2010-10-27

【シリーズ:新しい認識だけが、現実を変えていく】(4)〜社会運動の自己欺瞞〜

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★全共闘運動
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★女工解放運動
今まで『変革』といえば↑こんな活動でした。
『変革』=「社会運動」というものをイメージしてみると、全共闘運動では、安田講堂から火柱が上がり過激な若者と警察の力と力のぶつかり合う姿がすぐに浮かびます。
その他に、デモで抗議する姿としてプラカードを掲げた人々が列をなす姿、行進など長年マスコミによって特定のイメージを植え付けられてきたように思います。
こうした、社会運動をイメージし
「では、こうした活動で社会は変えられるのでしょうか?」と、問われた時みんなはなんと答えるでしょうか?
現代の多くの人は、「社会変革運動やデモでは社会を変えるのは難しい…」と答えるように思います。かつては輝きを放っていた社会変革は今なぜ輝かなくなったのでしょうか?
【シリーズ:新しい認識だけが、現実を変えていく】(4)では、〜社会運動の自己欺瞞〜を取り上げたいと思います。

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3.近代の社会運動
近世・近代に至って市場拡大という現実(自我・私益の拡大)の可能性が開かれると、現実否定の感応観念の内部に自我・私益が取り込まれ、倒錯観念は自我・私益を正当化した欺瞞観念(恋愛・人間・自由・個人etc)に姿を変えた。とりわけ、「権利」とはただ要求することを正当化した架空観念である。
しかし、近代思想家は古代宗教家と同じく、現実そのもの(=自我・私益・力そのもの)を直視しようとはしなかった。なぜなら、それらの都合の悪い本質部分は、あくまで否定すべきものとして捨象したからである。そして、開かれた現実の可能性を、欺瞞観念(恋愛・人間・自由etc)の実現の可能性だと都合良く錯覚した。これは、明らかに「現実」のスリ代えである。
しかし、(スリ代えられたものであっても)「現実」の可能性が開かれた以上、その出口を塞いでいる身分制度を解体すれば、「当然」新しい社会を実現することも可能に見える。こうして、社会運動が登場した。
●しかし、都合の悪い現実を捨象している限り、意識と存在が断絶した自己欺瞞の運動になることは、古代の思想運動と変わらない。(注:半ば現実に開かれているが故に、その欺瞞性がより強く意識される)
●また、都合の悪い現実を捨象している限り、現実から乖離した思想(or社会)が実現される事は有り得ない。
●社会変革と云いながら、社会の構造については(あるべき社会の空想図以外)殆ど何も考えていない(注:これも古代以来の現実否定⇒現実捨象の倒錯思考の故である)。
そこにあるのは、単に自らの欺瞞観念の出口を塞いでいる身分制度や資本制度を破壊せよという要求だけである。つまり、単に自分に都合の良い要求をつきつけることを、「社会を変えよう」という言葉にスリ代えただけである。
●つまり、「社会変革」という言葉それ自体が、欺瞞観念なのである。だからこそ、人々は「社会運動」の奥に、何かしらいかがわしさを嗅ぎ取ってきたのであろう。又、だからこそ、「社会変革」の旗の下には、壮士〜活動家に至るまで、(ごく少数の例外を除いて)自己欺瞞の強い不満分子しか集まらなかったのである。(注:この点は、現在、ネット上で社会系サイトに発信している者たちも、大半が同根である。)
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『既存の「社会運動」という運動は幻想だ』
>「社会運動」とは何なのか?と思い起こしてみると、ほとんどが特定のテーマに特化した運動である。「労働運動」「環境運動」「人権・平和運動」・・・。実際の運動はこれらのテーマや対象をさらに細分化した運動である。そして中味は、だいたい権利の主張や要求運動である。

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『「ただの要求」を正当化した観念=「権利」』
>ヨーロッパでの市民革命時に「人権宣言」なるものが次々と出されていったことは学校の歴史の授業で教わった。だが、「権利」という観念がどのようにして生み出されたものであるのか、という本質を追求することはなくて、市民が王様や貴族たちの支配から脱却した画期的出来事としてあたかも素晴らしいことが行なわれたように印象付けられてしまった。
後年、大学の授業で「人権」という思想の根源とは何なのか?考えてみようという講義を受けてはっとした。「人権宣言」の中身をしっかりと読んでみると、当時、力を付けてきた大商人などの層が、従来の支配階級が独占していた様々な権利をこっちによこせと主張しているに過ぎない内容

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不全発の「変革の必要」では、否定意識ばかりで全く可能性が感じられないから、全共闘運動で何も実現されなかったんだなぁ!!って事が分かりました。むしろ、今みんなが必要としているのは、この状況の中で、『可能性を感じさせる、深い=新しい認識』なんだということが分かります☆
それは、「みんなもそう感じていたんだ!」」と、確信をもって実現にむかう原動力となる「状況認識」だったり、みんなの期待に答えられるようになる為の「事実認識」。
それらを求める気運が現実を変えてゆく原動力となっていくのでしょうね。

List    投稿者 shijimi | 2010-10-27 | Posted in 07.新・世界秩序とは?2 Comments » 

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コメント2件

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