2010-10-07

国家と市場の成立→崩壊構造に迫る(7)〜人類の新たな活力源⇒圧力源は何か?

前回は、今の社会が「市場の拡大限界は、国家の統合限界である」ことの構造、そしてもはや人類は、生存圧力を背景とする私権闘争を圧力源=活力源として生きてゆくことは出来ない。について明らかに
しました。今回は、「人類の新たな活力源⇒圧力源は何か?」ということを明らかにしていきます。
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【前回までの復習】
 
 70年代までは、国家の誕生から一貫して、生存圧力を背景に私権闘争の強制圧力に巻き込まれ、その抜け道としての市場が拡大。生存圧力を土台とした、私権闘争圧力が活力源として働いていました。
 しかし、’70年代貧困の消滅により生存圧力を克服して以降、序列の崩壊・市場の縮小と私権闘争が終焉を迎え、活力源としてゆくことは出来ない状況になって来ている。
 
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【参考】【図解】市場の拡大限界は、国家の統合限界でもある
 
 
昔は自分や家族が生きること、食べていく事に、精一杯でした。
その頃は、豊かになる為にみんなで一致団結できていたのに、今や豊かさを実現させた故に無活力・自己中になっています。
しかし、自分さえ良ければいいという考えでは社会はまとまりません。
 
どうしたら良いのでしょう…?
 
 超国家超市場論を読み解きながら、次代の新たな活力源を明らかにしてゆきたいと思います。
 
 
それでは、<超国家・超市場論13 人類の新たな活力源=圧力源>を引用しながら明らかにしていきます。
 
 

では、人類の新たな活力源⇒圧力源は何か?
それは、すでに実現論4_1_00『人類500万年のパラダイム転換』に明示されている。
 
 サル→人類が共認機能→観念機能を武器に進化してきた動物であり、その生存と進化の前提条件の一つであった物的生存圧力(自然圧力と外敵圧力)⇒物的生存課題をほぼ克服し得たのだとすれば、あるいは少なくとも動物的な生存圧力はもはや主要な活力源たり得ず、従って物的生産はもはや第一義課題たり得ないとしたら、残るのは同類圧力の活力源しかない。人類は、これまで500万年に亙って自然圧力・外敵圧力だけを対象とし(そして期待・応望の同類圧力を生命源として)、共認機能と観念機能を進化させてきた。そして5500年前(日本は2000年前)、同類闘争圧力が加わるや否や、わずか数千年で、自然圧力・外敵圧力をほぼ克服してしまった。
 これから先、人類は同類圧力(同類闘争圧力も含む)を主活力源として、共認機能・観念機能を更に進化させてゆくしかない。元々サルは、同類圧力を主活力源として共認機能を進化させてきたのだから、それは基本的には充分に可能である。
 
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 上記の様に人類は、生存という本能を満たす為に共認・観念機能を進化させ、さらには同類闘争圧力を生みだし、進化を加速させてきたんですね〜。現在では、物的生存はもはや課題とはならないので、主圧力源(=主活力源)として働くのは、同類圧力(期待・応望)が活力源の可能性として残るんですね。
 
 ではどのように、同類圧力が形成されるのでしょうか?続きを見て行きましょう。 
 
 

 また、既に動物的な生存圧力を克服した共認社会では、環境その他の人類的課題に対する期待・応望の同類圧力=共認圧力が解脱充足と並んで主活力源となり、人々の期待に応える政治や哲学や科学や芸術が主活動となる。そして、期待・応望を主活力源とするそれらの活動は、評価収束によって必然的に創造闘争=共認闘争の圧力を形成し、それが期待・応望の主活力を加圧する。
つまり、共認社会の同類闘争は、人類的課題に応える創造競争=共認闘争となる。(政治であれ哲学であれ科学であれ芸術であれ、提起された認識は共認の獲得を目的としており、最終的には社会共認となることを目指しているので、創造競争は本質的には共認闘争である。)
但し、あくまでも人々の期待に対する応望が主目的であって、闘争が主目的なのではない。闘争圧力は、評価収束によって期待・応望から必然的に派生する期待・応望の強化圧力であり、それによって人類的課題に対する期待・応望の活力は、極めて強力なエネルギーを持つことになる。
 
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 これまでも、政治・哲学・科学・芸術等あらゆる分野において創造競争が行われてきました。でも、人類は創造競争の同類圧力を主活力源としつつも、「生存圧力を克服するために進歩・発展してきた」といっても過言ではありません。要するに生存圧力を土台とした私権獲得の為の創造が大半を占めているんですね
 
 たとえば、遺伝学や進化論などの生物学の知見だが、生物学は150年前から研究され、今や分子レベルの解明まで進んでおり、有用な植物や動物の品種改良に関する遺伝や遺伝子の研究は山のようにあるが、一方「性とは何か?」といった基本的な事がわかっておらず、研究が偏っているために役立つ事実認識があまりに少ないという欠陥がある。偏っている理由の一つは、これまでの生物学が、食料の確保(と、それを基にした私権確保)を主課題にして研究してきた事が原因だと思われます
 
 生存課題を克服したと言っても、人類的課題は山積み状態。ドル暴落によって世界秩序が崩壊するとか、環境破壊が進み人類滅亡、このような人類的課題には誰も答えを出せていません。そういった人類的課題に応え、社会共認を得られる事こそ次代の創造競争=共認闘争になるんですね〜 :D
簡単に図示すると、
 ①人類課題に対する期待(同類圧力)⇒②応望の活力⇒③生産活動⇒④評価収束⇒⑤創造闘争(共認闘争)圧力形成⇒⑥ ②を【加圧】
 
 ※②から⑥のサイクルが同類圧力を無限に作り出せる 「加圧のサイクル構造」!  
 
 
 共認闘争というと競争社会をイメージしてしまう方もいるかもしれませんが、『いかに共認させるか?』という争いではなくて『相手にどれだけ応望できたか』に評価が集まる。応望が主目的の共認闘争なんですね
 
 さらに読み進めて行きましょう。
 

 人類的課題に対する期待と応望を主活力源にして創造活動を営み、評価収束による創造競争(=新たな同類闘争)によって圧力=活力を高め、その同類闘争を同じ評価収束⇒評価共認によって統合する社会、これは原始人には夢想だにできなかった社会である。
  
 にも拘らず、同類圧力=共認圧力を生命源とする社会であるという根本パラダイムは、極限時代と同じである。ただ人類は、動物的な生存圧力の場を超えて、超動物的な同類圧力=共認圧力の場へ移行する段階を迎えただけである。それは、共認動物が到達するべくして到達した必然的世界であり、実は滅亡の危機に瀕した今こそ、動物的限界を引きずっていた前史が終わり、真の人類史が始まる、その起点となる時なのである。
 
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 衰弱してゆく私権闘争に変わり、人類的課題に対する期待と応望を主活力源にして創造活動を行っている活力再生事業とも言える先端事例があるのでご紹介します
 
 

(株)いろどりの事例(本ブログ過去掲載記事より)
 
 人口2,200人の徳島県の山あいの町、上勝町にある企業 「(株)いろどり」です。町の総面積の86%が山林で高齢化比率は47%という典型的な山村で繰り広げられる、新しいビジネスとは?
 
おばあちゃんたちのビジネス
 
 恵まれた自然を活かして、もみじや南天、笹などの「葉っぱ」を採取/栽培し、全国の料理店、ホテルなどに出される料理の名脇役「つまもの」として出荷する「葉っぱビジネス」に携わるおばあちゃんたちは、一人ひとりが経営者。まず商品としての葉っぱを採取/収穫する。葉っぱは、料亭が日本料理を提供する際に必要な季節感を添えるために使用されることから、料亭が求める微妙な色合いを選りすぐり、お手製の道具を使って大きさを整え、丁寧に梱包して出荷している。その際、髪の毛や虫が入らないよう商品管理も徹底している。この丁寧な作業によって商品価値が高められ、同じ葉っぱでも市況価格が数倍〜10倍にもなるのである。市場では鮮度の良い季節感のある商品が求められていることを踏まえ、葉っぱビジネスに参加している各戸には毎日、光ファイバーを通じたパソコンや防災無線を利用したFAXでその日に必要な出荷量が株式会社いろどりから伝えられる。おばあちゃんたちはこの情報を受けて、高齢者のために開発された入力装置を備えたパソコンを駆使しながら、市況と在庫(山の木々の状況)を踏まえ出荷戦略をたてて受注する。そしてそこには、ただ売るだけではなく「料亭の職人の気持ちになって」とエンドユーザーのことを考えるプロフェッショナリズムが存在する。
 
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 いろどりサイト上では「個人情報」と表示される各戸の出荷・売上状況を見ることができる。これにより、田舎のコミュニティに潜在する「他の人たちに負けたくない」という競争心が良いモチベーションとなり、今や年間2億5,000万円を売り上げるビジネスに成長した。最近では、急な注文にも対応できるよう携帯電話を持ち歩くお年寄りもおり、おばあちゃんたちの言葉を借りれば「忙しくて病気になる暇もない」ということである。葉っぱビジネスに参画するお年寄りたちは収入が上がれば上がるほど元気になり、医療費も寝たきり率も下がり、町全体の活性化に結びついている。
 
〜中略〜
 
 何歳になっても仕事が生きがいを生む、活力に繋がっている好例です 企業の宿命である利益追求を超えた新しい価値軸(評価共認の価値)を生み出す、先端のビジネスモデルといえます。仲間を増やす⇒「気を育てる」、そのための心配りは文字通り相手発(みんな発)の行動。こういった成功事例を見ると、地方を中心として高齢化が進行する我が国でも、地域に根ざしたまま社会的な評価を獲得できる可能性がまだまだあることを示してくれているように思います :D
 
〜中略〜
 
 社会には無限の課題群=期待があり、社会から受ける評価を受け止め、自らを研鑽するによって成果を高め、再び社会的期待に応えていくという無限の上昇ループを、活力再生事業なら描けるのです。

 
 
 
 人類は共認機能と観念機能の獲得によって進化を遂げ、500万年という長い時間を掛けて生存圧力を克服してきたが、サル→人類に亙って進化の原動力となったのは期待・応望の同類圧力に他なりません。
 
 また5500年前に同類闘争圧力が加わったことによって自然圧力や外敵圧力を一気に克服してしまった人類の進化スピードには驚かされるばかりです。
 
 しかしながら、人類が克服したのは物的な生存課題に過ぎません。しかし新たな人類的課題は山積しているのであり、そして誰もがその人類的課題に対する答えを期待しています。これを同類圧力として捉えることができれば人類の課題は明確になるし、そこに同類闘争(評価競争)圧力を加えることが人類のさらなる進化エネルギーにつながってゆくんですね。
 
  
■活力再生の命運を握る、共認を形成してゆくプロセスについては、次回扱います。ご期待下さい!

List    投稿者 pandaman | 2010-10-07 | Posted in 07.新・世界秩序とは?1 Comment » 

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コメント1件

 シュプリーム専門店 | 2013.11.11 22:39

シュプリーム 13ss

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