2009-07-20

今も脈々と受け継がれる欧州貴族たちの資金力。

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バイエルン王家の財宝:写真は「ねんくすさんの旅行ブログ」からお借りしました。
アメリカ金融史12より、
>しかも、軍事力で侵略しようとしているロックフェラーはもちろん、金融資本で経済侵略をするロスチャイルドの牙城さえも破壊しようとしていることを考えると、黒人初の大統領となったオバマの背後には、新興金貸し(ロックフェラー、ロスチャイルド)ではなく、イルミナティ等イギリス・ヨーロッパの本家が動いている可能性が高いのではないでしょうか。
ということで、アメリカ金融史を考える上でも、大きなヨーロッパの力の存在の影響を考えた訳ですが、はたしてその資金力は今でも本当に存在しているのでしょうか?
現在のヨーロッパを俯瞰してみても、そんな影響力を持つものは居るのか?と思いますが、ロスチャイルド1世〜その子息たちの活躍する時代を俯瞰すると、その存在が見えてきそうです。まずは、ロスチャイルドの動きからその背景を見てみます。
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以下の記事は「れんだいこのブログ綴り」さんからお借りしました。

ドイツは230もの小国に分かれ、さらに50ばかりの「自由都市」があった。自由都市の「自由」は、財政も都市が独自にするという意味であって、それぞれが通貨を発行していた。フローリアン、ターレル、ダカットなどと、てんでにちがう貨幣が、国王や大公の肖像つきで出まわっていた。
 フランクフルトは両替都市で、ヨーロッパ全体の何百もの通貨をここに集めて両替していた。貨幣は単位以上に金・銀の純度と流通価値がものをいう。更に、市場の交換価値に合わせねばならない。その為には発行元の国情にも通じていなくてはならない。その上で将来の変動をも予測せねばならない。その他、下落の兆しがあれば手離し、上昇のにおいを嗅ぎつける金庫に貯えておく。
 
 ロスチャイルド家は、そういう両替商をフランクフルトで代々こなし続けていた。世界一の金融王に飛躍するまでおよそ4世紀あまり住みついた。他にもカーン家、シフ家、バルーク家があった。
16世紀以来、ヨーロッパは絶対主義体制に向かい、富国強兵策とその為の財政的裏付けとなる貿易による重商主義を重んていった。
 ユダヤ商人は、領封君主の寄せ集めの国であったドイツで特に必要とされた。ヨーロッパではドイツほど宮廷ユダヤ人の経済力に依存して国はなく、19世紀に至るまで、ドイツ諸侯でユダヤ人を宮廷の側近にしていなかった者はほとんどなかったといっていい。
イギリスの王室と縁戚関係にあったヘッセン選帝侯は、当時アメリカの独立戦争に際し、イギリスに多数の傭兵を貸し付けたり、軍需物資を供給したりして、莫大な代価をイギリス王室から受け取った。こうして、ヘッセン選帝侯は更に富を増した。ロスチャイルド1世は、ヘッセン選帝侯お抱えの銀行家として手腕を発揮することを通じて多大な利潤を得、巨富を蓄えた。
1785年、ヘッセン侯爵が亡くなると、ロスチャイルドの仕えたハーナウ伯がウイルヘルム9世を名乗ってヘッセン選帝侯の地位につく。ウィリアム9世は4000万ドルもの財産を相続した。これは当時のヨーロッパで最大の私有財産と云われており、ドイツ諸侯の中でも最も裕福な資産家の一人となった。ロスチャイルド1世は、ウイルヘルム9世の巨額な資産運営管理を委され、ヘッセン侯爵家の「銀行事務弁理人」に任命された。こうして、当時のヨーロッパ最大の資金国の金庫管理を任されたことになる。
1799年、ロスチャイルド1世(当時55歳)は、フランクフルト市で、相変わらずヘッセン=カッセル方伯ヴィルヘルム9世(56歳)の代理人として活躍していた。この年、オーストリア=神聖ローマ帝国に、「帝国郵便総監」のトゥルン=タクシス公家や反ナポレオン連合軍への協力の成果を直接に訴えて武装・免税・移動の特権を得、みずからこの戦乱に飛び込んでいった。
ナポレオン1世のヨーロッパ遠征が始まると、フランクフルトのウィリアム9世は領土を放棄しなければならなくなった。その時、ロスチャイルド1世はその巨万の財産を安全に保管するよう命じられて、彼はそれを安全地帯であるロンドンに送って息子に管理させることとなった。この時ロンドンに移したヘッセン侯爵家の財産こそロスチャイルド家の巨万の富の出発点となった。
 ナポレオンが欧州を蹂躙する中で金融取引で活躍し、各国に戦争の資金を融通した。彼は、莫大なカネによって反ナポレオンに向かい、ナポレオン戦争中、資金繰りに困っていた各国政府に1億ポンドを融資して一躍名声を高めた。
ナポレオンの大陸支配の拡大は、ヨーロッパの貴族を亡命させ、ロンドンのネイサン・ロスチャイルド(31歳)のところに資金を次々と寄せ集めることになった。彼は一手にその運用を行うようになっていった。そして、彼は、亡命貴族と反ナポレオン運動のために、資金を市場で運用し、為替で送金し、さらには、フォークストンの伝統ある海賊船団を雇い、物不足に陥っている大陸に対して密輸を行って、大いに稼いだ。
つまり、皇帝ナポレオンが、ロスチャイルド家のカネとモノの流れを封じようとすればするほど、ロスチャイルド家は、信託や為替や密輸でより多く儲かることになった。

引用終わり
つまり・・・
ロスチャイルドはその後、現在の金融システムの祖を造り、大いに稼ぎはしたが、 あくまでも、ヨーロッパ貴族達の資金の金庫番でしかなく、ナポレオンの大陸進出に伴い、亡命等せざるを得なくなった貴族達の資金は、イギリスやスイスの地に、しっかり管理され続けていると考えるのが順当ではないだろうか。

List    投稿者 tamimaru | 2009-07-20 | Posted in 08.金融資本家の戦略1 Comment » 

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コメント1件

 hermes red | 2014.02.01 16:28

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