2020-01-14

イランがアメリカを挑発しすぎて、アメリカが跳ねた?!

日本のニュースで、今回の米・イランの対立の発端は「またトランプが暴走してイランを司令官を抹殺した!」という流れで放送されています。

しかし、欧米は、アメリカがイラン核合意から離脱した時は欧州はアメリカを批難していた。が、今回は批難が聞こえてこない。
トランプが経緯説明をして、ある程度納得している(?)らしい。

日本のニュースニアンス「今回もトランプが暴走!」なのに、何で欧州が批難しないのか?

イランが、イランにおける反イラク勢力を、敵はイランではなくアメリカだという世論づくりの為にアメリカを挑発していた。それに、アメリカは我慢できなくなったのだという記事を見つけました。

反トランプである米国マスコミの支配下である、日本では、あまり聞こえてこない見解です。
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■イランは米国をなぜ挑発したのか?「世界が震撼した1週間」の真相

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69715 現代ビジネス[講談社] より引用

イラク国内の情勢がカギだった

■「トランプは弱腰」という確信
米国がイランの司令官をドローン攻撃で殺害し、中東の緊張が一挙に高まった。だが、心配されたイランの報復は「形ばかりの茶番」だった。戦争は回避されたが、米国のトランプ政権にとって、本当の正念場はここからだ。
まず、激動の1週間を簡単に振り返ろう。
米軍は1月3日、バグダッド国際空港でイラン革命防衛隊の精鋭「コッズ」部隊のソレイマニ司令官らが乗った車列をドローンで攻撃し、殺害した。いきなり、敵の司令官を殺害したように見えるが、ここに至るまでには、伏線がいくつもあった。
イランは昨年から、米国に対して執拗に挑発を仕掛けていた。
最初は、昨年6月にホルムズ海峡沖で起きた米国の無人機撃墜である。当時のボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)らは直ちに報復するよう訴え、トランプ大統領はいったん同意したが、攻撃10分前になって突然、中止を決めてしまった。
当時のトランプ氏は、あきらかに軍事手段の行使をためらっていた。この件はその後、9月のボルトン氏解任への伏線になる。大統領はボルトン氏の軍事重視、強硬路線に反対だった。米国が報復しなかったのを見て、イランは調子づいた。

9月14日には、サウジアラビアの石油施設が何者かに攻撃され、施設が炎上した。トランプ政権は直後に「イランの仕業」と断定し、大統領は「米国は臨戦態勢にある」と言ったが、このときも結局、何もしなかった。
それどころか、9月24日の国連演説で、大統領は「米国のメッセージは明確だ。米国の目標は調和であり、終わりのない戦争を続けることではない」と言い切ってしまった。
これで、イランは「トランプは弱腰」と一層、確信を深めていく。

■「反撃」が始まったきっかけ

10月に入ると、挑発は一段とエスカレートした。イラクに展開している米国とイラクの連合軍の基地がロケット砲で攻撃されたのである。それまでは直接、米軍や軍人を狙うのを避けていたが、ここから標的をはっきりと米軍に定めた。

しばらくは散発的な攻撃にとどまっていたが、12月27日は違っていた。イラク北部のキルクークにある米・イラク連合軍基地に、31発ものロケット砲が撃ち込まれたのだ。これで、米国は初めて反撃の意思を固める。
米軍は親イランのイスラム教シーア派民兵組織「カタイブ・ヒズボラ(KH)」の仕業と断定し、2日後の29日、イラクとシリアにある同組織の拠点5カ所をF15戦闘機で空爆した。この攻撃でKH側の戦闘員25人が死亡し、多数の負傷者が出た。
米国は「やるなら、オレたちは本気でやるぞ」というメッセージを送った形だったが、イランは「それこそ望むところだ」と受け取ったようだ。すぐ後で書くように、米国の反撃を誘発することこそが、挑発の狙いだったからだ。

イランは31日、イラクの親イラン民兵組織を動員して、バグダッドにある米大使館を襲撃した。市民らに混じった民兵が火炎瓶を投げつけ、大使館の正門や面会所が炎上した。それでもまだ、イランは自制を保っていたようだ。死傷者を出さなかったからだ。
ところが、トランプ大統領の受け止めは違っていた。米紙ニューヨーク・タイムズによれば、大統領はこの襲撃をテレビで見て、怒ると同時に、何も対応しなければ「自分が弱腰に見えないか」と懸念した、という

トランプ氏には、2012年にリビアのベンガジで起きた米領事館襲撃事件が頭にあった。この事件で米大使が殺害されたが、トランプ氏は当時のオバマ大統領の対応を「弱腰」と批判していたのだ。
米国には、1979年の悪夢もある。当時のイラン革命で、テヘランにある米大使館が学生らに襲撃され、米外交官やその家族など52人が人質にとられた事件である。大統領は2つの事件の記憶が蘇ったに違いない。

■トランプの「予想外の選択」

大使館襲撃をテレビで見たトランプ氏は、ソレイマニ司令官への攻撃計画にゴーサインを出した。ニューヨーク・タイムズによれば、これは国防総省が大統領に提示した攻撃オプションの中で「もっとも過激な選択肢」だった、という。

一連の挑発をソレイマニ司令官が舞台裏で指揮していたのは、疑う余地がない。だが、自分自身が殺害されるとは思っていなかったはずだ。自分が殺害されてしまったら、挑発によって、自分が指揮するイランが有利に立つシナリオが成立しない。司令官はトランプ氏の出方を読み違えていた。
ソレイマニ司令官は、なぜ米国を挑発していたのか。この点について、ロイター通信が1月4日付で、シーア派民兵組織幹部へのインタビューを基に、興味深い記事を配信している。それによれば「イラク国民の怒りの矛先を米国に向かわせるためだった」という。

2003年にフセイン政権が倒れてから、イラクではイスラム教シーア派が主導権を握った。それに伴って、シーア派の拠点であるイランの影響力が強まり、対立するスンニ派は各地で反イラン、反シーア派のデモや暴動を繰り広げていた。

司令官は米国の反撃を誘発することによって「敵はイランではなく米国だ」という流れを作りたかったのだ。米国を挑発していた当事者のインタビューを基にしているだけに、記事には説得力がある。

■イラン核施設は無傷のまま

では、トランプ氏はなぜ司令官を殺害したのか。ニューヨーク・タイムズによれば、大統領は12月28日の時点で殺害オプションを退け、KH拠点への空爆を選択していた。ところが、わずか数日で態度を変えた。それは決断が衝動的だった可能性を示唆している。
イランは1月8日、イラクの米軍基地にミサイル十数発を発射して、報復した。だが、大きな被害を出さないようにイラク側に事前通告し、着弾地点も慎重に計算されていた。イラン国営テレビは「米側に少なくとも80人の死者が出た」と戦果を誇ったが、米国は死者ゼロと発表した。形ばかりの報復だったのは、明らかである。

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以上引用 by猪飼野
イランとすれば、本格的に報復して、米国に核施設を破壊されたら、元も子もない。そもそも、米国を挑発してきたのは、米国と戦争するためではなく、イラクの反イラン感情を逸らすためだったのだ。
ここで打ち止めにしたいのは、米国も同じだった。トランプ政権は経済制裁の強化を発表するにとどまった。こうして、世界を震撼させた1週間は終わった。双方の「誤算の連鎖」が、思いがけない大事を引き起こしたように見える。
だが、問題の根本にあるイランの核施設は無傷のままだ。これをどうするか。トランプ政権の宿題はまだ、片付いていない。

List    投稿者 dairinin | 2020-01-14 | Posted in 05.瓦解する基軸通貨No Comments » 

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