新・世界秩序とは?No Comments » 

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