2010-06-09

BRICs徹底分析〜中国編その4.2012年大会で無事指導者交代を果たせるか

前回、「中国の経済挫折は政変によって起こる」を分析しました。中国の経済状況を見通す上で、政権の安定度が重要だということです。
2012年の共産党全国大会で、現在の胡錦濤総書記、温家宝首相の交代が予想されています。そこで、2012年に向けての動向分析を試みます。以下はその視点です。 
 
2012年の共産党大会で、スムーズに指導者交代が行われるのだろうか?
社会安定を巡って、どんな問題が提起されるのか、その路線を巡って対立が激化しないだろうか?
地方、農民、労働者、学生の主張が激化してくる可能性はないだろうか? 
 
中国では、現在、外資系工場でのストライキが起こっています。このストライキの特徴は、労働者が自主的に団体交渉を行っている点です。
中国の工場には、中国共産党の一角を形成する労働組合「中華全国総工会」の支部組合があります。しかし、今回のストライキは、総工会組合のもとではなく、組合未参加の労働者が結集してストライキを行い、会社側と団体交渉している点です。そして、総工会組合を介せずに経営側と賃金引上げに合意しています。 
 
改革・開放政策で膨大に生まれた労働者が、共産党指導を外れて、社会的力をもちだし、極端なことを言えば、共産党の一角である「中華全国総工会」の権威が崩れかけているのです。 
 
  江蘇省昆山市の外資系自動車部品工場のストライキ風景
  china403.jpg
  出典:大紀元日本ホンダに連鎖反応 日・韓・台系中国工場、相次ぐ賃上げ要求スト 
 
2012年の大会に向けての課題は、経済政策の課題以上に、政治的課題が大です。政治分野の改革開放主張が引き起こした天安門事件の再評価問題、民族問題(チベット、新疆ウイグル等)、所得格差問題(指導層の富裕問題)、それに加えて、党の指導外で始まった労働者運動です。 
 
1.2002年党大会で成立した胡錦濤総書記/温家宝首相の和諧社会路線
2.静かに進んでいる基層民主と差額選挙
3.2012年の共産党大会へ向けての政治的課題。路線対立は起こるか 
 
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1.2002年党大会で成立した胡錦濤総書記/温家宝首相の和諧社会路線 
 
江沢民氏から胡錦濤氏への穏便な交代 
 
現在の胡錦濤総書記/温家宝首相の政権が決まったのは、2002年10月の共産党全国大会と2003年3月の全国人民代表大会(政府の首相・大臣を決める大会)です。共産党指導者が決まり、政府の指導者が決まるという手順です。 
 
共産党指導者の中枢は、中央政治局常務委員です。過去3回の大会の常務委員の名簿を改めてみてみましょう。
china402.bmp
これをみると、2002年の指導者交代は、江沢民世代が全て引退し、胡錦濤氏だけが、常務委員に残り総書記に就任しています。新任の常務委員には、曾慶紅氏や黄菊氏のように、江沢民氏に近い人物がいますが、胡錦濤総書記への交代が穏便に進みました。 
 
胡錦濤・温家宝の和諧社会路線 
 
改革開放政策は、沿海地域と内陸地域の発展格差、都市と農村の所得格差、富裕層と下層の大きな所得格差を生み出しました。また、国営企業の改革で、国営企業のもっている病院や厚生施設が廃止され、企業年金も縮小するなど、社会保障の水準が極端に低下してしまいました。 
 
この問題に対して、胡錦濤・温家宝政権は、「和諧社会」路線を打ち出して、安定化を図ろうとしてきました。和諧社会=調和のある社会をめざすというものです。 
 
沿海地域と内陸地域の格差是正では、内陸への重点投資(西部大開発、東北振興、中部振興)が打ち出されました。 
都市と農村の格差是正では、都市戸籍と農村戸籍の流動化を進め、都市移住を一定認めました。また、農民の耕作権を確立させ、農民の所得を拡大させようとしています。 
また、所得格差では、不正な蓄財を摘発する動きも起こしました。象徴的な摘発は、上海市の共産党トップである陳良宇書記の汚職摘発です。(これは、胡総書記と江沢民派の政治的事件とみる見方もありますが。) 
 
胡錦濤政権は、2002年以来、中国社会を安定的に運営してきたのです。
但し、チベットと新疆ウイグル自治区での、民族問題は、安定運営とはいえないですが。 
 
2.静かに進んでいる基層民主と差額選挙 
 
日本総合研究所の上海事務所責任者である呉軍華女史が、2008年に「中国・静かなる革命」という本を出版しました。 
 
  china404.bmp 
 
呉女史は、政治分野の改革開放が、2020年に向けて静かに進んでいくという見通しを打ち出しています。経済発展により生み出された中産階級の存在が、政治の改革開放を推進するという見方です。 
 
この本の中で、基層民主(村民自治)と共産党差額選挙(定員以上の候補者がいる選挙)が、中国の政治的民主化の進行を占うものだと指摘しています。

村民委員会は、1980年代書記、人民公社の解体を受けて組成された農村の自治組織であったが、その形成に選挙制度が導入されたのは1987年の「中華人民共和国村民委員会組織法(試行)」以降のことであった。1998年、同法が改正され、「海選」と呼ばれる無記名直接選挙の方法が認められた。同年11月、四川省の歩雲郷と南城郷(郷は農村部の最末端行政組織)で、初めての郷長選挙が行われ、一部の都市では、住民自治組織である「居民委員会」も選挙で選ばれるようになった。 
 
選挙の波がその後、郷、並びに都市部の最末端行政組織である鎮にまで広がり、「公推直選」や「両推一選」、「公推公選」といった名称を持つ選挙方法が実験的に採用されるようになった。

基層民主と共産党差額選挙について、「イヴァン・ウイルのブログ」にも実態が出てきます。

記者:基層民主については、中国は大きな成果を上げてきたのではないか。 
 
兪可平氏:その通りである。1998年に村民委員会組織法が制定され、国家の権力機関が扱わない農民事務を行う村の幹部は村民の自由選挙で選ばれている。2007年末までに61.3万の村民委員会が設立されている。 
 
記者:党内民主については、一般庶民は幹部選抜任用の過程に関心を持っている。 
 
兪可平氏:差額選挙が党内民主の重要な指標のひとつである。1987年の第13回党大会で初めて「差額選挙」が行われた。2007年の第17回党大会では、中央委員会委員、中央委員会委員候補、中央規律委員会委員は全て「差額選挙」の結果選ばれた。地方幹部についても「差額選挙」で決まるケースが段々多くなっている。 
 
「人民日報」上での政治の民主化を巡る議論

上記にでてくる1987年の選挙制度の導入は、失脚した胡耀邦・趙紫陽総書記が手がけた政治分野の改革開放です。それが、底流として静かに進んでいるのです。 
 
3.2012年の共産党大会へ向けての政治的課題。路線対立は起こるか 
 
呉女史が指摘しているように、経済発展で生まれた中産階級は、政治的参画を求めます。
また、下層階層は富裕層への反発を潜在化さ、一部には「毛沢東革命」(農民革命)がささやかれています。 
 
動き出した温家宝首相 
 
2012年の共産党大会のテーマは、政治分野の改革開放です。つまり、共産党の上意下達体制をどこまで改革できるかです。胡耀邦・趙紫陽路線の徹底です。これは、1987年の胡耀邦失脚、1989年天安門事件(趙紫陽失脚)の再評価とセットです。 
 
その意味で、4月に発表された、温家宝首相の「胡耀邦氏を偲ぶ論文」が注目されているのです。

温家宝首相:「民主化デモで失脚」の胡耀邦を評価、人民日報で発表 
 
温首相は「彼の仕事ぶりは、私の仕事と学習、生活に大きな影響を与えた」と論じ、1987年に政治の表舞台から退いた後も、しばしば胡氏宅を訪れたことを明らかにした。89年4月8日に発病した際には駆けつけて、胡氏の身辺を守ったという。 
 
人民日報は、温首相論文を解説する論説を発表。 
 
「事務室で書類に目を通すだけで、真実を知ることはできない。報告がうその場合もある」、「指導者が視察と称してして地方に行くが、高級ホテルに泊まって飲み食いして、(実質的な仕事は)会議室で報告を聞くだけの場合がある」などと、共産党の高級幹部のあり方をきびしく批判。 
 
「胡耀邦氏など、古い革命家の教えをしっかりと記憶し、大衆と密接に連携し、幹部と大衆の関係を改善せねばならない」などと論じた。

温家宝首相は、四川地震の際には、真っ先に現地に入り、復旧の陣頭指揮をとりました。 
 
また、(地震被害のあった青海省玉樹を視察し)5月1日の上海万博開会式に欠席し、地方の幹部や地方政府関係者が上海万博に行くのを停止させています。 
 
温家宝首相が、2012年の党大会、指導部交代に向けて、動き出したとみることができます。 
 
次期政権では、顧問委員会が復活するかもしれない 
 
表は、現在の中央政治局常務委員と2012年10月段階で66歳以下の政治局委員のリストです。
china405.bmp 
政治局常務委員の年齢をみると、習近平氏と李克強氏を除いて、全て68歳以上です。5年間の任期途中に70歳定年を超えるので、12年の党大会では、常務委員を退任する予定です。
ですから、習近平氏か李克強氏が、次の総書記に就任するというのが、中国人事の見方です。 
 
習近平氏は、広東省で開放政策を推進した習仲勲氏の息子で、精華大学卒業後、直ぐに副首相秘書に就任し、その後、地方政府幹部を歴任しています。親が党幹部なので、「太子党」のリーダーともいわれています。また、国家副主席なので、海外訪問も沢山しています。政治姿勢としては、リベラル色が強いともいわれています。 
 
一方、李克強氏は、北京大学を卒業し、共産主義青年団第一書記を務めた後、地方政府幹部を歴任しています。共産主義青年団第一書記は、胡耀邦氏、胡錦濤総書記も務めていますので、胡錦濤総書記の直系とみられています。 
 
経歴からみると、共産党組織に強い李克強氏が総書記に就任し、最も重要な政治改革を行い、経済や対外関係の経験を積んだ習近平氏が首相に就任するという予測が成り立ちます。 
 
しかし、政治改革は困難な課題です。また、世界的な経済混乱に対処する金融・経済政策も手が抜けません。胡錦濤総書記と温家宝首相の目からみると、両氏の能力が課題をこなせるかという不安がありそうです。 
 
2012年までの主要課題で、両氏の能力を試そうという局面がでてきそうです。李克強氏は政治的課題(例えば、労働者運動と総工会組織問題)です。習近平氏は対外関係(例えば、台湾問題、対米関係)ですね。 
 
2012年までに、両氏が主要課題で鮮明な能力を出せなかった場合は、大胆に予測すると、胡錦濤氏と温家宝氏を中心とした「顧問委員会」を置き、新指導部を支える体制をとることになるでしょう。 
 
2012年の政権交代が安定的に進むかどうかは、実は、胡錦濤総書記と温家宝首相のこれからの2年間の采配にかかっているのです。 
 
そして、路線対立が起こるとすれば、温家宝首相と胡錦濤総書記の間の路線対立です。 
政治分野の改革開放を進めようとする温家宝首相と、胡錦濤総書記が、「共産党組織としてそれに歯止めをかけようとする勢力」の代表者となった場合です。 
 
この路線対立の場合は、政治的混乱が高まり、経済混乱につながります。 
 
中国動向の今後の焦点は、温家宝首相の発言、行動だとみています。 
 

なお、生産年齢人口(15歳〜59歳)がまだ増加していますので、中国社会の実態的な活力は上昇中です。ですから、ミニバブルとその崩壊は発生しますが、実態を離れて幻想的な活力(バブル)が起こるのは、少し先だと思います。
生産年齢人口は、2015年−2020年の期間で減少に転じます。そこからが、本格的なバブルとその崩壊です。しかし、中国が崩壊する以前に、先進国の方が先に崩壊する可能性が高いです。

参考:ルイス転換点の到来を示唆する「民工荒」 
 
*長々と読了、ありがとうございます(笑) 
 

List    投稿者 leonrosa | 2010-06-09 | Posted in 07.新・世界秩序とは?4 Comments » 

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コメント4件

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