2019-06-28

ベーシックインカム、今、何故、注目を浴びているのか-2

Cia1hjGWsAIkWgW前回、「ベーシックインカムは、今、何故、注目を浴びているのか」でベーシックインカムが注目を浴びているのは、資本主義が限界を迎え、社会が資本支配を超えた新たな可能性に向かおうとしているのではないかとお伝えしましたが、前回で紹介した記事『今、「ベーシックインカム」とは何か? 欧米の実験が話題となる理由6/14』、『フィンランド政府が2年間ベーシックインカム給付をして分かったこと6/17』、の著者である、同志社大学教授山森亮さんの続編が出ていました。なかなか面白い内容だったので、ポイントを紹介します(要約の順番は記事の順番と変えています)。是非、元の記事に目を通すことをおすすめします。

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北欧を中心にしたヨーロッパでは、ベーシックインカムを求める半世紀以上の歴史があり、その中心は福祉ではなく、アンペイドワーク(女性の子育て・介護を代表にする社会的に必要だが、対価が払われない活動、発明や起業も含む)を社会的に位置づけなおすため。ベーシックインカムによって人々が社会的に必要なアンペイドワークに従事できるようになり、他方で、社会的に不必要な職を強いられないで済むようになると考えた。

20世紀イギリスの経済学者ケインズも(アンペイドワークへの視点はないものの)、人びとが社会的な必要を満たすための労働から解放され、自由な活動へと時間を使えるようになる未来を予想していた。 ケインズは経済成長がいつまでも続くとは考えておらず、いつか成長がとまる定常状態が来ると考えていた。いつかすべての人の必要が満たされるときが来れば、経済成長は要らなくなる。そのときには利己主義のような本来良くない考え方が必要悪として容認されてしまうような逆立ちした道徳律から私たちが解放されるだろうと考えた。

フェイスブック創業者のザッカーバーグがベーシックインカムに好意的である理由は、ベーシックインカムによって「新しいアイデアを試すときのクッション」を誰もが得ることができるようになるという点だ。ベーシックインカムのような制度を導入することで、人びとの創造性を解き放つことができるというわけだ。

21世紀の今、経済成長に批判的な人たちは、私たちの必要の有限性ではなく、別の有限性に焦点を当てているようだ。現在では、有限な地球のなかで私たちの必要をみたす経済システムの一部として、ベーシックインカムを考える人は増えている。

ベーシックインカムの「財源」について見ていきたい。これだけ、財政赤字が累積している中で、仮に増税できたとしても、それは財政赤字解消にもちいるべきで、大きな支出を要する新しい政策の導入の余地はないという声もある。この「常識」に対してはL.ランダル・レイらによる現代貨幣理論(MMT)から「異説」が提起されている

1929年の大恐慌のあとには、そもそも民間銀行が信用創造するような現行の貨幣・銀行システムを変えるべきではないかという提案がなされた。こうした提案のもとでは、政府なり中央銀行(あるいは新たな公的機関)が流通に必要な分だけ貨幣を発行することになる。こうして発行された貨幣を、ベーシックインカムとして給付したら良いのではないかという考え方がある。

 

■世界的に注目を集める「ベーシックインカム」その財源の考え方2019年6月21日

完全ベーシックインカムを導入するなり、あるいはベーシックインカムの導入と同時に社会サービスの充実を図ろうとするならば、既存の税率ないし税収構造を大きく変更するか、あるいは税収に頼らない給付の方法を導入することが不可避だろう。

いずれの提案も、今より税負担が(すくなくとも表面的には)重くなる形のものだ。これらの提案に対して、よくなされる質問は、「そんなことが可能か」というものだ。理論的には可能だ。ただ政治的実行可能性となると別問題だ。自分たちの社会を良くするために、税を増やすという選択をしてきた国はたくさんある。しかし日本では過去数十年にわたって、増税を正面から掲げて選挙で議席を増やした政党はほとんどなかったようにも記憶している。

ランダル・レイらによる現代貨幣理論(MMT)から「異説」が提起されているが、ここでは立ち入らない(現代貨幣理論については中野剛志2016『富国と強兵』東洋経済新報社や、朴勝俊「MMTとは何か」などが詳しい。なおレイはベーシックインカムに否定的である)。

1929年の大恐慌のあとには、そもそも民間銀行が信用創造するような現行の貨幣・銀行システムを変えるべきではないかという提案がなされた。完全準備金制度とか、100%準備金制度と呼ばれる提案だ。こうした提案のもとでは、政府なり中央銀行(あるいは新たな公的機関)が流通に必要な分だけ貨幣を発行することになる。こうして発行された貨幣を、ベーシックインカムとして給付したら良いのではないかという考え方がある。イギリスではその考え方を普及させるために活動しているNPOもある。

■女性たちが「ベーシックインカム」を求め続けた歴史をご存知か2019年6月26日

フィンランドでのベーシックインカムを求める動きには半世紀近い歴史がある。そのなかで失業手当受給者を狭義の雇用へ戻すということは議論の中心になってはこなかった。 議論の中心にあったのはむしろ、仕事を、ケア労働やコミュニティワークといったアンペイドワーク、芸術・発明、起業なども含めて幅広く捉えること、そしてアンペイドワークが女性の方に重くのしかかるような性別役割分業のあり方をより平等にする可能性などであった。

労働には、(1)社会的に必要な労働を行う職、(2)社会的に不必要な労働を行う職、(3)社会的に必要な労働を行うアンペイドワーク、(4)社会的に不必要な労働を行うアンペイドワーク、(5)社会的に必要な労働だが誰にも担われていないもの、の五つのカテゴリーがある。 ベーシックインカムによって人々が社会的に必要なアンペイドワークに従事できるようになり、他方で、社会的に不必要な職を強いられないで済むようになると考えた。

ところでケインズは予言の先に、夢を描いていた。人びとが経済的な必要から解放されることで、貪欲や金銭欲を賞賛するような「偽りの道徳原則」から自由になれる社会が訪れると考えたのだ。

■日本で「ベーシックインカム」導入は果たして可能なのか2019年6月27日

20世紀イギリスの経済学者ケインズも(アンペイドワークへの視点はないものの)、人びとが社会的な必要を満たすための労働から解放され、自由な活動へと時間を使えるようになる未来を予想していた。

第1回で、フェイスブック創業者のザッカーバーグがベーシックインカムに好意的であることを紹介した。彼の理由は、ベーシックインカムによって「新しいアイデアを試すときのクッション」を誰もが得ることができるようになるという点だ。起業であれ、研究であれ、芸術であれ、新しいアイデアを試すときには、その間の所得をどうするかという問題が立ちはだかる。ベーシックインカムのような制度を導入することで、人びとの創造性を解き放つことができるというわけだ。

ケインズは経済成長がいつまでも続くとは考えておらず、いつか成長がとまる定常状態が来ると考えていた。ケインズがそのように考えたのは、私たち一人ひとりのもつ必要の有限性による。いつかすべての人の必要が満たされるときが来れば、経済成長は要らなくなる。そのときには利己主義のような本来良くない考え方が必要悪として容認されてしまうような逆立ちした道徳律から私たちが解放されるだろうと考えた。

21世紀の今、経済成長に批判的な人たちは、私たちの必要の有限性ではなく、別の有限性に焦点を当てているようだ。すなわち私たちの住む地球という環境の有限性である。そうしたなかで、従来の雇用を通じた所得保障は、持続可能ではないという声がきかれるようになってきた。すべての人が雇用されるためには、しばしば経済成長が必要となる、というわけだ。この文脈でベーシックインカムが、持続可能な経済の不可欠なピースだという主張が現れている。ヨーロッパ各地での「緑の党」の結成、地球温暖化をめぐる議論の広まりなどのなかで、現在では、有限な地球のなかで私たちの必要をみたす経済システムの一部として、ベーシックインカムを考える人は増えている。

日本ではどのような可能性があるだろうか。税を財源とするベーシックインカムの提案で、それほどの増税をしなくてもベーシックインカムの導入は可能だという議論がたまにある。しかし日本ではその可能性はない。第3回で、税制を大きく変える提案や、貨幣・金融制度を大きく変えることでベーシックインカムを導入する提案について紹介した。ただこれらは長期的な展望となる。 短期・中期的にはどのような展望があるだろうか。第一に、既存の制度をよりベーシックインカム的なものに近づけていくことである。第二に、いくつかの国で導入されている、部分的なベーシックインカム的制度を導入する。第三に、他の政策目標にベーシックインカム的発想を持ち込むこともできる。

List    投稿者 dairinin | 2019-06-28 | Posted in 05.瓦解する基軸通貨No Comments » 

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