2011-05-21

シリーズ「必要か否かの判断の土俵」その1〜『認識形成の場』が、なぜ有料化されるべきなのか?〜

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本シリーズでは、大きな転換点を迎えている現代社会がこれからどのような姿の社会に向かってゆくのか?を考えるために、「るいネット」の超国家・超市場論15〜20を引用しながら、人々の意識潮流がどのような社会統合機構を指向しているのかを見てきました。今回は、その続きです。
3/11の東日本大震災以降、政府官僚や東京電力の情報体質がはっきりすればするほど、「事実」を求める意識と、それに応えるネット上の場が広がってきました。この新しい可能性が、現実を突き抜けて顕在化してきているように思います。
実際、政府発表やマスコミの表面的な報道の代わりに本当に有効な手段として、被災地と全国をつないでいたのがネットでした。ほぼ電話が通じない中、現地の状況や親族の安否確認にはツイッターが使われ、安否の報告・確認依頼など本当に必要なやりとりがなされました。(実際、私の実家も宮城にあり、このネットワークに励まされた一人です。)
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それでは、まずは、超国家・超市場論より『認識形成の場』が、なぜ有料化されるべきなのか?(引用)について扱っていきたいと思います。

では、本題に入ってゆこう。ここまでの論稿で、次代の活力源=圧力源が人々の外向収束⇒認識収束に基づく認識闘争=評価競争であり、それらを収束させる『認識形成の場(統合サイト)』こそ、次代の人類の最先端機能(つまりは新たな社会統合機構の中核)となることを明らかにしてきた。又、それは、はじめに形成された多数の『認識形成サイト』が、人々の評価収束によって淘汰されてゆくことを通じて確立されてゆくこと、及び、そこでの評価指標はもはやお金ではなく、段階的な投稿資格となることも明らかにしてきた。
では、全く新しい場である『認識形成サイト』が、なぜ有料化されるべきなのか?なぜ、敢えて古い場=市場に姿を現す必要があるのか?なぜ、古い指標=お金を使う必要があるのか?

少し、視点を変えてみましょう。今回の災害という緊急課題に対して、事実収束、事実ネットワークが形成されました。政府が機能しなくても、自治とも言える被災時の対応が行われたのです。まさに人々が知りたい事実が素人の手によって発信され、人々を動かす様になった。政府や行政が機能しなくても成り立つことが見えてきた瞬間でした。その可能性が実証されたと言えるでしょう。(前回)
『認識形成サイト』も同様に、素人の手によって発信され、人々を動かす最先端機能をめざしています。
その前に、今まで、どのようにお金が使われてきたのかを考えてみましょう。

まず考えられるのは、私権社会では、現実に必要なものは何であれ有料であるという事実である。物(製品)はもちろんのこと、解脱(芸能)であれ、認識(書物・新聞・テレビ)であれ、更には仲間の集まりまでもが(場代・飲食代として)有料化されている。(その意味では、恋愛も極めて高価に有料化されている。)
にも拘らず、皆それを飲食代やホテル代として意識しており、誰も「集まり代」や「恋愛代」としては考えない。それは、「自分たちで楽しむ(=協働する)」のは本源領域に属する行為であり、お金は非本源的な強制領域に属する臭い物であるという固定観念の故である。(従って、自分たち本来の集まりや恋愛とは全く別次元に、仕方のないものとして飲食代とホテル代がある。)
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さて、今回の地震以降、これまでの「お金を払って、代価を求めるのが当たり前」というお金の意味合いが変わってきたように感じます。先にもあげましたが、「お金を払ってでも早く現地の的確な情報を入手したい。また、お金をかけても、困っている人々に発信したい。支援したい。」といったようにお金の意味合いが変わってきたように思います。
さて、この状況は、人々が、「助け合い」という本源回帰の潜在的な意識に触発されておこっているのでしょうか?
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しかし、実は両者の本質的な違いは、(本源VS私権にあるのではなく)集団内生活と社会(集団外)生活の違いにある。考えてみれば、「本源的」と思われている、家族や友人etc互いに顔の見える集団内でのおしゃべりなら、お金は要らない。つまり、お互いに顔の見える範囲内で、誰もに肉体的に備わっている機能(本能機能・共認機能・観念機能)を使って協働する限り、お金など不要である。(仕事はもちろん、子育ても、セックスも、おしゃべりも、全ては協働行為である)
しかし、その様な互いに顔の見える集団内の生活域から一歩外に出ると(つまり、集団外の社会空間に出ると)、そこでは外向仲間を探すにも、集まりに参加するにも電話代や電車代や場代が必要で、要するに何をするにも(本源的であろうが、私権的であろうが)お金がかかる。

実は、「認識を得るということは集団内で扱われるべきもの」という固定観念によるものとは言えないでしょうか。目の見える個人や集団を飛び越えた瞬間に実は、本源的であろうが、私権的でであろうが、お金はかかるのです。
よく考えて見ますと、お金の本質は集団外における評価軸をつくることです。
現在、社会はまさに、収束不全であり、それを突破するための答えをみんなが欲している。これは個人や集団の超えた社会全体の課題です。
・その課題を突破するための認識を
・みんなが必要としている現実の期待を

得ていくことに、お互いにお金を得てお金を払う。
これは、古い場=市場に姿を現す(お金を払って代価を求めるのが当たり前)といった次元と全く異なった次元に位置します。
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しかしながら、今は、過渡期です。政府やマスコミの垂れ流し情報に、お金を払うのではなく、本当に必要な情報や認識にお金を払うという行為は、今後ますます増えていくと感じているのは私だけでしょうか?
では、次回は、『認識形成の場』がなぜ有料化されていくのかを引き続き検証していきたいと思います。
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List    投稿者 orisay2 | 2011-05-21 | Posted in 07.新・世界秩序とは?8 Comments » 

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コメント8件

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