「世界の現実」を出発点にする経済が求められている
明日何が起きるかわからない社会状況の中で、常に表裏一体で現実に反映される社会経済。
その社会経済をどう見ていくか。
我々民衆は他人事の傍観者ではなく、世界が変化する今だからこそ自らの頭で考え判断していきたい。
今だからこそ、今後どういった経済の形が求められるのか、一緒に考えていく。
この生きにくい「資本主義社会」を 救出する唯一の方法とは?より転載
主流派経済学は、「現実世界」とはかけ離れた理論体系をつくり上げてきたために、「現実の経済で起きている現象」を正しく説明することができなくなっている。むしろ、主流派経済学から「異端」とみなされてきた、ケインズやハイマン・ミンスキーらの経済学こそが、この生きにくい「資本主義社会」を救出する方法を提供してくれると、中野剛志氏は語る。(構成:ダイヤモンド社 田中泰)
◆「世界の現実」を出発点にする経済学が求められている
――前回、中野さんは、主流派経済学が「非現実的」な前提をもとに構築されている問題点を指摘されました。特に、「不確実性」を排除した理論体系であることが問題である、と。それが主流派経済学の実情だとすれば、それこそ不確実性に満ち満ちたリアルな地政学の世界と接続するのは難しいでしょうね。
【中野】 そのとおりです。地政学だけではありません。私たちはいま、感染症、自然災害、気候変動、食糧問題、水資源問題などの深刻なリスクにさらされています。そして、これらの巨大でリアルなリスクに対処していくためには、政治、経済、軍事、社会、歴史、地理などの社会科学やさまざまな自然科学を相関させて、総合的に動員することが必要不可欠です。
そして、あらゆる問題は経済と密接な関係がありますから、経済学はきわめて重要な学問分野なんです。しかし、ノーベル経済学賞を受賞したポール・ローマーが指摘するように、「現在の主流派経済学の学者たちは画一的な学界の中に閉じこもり、きわめて強い仲間意識をもち、自分たちが属する集団以外の専門家たちの見解や研究にまったく興味を示さない」うえに、数学的理論の純粋さにこだわり「事実に対しては無関心である」というままでは、他の学問との接続は不可能です。
――それはまずいですね……。
【中野】 しかし、現実に立脚した経済学はちゃんとあるんです。たとえば、ケインズ経済学です。ジョン・メイナード・ケインズは、ケンブリッジ大学で数学を修め、分析哲学者でもあり、また、インド省や大蔵省で役人として勤務したほか、投資家としての一面ももつ多面的な人物です。
そして、彼は自らの経験や実社会の観察を通して、1930年代の世界恐慌に有効な手立てを打つことのできない主流派経済学の根本的な問題を見抜いたうえで、信用貨幣論をベースにした現実的な経済理論を構築しました。古典的な経済学を否定する理論的革新であり、「ケインズ革命」と呼ばれるものです。
――20世紀において最も重要な人物のひとりとされていますね?
【中野】 ええ。まさに天才だと思います。そのケインズ理論の根底にある概念が「不確実性」です。彼は、人々が、将来に向かって経済活動を行うなかで、本質的に、予測不可能な「不確実性」に直面しているという現実を出発点に、市場不均衡、有効需要の不足、失業、デフレは、構造的に不可避の現象であることを論証しました。「自由放任で市場が均衡する」という主流派経済学の主張を否定したんです。
そのうえで、雇用を生み出すためには、自由市場に委ねるのではなく、政府の公共投資(財政政策)によって有効需要の不足を解消しなければならないと主張しました。つまり、世の中の「不確実性」を低減するためには、国家(政府)が適切に市場に関与する必要があると論じたわけです。
このケインズ理論の有効性は、ニューディール政策の成功などによって証明され、戦後、主流派の経済学と認知されるようになりました。だから、「ケインズ革命」と呼ばれるわけです。そして、第二次世界大戦後の西側世界は、ケインズ主義的マクロ経済運営と福祉国家からなる「福祉国家資本主義」を構築し、安定と平等、そして高い経済成長を実現したのです。
――しかし、ケインズ経済学はもう古いと言われていますね?
◆ケインズ経済学の有効性を証明している「日本」
中野 たしかに、1970年代にアメリカを襲ったスタグフレーションにケインズ経済学がうまく対応できなかったとみなされて、市場原理主義的な新古典派経済学が主流派として再び台頭するようになり、それが現在まで続いているわけです。そして、ケインズ経済学は「時代遅れ」とみなされるようになったのです。
だけど、ケインズ経済学が現在も有効であることは明らかです。それを示しているのが、ほかならぬ日本なんです。
――どういうことですか?
中野 ケインズ経済学は、簡単に言うと、景気がよいときには政府支出を減らすことでインフレを抑制(バブルを防止)し、景気が悪いときには政府支出を増やすことでデフレを回避するというものです。ところが、この30年間、日本はケインズ経済学と正反対のことをやり続けてきたんです。
1980年代後半から90年まではバブルでした。景気がいいから民間はどんどん借金をして、土地や株式に投資しまくった。そして、バブルが崩壊して、1998年からデフレが始まると、民間負債はどんどん減っていったわけです。
――バブル期に過剰に信用創造がされ、デフレになって信用創造が行われなくなったということですね?
中野 そういうことです。では、この間、政府は何をやっていたか? ケインズ経済学では景気がよいときには公共投資を減らすとされているのに、1985年から政府は金利を低めに維持し、かつ公共投資をがんがん増やしたのです。だから、バブルになったのです。
なぜ、こんなことをやったのか? アメリカの要求なんです。アメリカの対日貿易赤字が膨らんでいたので、日本の内需を拡大して、アメリカ製品の輸入を増やすように要求したのです。その政治的圧力に屈する形で低金利を維持し、かつ公共投資を増やしたために、バブルを引き起こしてしまったわけです。
――そうだったんですね……。
中野 ええ。そして、1991年にバブルが崩壊して、今度はデフレの危機になった。それに対応して、当初、政府は公共投資を増やしたことで、デフレ化するのを食い止めていたんですが、1996年に橋本内閣が成立して以降、財政再建を優先するために、公共投資を減らしたうえに消費税増税をやってしまった。その結果、1998年からデフレに突入したわけです。
だから、ケインズ経済学に意味がなかったのではなく、その逆で、日本はケインズ経済学とは正反対のことをやったから失敗したんです。それも2度も。こんなことをやれば、どんな国でも「20年」くらい簡単に失われますよ。
――なるほど。日本の失敗が、逆にケインズ経済学の有効性を示しているわけですね?
中野 やはり、現実に起きていることを出発点に構築された経済理論は有効だということでしょう。そういう経済理論を唱えたのはケインズだけではありません。シュンペーターの指導を受けた経済学者で、ポスト・ケインジアンのハイマン・ミンスキーもそうです。ケインズの理論に独自の解釈を施しつつ、資本主義は放置すれば必ず不安定化するという「金融不安定性仮説」を提唱したことで知られる人物です。
転載終わり
まとめると、
1.経済をはじめとした現実課題に対処していくには、政治、経済、歴史、地理などあらゆる視点を統合的に考えていく必要がある。
2.現在の主流派経済学の学者たちは、様々な要因でその思考が一辺倒になっている。現実と切り離されている。
3.ケインズ経済学が現実に立脚した経済学と仮定したうえで、日本はケインズ経済学と正反対のことをやり続けてきた→日本は継続的なデフレに。
重要なのは、どれだけ「現実・事実」に基づいているか。そういった意味で、経済学においても現実的かどうか。理想が先行した空想の経済学では失敗するに決まっている。
そしてもう一つ固定したいのは、世界、社会は常に変化しているということ。今答えとなる考え方がずっと続くとも限らない。
だからこそ、現実に対して何が答えか、可能性か常に考えていきたい。
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